第9話 いたずらっ子? トリックスターロキちゃん!2

「ねぇ、なんか今日さぁ」

「変、ですよねぇ……」

「アニメぇ~」


 夜、三人は食卓テーブルに突っ伏してからお互いの顔を見合った。


「それにシャワーから上がったら私の下着だけ全部消えているんですよね」


 たっちゃんがいじわるな目をする。


「え? じゃあ今ジークちゃんノーパン? ジークちゃんえっちぃなぁ」


 ジークちゃんが自らの失言に、しまった、という顔をする。


「そそ、そう言えば昨日買ったケーキがまだ一人一つずつ残っていましたね」


 ジークちゃんは席を立って、冷蔵庫に向かう。


「おー、あのイチゴのショートケーキね」

「イッチゴ♪ イッチゴー♪」


 がちゃり


「!?」


 ジークちゃんの顔が凍りつく。


「どったのジークちゃん?」

「どうしたですかジークちゃん?」


 たっちゃんとヘラちゃんが、無邪気な笑顔で一緒に冷蔵庫を覗きこんだ。


「「ほえ?」」


 冷蔵庫の皿には、イチゴのないケーキが乗っていた。


「「「なんなのこれぇええええええええええええ!!!」」」


 おかしい。

 どう考えてもおかしい。

 なんというか、まるで妖精さんのイタズラにでもあったようだ。

 その時、


「ん?」


 たっちゃんの耳が、ぴくりと反応する。


「なんか今聞こえなかった?」

「む、そういえば」

「笑い声?」


 三人は一斉にリビングの方を見ると、ベランダの窓が空いている。

 そして、


「うぷぷぷぷぷ、やーいやーい、ばーかばーか」


 何も無い空間からいきなり人型の影が現れて、影は色と厚みを得て行く。

 そこには、ゴスロリ衣装を着たアホ毛の少女が笑い転げていた。


「ちょっ、あんた誰よ!?」

「ボクかい? ボクの名前は北欧神話のトリックスター、ロキさ」

「ロキ! 神代ではよくも神々を裏切ってくれましたね」


 ジークちゃんが眉間に縦ジワを刻む。


「おーこわいこわい、流石は我ら北欧神話最強の大英雄、ジークフリート様だ。ドラゴン殺しのバルムンクの威力はキケンなカ、ン、ジ」


 ロキはその場でくるくる回って躍る。


「でもさぁ、そもそも北欧神話の神々の最強性はボクのおかげだよ? オーディンパパのグングニルも、トールお兄ちゃんのミョルニルだってボクがあげたんだから。感謝して欲しいよ」

「ジークちゃん、こいつ悪い奴?」

「ええたっちゃん、こいつは北欧神話最悪の悪神。主神オーディンの子供でありながら、数々の魔法で多くの神を騙し、欺き、罠にハメ、酷い時は殺神すらする悪党です!」

「最悪じゃん!」

「見解の相違だなぁ。ボクは遊んでいるだけさ。自分にとって都合の悪い者を悪として断じるなんて、正義の味方って罪深いよねぇ」


 ロキは悪びれもせず、口に手を当てて笑った。


「あっ! もしかして今日ヘラちゃん達が色々大変だったのはあなたのせいなのですか!?」

「ピンポンピンポンあったりー♪」

「むむー、許さないのですー!」


 ヘラちゃんが突進すると、ロキは後方へとびのく。

 ベランダから外に飛び出して、マンションの駐車場に着地。

 ヘラちゃん達三人も飛び出した。


「オーホッホッホッホッホッ」

「げげ、この頭の悪い声は」


 たっちゃん達の視線の先、駐車場には、この前フルボッコにした女神イシュタルが立っていた。


「この前はよくもやってくれたわね英雄ガールズ。今日はアナタ達の負ける姿を拝みに来てやったわよ、感謝なさーい!」

「イシュタルの奴が図書館前で待ち伏せていたら君達にボロ負けしたって聞いてね、ボクがでばってきたってわけさ。それよりも君達みたいな脳筋野郎が図書館なんて知識の泉になんの用だったんだい?」

「脳筋野郎ですってぇ!」


 両目を紅蓮の炎に燃やすたっちゃん。

 ジークちゃんは闘志はそのままに冷徹な顔で答える。


「ただ、自分自身の伝説が正しく伝わっているかどうかを確認しに行っただけです」


 ロキの目が、邪悪に歪んだ。


「へぇ、わざわざ自分達の黒歴史と向き合うなんて偉いじゃない、生前、奥さんのせいで死んだお三人様」

「ぬぐっ」

「うぐっ」

「あぐっ」


 ズガガーン

 と、たっちゃん、ジークちゃん、ヘラちゃんの顔が、金槌で殴られたように変わった。


「だってぇ、ヤマトタケルは奥さんに天叢雲剣を預けたせいで呪いを受けて死んだし、ジークフリートは奥さんに弱点バラされるし、ヘラクレスは奥さんに毒盛られるし、君らって本当に結婚運ないよねぇ、あひゃひゃひゃひゃ♪」


 たっちゃんの達の顔が怒りと羞恥のダブルパンチで真っ赤に染まり頭から黒煙をあげた。


「うっさいうっさい! そっちなんかギルガメスに木端微塵にフラれて見向きもされなかったくせに!」


 ロキ……の隣のイシュタルがズガガーン、と金槌で殴られたような顔になる。


「ボク知ってるよ、ヤマトタケルって確か生●中の女の子とイヤーンな事したんだよねぇ?」

「はぶるぼぉー!」


 たっちゃんが吐血した。

 ジークちゃんが仇を討つ。


「そういうそちらこそ、ギルガメスにフラれた腹いせに父上に泣きついたとか」

「いやぁーー!」


 ロキ……ではなくイシュタルがぶるぶると震え始める。


「このボク、ロキはなんでも知っているよ。そこのノーブラノーパン中のジークフリートは結婚詐欺の手伝いをしたんだよね? そんな女の敵じゃあ奥さんに殺されても文句言えないよ」

「ぐふぅっ!」


 最強の防御力を誇るジークちゃんは昏倒。

 駐車場に仰向けに倒れた。

 ヘラちゃんは両手を突き上げながら、


「そっちなんて付き合う男全員不幸にしてるくせに! たっちゃんが言っていましたよ! そういう人を下げマンって言うのですよ!」

「ブフォッ」


 イシュタルはよつんばいになってしまう。


「ささ、下げマン? ワタクシみたいな極上の女が下げマン? いえあれはワタクシが手玉にとった男を飽きたから最後におもちゃにしてやっただけ、ワタクシの完全勝利、決して下げマンなんて、やろうと思えばいつでも上げマンに」

「フッ、三年間も女装して針仕事していた変態に言われたくないね」

「ぷぎゃぅっ」


 ヘラちゃんは尻もちをついてしまった。

 駐車場は死屍累々。

 ロキを除いた誰もがショックに打ち震えている。


「ていうかさぁ、君達さっきからなんでボクじゃなくてイシュタルの黒歴史ばっか言うの? 今はボクと舌戦中だろ?」

「え? ああだってさぁ……」


 たっちゃんは上体を起こしてロキを見やる。


「あたしあんたの事知らないし」

「……………………え?」


 ロキの顔が凍りついた。


「正直北欧神話って武器の名前が時々ゲームに使われるぐらいで日本じゃマイナーなのよねぇ。正直あたしトリックスターロキとか全然知らないし、知っている奴のほうが珍しいんじゃない?」


 日本じゃマイナーなのよ

 日本じゃマイナーなのよ

 日本じゃマイナーなのよ

 日本じゃマイナーなのよ

 ロキとか全然知らないし

 ロキとか全然知らないし

 ロキとか全然知らないし

 ロキとか全然知らないし

 ロキとか全然知らないし

 ロキの頭の中で、何度も何度もリピート再生される。

 北欧神話の神として、

 神話の魔王として、

 神話のライバルキャラとして、

 自分は世界的に超有名なビッグヒールだという自負があったのに、


「…………~~~~っっ」


 ロキの中で、何かが音を立てて崩れた。

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