処刑される五分前に転生した悪役令嬢は今日も彼女に媚を売る〜お姉様に裏切られた私は幼馴染の王女に鞍替えします。もう貴方の言いなりにはなりません!〜

水篠ナズナ

今日も私は彼女に媚びを売る

「やめて……お願い……助けて……」


 か細い声が室内に響く。ここは玉座の間だ。


 玉座の間は真っすぐに赤いカーペットが敷かれ、部屋の端には等間隔に綺麗な花が飾られた大きな花瓶が並んでいる。


 しかし今やその壁や花瓶、カーペットには鮮血の花が咲き誇っていた。


「安心しろ。すぐにお前も死んだ家族の元へ逝かせてやる」


 玉座の前の血溜まりに倒れ伏す男性と青年はこの国の国王と王子だ。


 剣を携えた黒髪長身の女性は、服や顔にべっとりとついた血を忌々しそうに拭いながら、長い髪を掻き分けてその獰猛な眼光を覗かせた。


 剣を向けられているのはこの国の第一王女様だ。彼女は戦う力を持っているものの目の前の相手に屈し、抵抗する事をやめ、その最期を待っているかのように見えた。


 彼女の頼れる部下はもういない。先程までは確かに存在していた近衛兵達は威風堂々と黒髪を靡かせる赤目の女に一瞬の内に肉塊にされてしまった。


「……っ」


 拳を作った少女の手は、怒りで微かに震えていた。


(情けないですわね。これが我が国の姫とは……)


 彼女の眼前に立つ人物は一人ではない。剣を持った黒髪の女性とは別に、もう一人美しい銀髪の髪をした少女が口元を扇で隠しながら不快そうに王女の事を見下ろしていた。


 返り血に染まっている黒髪の女性とは対照的に、銀髪の少女は何一つ汚れていない。


「どうしたのだミル王女よ? 最後に言いたい事はないのか? ないのならこのまま斬るぞ?」


 黒髪の女性が剣の腹をひたひたと彼女の首筋に這わせる。


 それを受けてミルこと、ミルネシア王女はごくりと喉を鳴らし、先程までとは打って変わり、毅然とした様子で口を開いた。


「――アルタニア帝国の暴姫ユリアナ。なぜそうまでしてこの国を手に入れたいのですか?」


 その問いに、ユリアナは間髪入れずに答える。


「――私の遠征の進路にこの国があった。ただそれだけの事だ」


 清々しいほどの暴論であった。政治目的ならまだ交渉の余地があった。しかしユリアナにそれはない。彼女は暴力だけで全てを支配してきた。


「そんな……そんな身勝手な理由で国民を……お父様とお兄様を……貴方は本当にそれでいいと思っているのライラ!」


 名前を呼ばれた銀髪の少女がくすりと笑い、彼女の前に歩み出る。それに合わせてユリアナは一歩身を引き、剣を下げた。


「ミルネシア王女、いつまでも幼馴染気分で話しかけてこないでくれるかしら? 私の名前はライラ・ルンドクヴィスト。ラフストン王国四大公爵家の一人娘よ。そして次期国王ユリアナお姉様の妃でもある」


 ライラの視線が向く先には、ミル以外の王族を皆殺しにした黒髪の女、ユリアナが立っていた。


 彼女は既に六つの州や国を滅ぼし、その頂点に立っていた。


 ユリアナが目指しているのは世界全土を支配する事。そのための一番の障害であったこのラフストン王国が滅べば、暴姫を止められる国はもはや存在しない。


「――っ! 本当は信じたかった……でも今はっきりと分かったわ。裏切ったのね。祖国を、国を暴姫に売った裏切り者!!」


「なんとでも言ってくださいな。貴方がここで何を言おうと貴方が死ぬ事には変わりないんですから」


 その言葉にピクリとユリアナが反応したのだが、二人が気付く事はなかった。


 元々ライラとミルの二人は仲の良い幼馴染だったが、ある時期から二人の仲は険悪なものとなり、成人してからは完全に疎遠になっていた。



「もう話すことはありませんわ――お姉様」



 会話が終わるのを黙って聞いていたユリアナだったが、ライラに呼ばれて再び剣をミルに向けた。


「ライラ、こっちにおいで。いくら君の心が強いといっても流石に幼馴染が目の前で死ぬのは堪えるだろう」


 自分の腰あたりにくるように手招きするが、ライラはふるふると首を横に振った。


「いいえ。このままで大丈夫ですわお姉様」


 入れ替わるようにライラの隣に立ったユリアナは、ライラに後ろに下がっているよう命じたが最後まで見届けると言い切った。


「くっ……」


 ミルは必死に立ち上がろうとするが、足がすくんで動けなかった。手をかざして防御魔法を張る――それすらもできそうになかった。


(ああ、わたしここで死ぬんだ。幼馴染に裏切られて、守るべき人たちもみんな殺されて、残ったのは私一人)


 王女付きのメイド、リルも先程ミルを庇って死んでしまった。


 十年間こんな不甲斐ない自分についてきてくれた彼女に、ミルは心の中で最大限の感謝を述べた。


――私も、今からそっちにいくわ。


 ミルの頭上にユリアナの漆黒の剣が掲げられる。最期の時が迫っていた。


「ふっ、これでこの国はわたくしとお姉様のものですね!」


 不敵に笑う幼馴染をミルが憎悪に満ち溢れた目で睨みつける。それがせめてもの抵抗とでもいうように。


 そんなミルの姿に、彼女の前に立つユリアナの瞳が見開かれた。


 まるで絶望の中に咲く一輪の花のように、ミル王女は気高く、死の間際だというのに誇らしいほど美しかった。


 まもなく彼女の首が落とされる。そう確信していたライラが驚きの声をあげる。


 暴姫ユリアナの剣がミルの頭上ぎりぎりで止まったのだ。


「――やはりいい」


「お姉様!?」


「……? 殺さないの?」


「……ああ。ライラ、お前は一つ勘違いしている」


「勘違い……ですか?」


 ゆっくりと振り向いたユリアナの獰猛な瞳はライラを捉えていた。


 その瞬間、ライラはもちろんのこと、ミルも瞬時に理解した。怪物の矛先が変わったと。


「私が本当に欲しかったのはお前じゃない。ミルネシア王女の方だ。この国の公爵家の令嬢であるお前で手打ちにしてやろうと思ったが気が変わった。ライラ、ここは王族の死に場所と同時に、処刑場でもあるんだよ!」


「まっ――」


 ライラが言葉を言い終える前に、漆黒の剣が振り下ろされる。


 何がいけなかった? 私は誠心誠意彼女に尽くした筈だ。それなのに何故?


 反芻するライラの思考。


 その疑問は何一つ紐退けることなく、その最期を遂げる筈だった。


 だがそうはならなかった。



「ライラーー!!」



――気付いたら咄嗟に足が動いていた。



「ミル!?」



 先程まで全く動けなかった筈の幼馴染が飛び出し、ライラとユリアナの間に割って入ったのだ。


「なっ」


「あがっ!?」


 流石のユリアナも振り下ろした斬撃を止める事は出来ず、変に力を抜いてしまったせいで、ミルは即死出来なかった。


 ライラは激しい血飛沫を噴き出しながら、冷たい床に倒れ込む幼馴染の元に駆け寄り、その華奢な身体を抱え上げる。


「ミル! ミル!!」


 身体に亀裂が走ったかのように縦に刻まれた斬撃の痕は、その威力がどれほどのものだったのかを物語っていた。


 真っ二つにならなかったのは奇跡に近い。


――見たらわかる。致命傷だ。どう足掻いても助けようがない。


「やだよ、ミル! なんで、なんで私の事なんかを庇うの!! 先にミルを裏切ったのは私なのに……ねぇ、なんで……? こんなところで死んじゃやだよぅ」


 泣きながら何度も自分の名前を呼ぶ大切な幼馴染に、ミルは最後の力を振り絞って声を出した。



「ら……いら……あの時は……ごめん……ね」



「ミル……」



 残された力で最後にそれだけ伝えると、彼女は静かに目を閉じ、やがて動かなくなった。




「うわぁぁぁん! ごめん、ごめんなさいミルーー!!」




 徐々に冷たくなる身体。それは彼女の死を意味していた。


 どんなに謝っても、どんなに泣き叫んでも、もう彼女は戻ってこない。それは本人が一番よく分かっていた。


 王家の争いに巻き込まれて亡くなった一人の女性。


――第一王子の婚約者だった姉を失ったあの日から。



「うぁぁぁぁぁーん!」



ユリアナも目当ての人物が死んで苛立っていた。だから――。


「もういい、うるさい。泣き喚くな、死ね」


 無慈悲にも振り下ろされた漆黒の剣は、ライラの首を胴体から斬り離し、ミルが残した最後の言葉の真意も分からず、彼女の人生は終わりを迎える……筈だった。


◇◆◇◆◇


 はっ!


 目を覚ますと先程と全く同じ光景が広がっていた。


「ミル!?」


「ライラ……?」


 彼女の顔を見た瞬間、思わずそう叫んでしまった事を後悔した。


(いけない。私はお姉様一筋って決めたんだから……でもさっきの光景は……)


 私は確実に死んだ筈。


 そう考えるとこれは夢か? それともさっきのが夢?


「どうしたライラ? 悪い夢でもみたような顔をして、彼女にかける言葉が見つからないのか?」


 物語に出てくる妖精のように整った顔立ちをしている女性が横から顔を覗かせた。


「あ、お姉様……」


 私を覗き込んできたのはいつものユリアナ様だった。うん、そうだ。きっと今のは夢だったんだ。白昼夢って奴だ。


 ユリアナお姉様が私のことを殺そうとする筈がない。

 

 でも……もしも今の夢が、夢じゃなかったら……。これは神様に与えられた二度目のチャンス?


「いいえ、大丈夫ですわ。ミルネシア王女……いえ、ミル。これは幼馴染として贈る最後の言葉よ」


 夢でも先程自分を庇ってくれた幼馴染に酷い言葉を掛けられる筈もなく。わたしは一人の少女として言葉を紡いだ。


「え? わ、分かったわ」


「よく聞いてね。私は貴方の事が好きだった。少なくともこれから先の人生でずっと一緒にいたかったくらいには……でもそれ以上に貴方の事をあの一件で嫌いになった。私のお姉ちゃん、そこに転がっている王子の婚約者だった姉が暗殺された時――わたしは貴方に裏切られたと思ったわ」


「そ、それは違う。あの時は……」


「でもそんな事はもうどうでもいいの。私と貴方はもう戻れないとこまで来てしまったから。だからせめて……来世では一緒になろうね」


 私は今どんな顔をして言っているのだろうか。ミルの顔を見るのが辛い。


 そのまま下がろうとすると、今にも泣きそうな声でミルに呼び止められた。


「待ってライラ。そんな顔で来世で会おうなんて言われても、私の方が反応に困るよ……」


「え、あ――」


 彼女に指摘されて、私は自分が泣いている事に気が付いた。悲しいと思ってしまった。幼馴染がこの世からいなくなる事に、その重みは一度失ってようやく理解できるものだったから。


「……ライラ、下がれ」


 私が彼女に感化されていると思ったのか、お姉様が強い口調で私を下がらせようとする。


「お前はこの部屋を出た方がいい。私は君の為に言っているのだよ? 君の心が壊れない為に」


 そんな優しい言葉を投げかけてくる。普段ならそこで「お姉様ー」と抱きついているところだ。


 でも今の私は冷静じゃなかった。彼女に肩を触れられそうになり、さっきお姉様に殺された光景が頭の中でフラッシュバックし、つい口走ってしまった。


「――お姉様は、お姉様は本当はミルを欲しいだけなんですよね!? 私はそのついで、いえ代わりに過ぎないんでしょ!!」



「――それを誰から聞いた?」



 女性の声とは思えない、ドスの効いた低い声が響く。


「ひっ!」


 部屋の室温が下がり、肌が凍りつく感覚を覚えた。


 ここまで言ってしまったらもう引き下がれない。私の二年間の努力は今の言葉で全部水の泡になった。


 なら、私のやる事は一つだ。


(どうせ殺されるなら彼女に言いたい事を全部言ってやる! その上でミルに助けを乞う!! 無様でも生き残るにはもうその道しかない)


 《暴姫》と渡り合えるのは《魔姫》とまで呼ばれた王国随一の魔法使いであり、私の幼馴染である第一王女ミルネシア様の他にいないから。


 たとえあれが夢だったとしても、一度死んだ事でユリアナお姉様の洗脳に近い話術の効果が解除されたのだろう。


 今の私はまともな思考で物を考える事が出来る様になっていた。


 私の訝しむような視線に気が付いたお姉様は、ハッとなって声音をがらりと変えてきた。


「怒鳴って悪かった。でもどうしたんだライラ? 私たちはあんなに愛を誓いあった仲だろう?」


 そんな事を囁かれて、お姉様に初めて抱かれた夜の事を思い出し、私は露骨に嫌悪感を露にしてしまった。


「ライラ?」


 彼女の血に塗れた手が、私の頬を撫でるように伸ばされる。それを私は全力で弾いた。


「お姉様……いいえ、ユリアナ・ド・アルタニア皇女」


 それは決別の合図。


 彼女は私の仕えるべき主人ではない。


 本当に仕えるべき人は、今、私の後ろにいるミル様だ!


 暴姫ユリアナは姉が死に、心身共に疲弊していた時期に取り入ってきた卑怯者だ。そんな奴に、私はこれ以上いいように使われるわけにはいかない。


 その言葉を受けて、ユリアナの目が据わった。もう私に対して本性を隠すつもりはないらしい。


「なんで私がお前の事を愛していないと分かった? 昨日までは確かに私の虜になっていただろう?」


 さっき殺されたからです。なんて言える筈もなく当たり障りのない事を言うしかない。


「ただの女の勘です。それに毎晩抱かれていたら流石に分かりますよ、貴方が本当の意味で私を愛していない事くらい」


 夢で殺されたなんて言ったら、ユリアナどころかミルにまで頭がおかしくなったと思われかねないから。それは嫌だ。


「だったら何故今なんだ? 裏切るチャンスはもっとあっただろう」


 それはごもっともな意見だ。でもこれも本当の事を言えるわけがない。一度死んで目が覚めたら、処刑される五分前くらいだったんです、なんて。


「貴方に縋っていた私は、きっと貴方の事を信じたかったんでしょうね」


「今は違うというのか?」


「はい。虫のいい話ですが、やっぱり私は幼馴染の事を見捨てられないようです。二年ぶりに再会して分かりました。私は彼女の事がどうしようもなく好きなんです。でもそれを言葉にするのが恐ろしかった……彼女に拒絶されてしまうのではないかと。だからズルズルと引き摺って今になってしまったのでしょうね」


「ライラ……」


 幼馴染の瞳に色が戻った……気がした。


「私が好きなのはもう貴方じゃありません。ミルネシア様です」


 そうして私はミルに手を伸ばし、ぎこちない笑みを浮かべる。


 あれ、昔の私ってどうやって笑ってたんだっけ?


「ごめんね、ミル。もう一人にしない。一緒に生き延びよう? 罰はちゃんと受けるから……」


「……ライラ。そうね生き残りましょう二人で。でも情けは求めない事。貴方はそれだけの事をしてしまったんだから」


「うん。分かってる。お手柔らかにね」


「ふふっ、ライラには冷たい顔より笑顔が似合うわ」


「ありがとう。私、すっかり自分を見失ってたよ」


 えへへっと笑ってみせる。


 ミルの言葉に救われた気がした。


 ようやく彼女に本当の笑顔を見せられた気がする。


 私の手を取って立ち上がる様子は、先程まで絶望していた少女と同じ少女とはとても思えなかった。


(そうだ。今のミルが本当のミルだ。誰よりも強くて、誰よりも優しい私の幼馴染。どうして今まで忘れていたんだろう)


 彼女は一瞬にして私の周りに何重もの障壁を張る。暴姫ユリアナだろうと簡単には壊せない。


「ライラには手を出させないわ」


「ミル……」


 身体の魔力を極限まで高めたミルが、両手に光球を作り上げる。ピリピリとした緊張感が走った。


 それはただの光球ではない。当たれば自分の身体が消滅するものだということは傍目でも分かった。


 本能が言っているのだ。あれは危険だと。


 だがそれと同じくらい暴姫ユリアナは危険人物である。


 彼女もまた人外の域で戦い続ける怪物だ。


 ミルからは、刺し違えてもユリアナを倒すという確固たる意志が感じられた。


 それを受けて彼女はフッ、と短く笑った。



「……いいわ。もう少しだけ待ってあげる。次会う時に決着を付けましょう」



 私もその方が面白いしねと言って、私たちに向けて後ろ手に手を振ると、ユリアナは転移石を使って玉座の間から消え去った。


 後に残されたのは私とミルの二人だけ。


 血塗られた室内には不釣り合いの美しい銀髪と金髪の少女達が、強敵の退散に呆気に取られながら身を寄せ合っていた。


「え、普通あんな簡単に退く? 私、てっきりここで死ぬまで戦うのかと」


「私もそう思っていたわ。とすると、暴姫にとって予想外の事が起きていたのか、単純に時と場所を変えて私と再戦したかっただけなのか……」


 二人でユリアナにしては不可解な行動を推測していると、おそらく原因になったのであろう男性の声が聞こえてきた。


「陛下ー! 王子さまー! 姫さまー! ご無事ですかー!?」


 え、嘘! この展開は!?


 声の主はこの国最強の騎士、剣術だけで言えばユリアナにも匹敵するほどの力の持ち主、レオン・アルバート様のものだった。


(あの時は死んでしまったから分からなかったけど、私が死んだ後すぐに王国の最強の騎士レオン・アルバート様が駆けつけて来てくれていたんだ……)


 流石のユリアナもニ対一は不利だと判断したのか、一旦身を引いてくれたらしい。


「レオンここよ! 私は、私たちはここにいるわ!!」


「その声は姫さま!? 今そちらに――」


 ユリアナの斬撃で歪み、開かなくなってしまった扉の向こうで、レオン様が歪んだ扉を叩き、無理矢理こじ開けにかかる。彼の必死さがこちらまで伝わってきた。


 もしかしたらあの夢で私が死んだ後、彼は姫様を助けられなかった事を悔いて自害したのかもしれない。それくらい彼は忠義に厚い人物だったから。



「さて、貴方の処遇はどうしましょうか?」



 身の安全を確保出来たからか、ミルはおどけた調子で嗜虐的な笑みを浮かべた。


「あ――お、お願いします姫さまぁー! 私を殺さないでください! ユリアナについていた頃の事、なんでも喋りますからー!!」


「あら、今のあなた。貴族としての自覚がなかった頃の昔の貴方にそっくりね。でも貴族なのに貴族らしくない所がわたし好きだったのよね」


 子供の時のライラに戻ってしまったと自分でも思った。


「ミ、ミル。殺さないでください……」


 そんな私を見て、ミルは優しく笑う。


「冗談よ。処刑なんてしないわ……貴方が今みたいに媚びている間は」


「え、え? それってつまり私はミルに媚びを売り続けないといけないの?」


「ふふっ、すっかり口調まで戻っちゃって。でもそっちの方がやっぱり可愛いわね」


 そっと顔を近づけてきたかと思うと、チュッと頬に口付けされた。え、キス? うそ……子供の時以来した事もされた事もなかったのに。


「え、あ、?」


「行くわよ。ちゃんとついてきなさい」


「う、うん、じゃなかった。はい!」


「どっちでもいいわ。ほら、手、出して」


 ミルはそう言って、隣に立つ私の手を握った。


 その温もりが懐かしくて、私はすぐに指を絡めて握り返した。


「ああ……ミルとまた手を繋げて嬉しい!」


「私も嬉しいわ。また貴方と一緒にいれて。でも油断したら処刑しちゃうわよ」


「ええ〜それはいやだよぅー!」


 繋いだ手から、お互いの気持ちが流れ込んでくる。


 彼女に殺される事はないと思うけど――私は今日も彼女に媚びを売る。


 だってそれは通過儀礼のようなものだから。


――私は誓う。もう二度とこの手を離しはしないと。

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