第30話 わんわんパニック 忠犬はこの私だ!2
「たっちゃん、洗濯ものはもっと綺麗に畳んでください」
「え~、ジークちゃんは細かいなぁ~」
「たっちゃんがいい加減すぎるのですよ」
唇を突き出して抗議するたっちゃん。
その間にも、ジークちゃんとヘラちゃんはリビングの絨毯に座ったままてきぱきと洗濯ものを畳んでいく。
「なんかマスターがいないとやる気でないよねぇ、マスター今日はどこで何してるんだろ」
「そこでマスターのせいにしないでください。たっちゃんはマスターがいてもいなくてもやる気がないではないですか?」
「ちがうもん、マスターがいるときのだらだらとマスターがいないときのだらだらは、違うだらだらだもん」
「なにがちがうのかまるでわからないのですよ……」
ヘラちゃんが、やれやれと溜息をついた。
ピンポーン
部屋のチャイムが鳴ったのは、ちょうどその時だった。
「あっ、あたしでるぅ♪」
「たっちゃん!」
ジークちゃんの制止も聞かず、洗濯ものを放り出すたっちゃん。
「はいはーい♪」
玄関のドアを開ける。
そこにはTシャツ短パン、体操着姿の女の子が快活な笑顔で立っていた。
ジークちゃんのように背は高いが、全体的にスレンダーな体型だ。
スポーツマンぜんとした少女は長い後ろ髪を一本に束ねていて、尻尾のように後ろへ長く垂らしている。
「えーっと、どちらさま?」
「こんにちはであります! 自分はクーフーリンであります! マスターに呼ばれて、今日から隣の部屋に引っ越してきました!」
「クーフーリン?」
後ろからきたジークちゃんとヘラちゃんも、
「「クーフーリン? …………!?」」
途端に、たっちゃん、ジークちゃん、ヘラちゃんは顔を見合わせた。
「「「クーフーリン!? って、あのアイルランド神話最強の!?」」」
「はい! 自分はクーフーリンの生まれ変わりでマスターはクーちゃんって呼ぶであります! 以後、よろしくお願い致します!」
元気いっぱいの笑顔で、ク―ちゃんは歯を見せてくれた。
◆
「へー、じゃあマスター、アイルランドまで行ってたんだぁ」
四人で一緒に商店街を歩きながら、たっちゃんはクーちゃんの話に頷く。
「はい、ものごころついた時から徐々に思い出す生前の記憶に戸惑っておりましたが、自分がクーフーリンの生まれ代わりと信じて十数年。自分が精神病患者ではなく本物だと分かり感激の極みであります」
クーちゃんは目を輝かせ、胸の前で握り拳を作った。
本人の気持ちを代弁しているのか、尻尾のような後ろ髪がぴこぴこ動いている。
「それにしても、これはかなりの戦力アップなのですよ」
「そうですね。たっちゃんは日本神話最強。私は北欧神話最強。ヘラちゃんはギリシャ神話最強でしたが、そこにアイルランド神話最強が加われば、並大抵のモンスターではまず倒せないでしょう」
「並大抵じゃなかったらどうなるんだぁい?」
『!?』
商店街を抜けて、街と繋がる大橋の前で四人は頭上を見上げた。
栄有町は南に大きな川がかかっていて、その向こう側は街になっている。
町と街を繋ぐ鉄橋の上から、大きな影が降ってきた。
とんっ
と、大きさの割に静かな着地音。
果たして、立ち上がったその正体は、巨大な獣っ娘だった。
クーちゃんやジークちゃんよりも背の高い女性は、頭に大きな狼耳が生えていて、真っ白な髪は凄いボリュームで肩や背中を覆い、横髪は体の前のほうに垂れている。
白いライダースーツを着ているが、胸が大き過ぎて前のファスナーがしまらないらしい。
大胆に開いた胸元から、豊満な胸がこぼれそうだ。
大きくて魅力的な目だが、その眼光は鋭く、ハンターの視線だった。
一見するとバストやヒップ、ふとももはムチっとしている。
けれど、モデルも驚くほど長くスラリとした手足が、けっしてミノタウロスのようなにぶいイメージを与えない。
一言で言えば、カッコイイ姉ちゃんだった。
手足が長いから気付かないだけで、よく鍛えられた力強い筋肉を持っている。
「新メンバー加入かい? 英雄ガールズ」
不敵に笑いながら、彼女は軽い足取りで、あまりに自然体で歩み寄る。
やわらかい足音に驚き、たっちゃん達はあっけなく接近を許してしまった。
「っ、あ、あんた誰よ? またエキドナの刺客?」
四人は慌てて一歩退き、たっちゃんはようやく聞けた。
「半分正解かねぇ。あたしは人外ガールで向こう側だが、エキドナの刺客じゃあない。あたしはロキ母さんの命令で来たのさ。って言えば、あんたにゃ解るんじゃないかい? 北欧神話最強の英雄ジークフリート」
「まさか!?」
ジークフリートは一度頭で『有り得ない』と否定してから、生唾を吞みこんだ。
「気を付けてください! そいつは、そいつは世界神話最強の狼。狼王フェンリルです! 北欧神話の主神で軍神オーディンを殺す程の戦闘力を持っています!」
「「「えええええ!?」」」
たっちゃん達は思わず飛び下がってしまう。
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