第13話 質問と相談

「皆様、ごきげんよう」


 :ごきげんようお姉様

 :ごきげんよう

 :今日も麗しい

 :髪型似合ってます!

 :おっす姉さん

 :タートル姉様ごきげんよう

 :やっと始まったか

 :正座して待機してた


 配信が始まった。

 私はPC上部に設置したカメラに向かって、姿勢正しく、軽くお辞儀をした。

 ログは無数の挨拶で埋め尽くされ、白字の中に、幾つか赤字が点在した。

 所謂投げ銭というやつだ。

 再生回数による収益とは別で、個人から贈られる直接的なお金のことであり、上限は5万円迄となっている。

 三割は手数料として取られてしまうが、それでも積み重ねると大きな額になる。

 この世界に足を踏み入れるまでは、よくそんなお金を……、と若干引いていたが、これには、配信者へのアピールと、感謝の気持ちが込められている。

 決して無下に扱うことは出来ない。

 他の方への挨拶の合間に、ひとつひとつ拾い上げて、ありがとうございます、と感謝の言葉を返していく。

 お金だけの問題だけではなく、支えてくれる彼らがいるからこそ、今の私がいる。

 登録者数が少ない頃からお世話になっている方々には幾ら言葉を尽くしても返しきれないほどの恩がある。

 以前は心のどこかで、投げ銭をする者を馬鹿にしていた自身を恥じている。

 なので、謝罪の意味も込めて、感謝と共に私は頭を下げるのだ。

「まずはWriterに寄せられた幾つかの質問に答えていこうと思います。一つ目はこちらです」


『ゲーム配信はしないのですか?』


「恐ろしい質問がきましたね……」


 :どの辺が?

 :恐ろしい要素皆無

 :ゲームとか一切やらないの?

 :俺も思ってた

 :ゲーム配信希望

 :詰まってるなら助けるよ?


「実は……私の両親や妹は、ゲームがかなり得意なのです」


 :ということは?

 :その前フリからすると

 :下手でも構わんよ

 :お姉様の配信ならどんな内容でも

 :恐ろしく下手ってことか……

 :上手くないならむしろ見たいが?


「おそらく、これは隔世遺伝というやつですね」


 :何か言い訳臭いな

 :先祖のせいにしようとしてるぞ

 :ご先祖さまの時代にそもそもゲームは

 :どっちの家系? ハーフだったよね?


「この血には、呪わしい『不器用』という力が眠っていたのです……」


 :そんな壮大な感じにせんでも

 :せめて自分を責めような?

 :不器用の説明にご先祖様不要説

 :ねーさんが涙目なんだが


「私は誰も責めていませんよ。責められるのは、この指先のみ……」


 :指先と自分は無関係の構図

 :自分のせいにすらしてない

 :その指先もらおうか?

 :別に下手でもええんやで


「下手でも良いと仰いますが、それは上手くなる要素があればです。はっきり言って絶望的ですよ? 心優しい皆さんに、暴言を吐かせる自信があります」


 :そんなにか

 :慣れの問題

 :場数やな

 :お姉様に暴言なんて……

 :暴言はご褒美


「……よく言われるのですが、『それわざとだよね?』とか、……『いい加減にしてくれない?』など。……わざと下手に遊んで暴言を吐かれようとする人がいますか? ゲームは苦手だからやらないと言ってるのに無理やりやらせたのはどなたですか?」


 :あ、闇堕ちきた?

 :そこまでのレベルか

 :むしろ見てみたいんだが

 :誰に言われたの?

 :相変わらずメンタル弱いな


「これは配信を協力してくれている妹と協議したのですが、仮にゲーム配信を行えば、その日で私の配信は終了する、という結論で合意に達しました」


 :合意すなw

 :草しか生えない

 :いっぺんやってみーや

 :評価は俺らがしたるから

 :見たいですお姉様

 :一度だけでも(¥50,000)

 :簡単なゲームでいいからやってよ


「亀好きさん、ありがとうございます。一度だけでもと言われましても……、一度で壊れる信頼、あると思います!」


 :そりゃあるけどw

 :一度見たらみんな納得するんじゃね

 :勿体ぶらずに

 :コラボ配信してよ

 :時間制限のないパズルゲームとかさ

 :見たいよ見たいよ


「ゲームのコラボ配信とかもってのほかです。コラボ先も配信生活終わっちゃいますから。絶対やりませんので諦めて下さい」


 :上目遣いで懇願とか

 :こんな事案で?

 :やらんでええ。ワイだけが味方や

 :目がうるうるしとるやんけw

 :涙目たすかる


「はい、次の質問にいきますよ~」


 :これはガチでやらん流れか

 :これだけ期待されて拒否は相当

 :お姉様、ゲームが下手でも愛してます

 :いつかやってくれるやろ


『今の悩みは何ですか?』


「タイムリーな質問ですね。私、悩んでます」


 :どんな悩みや?

 :彼氏が欲しい悩みやったらワイがおるで?

 :彼女なら私がなります!

 :ゲームが下手なのが悩みってわけか?


「ゲームからは離れて下さいね。彼氏彼女も不要です。実は週末に女子会がありまして……」


 :なんやて!

 :参加しますわお姉様

 :ワイも参加するやでー

 :参加費(¥5,000)

 :俺も参加(¥1,000)


「うさぎ坂さん、ミネラル紅茶さん、ありがとうございます。残念ながら枠は既に一杯でして、私を含め六人で開催の予定です」


 私は女子会で不安に思っていることを、輪郭をぼやけさせながら相談していく。

 親しい間柄には達していないこと。

 それでも壁は取り除かれつつあること。

 私のことを知り尽くされている。

 他の子たちは仲が良い。

 私のことを好いてくれている。


「えっ、その場合、私はどんな風に振る舞えば!?」

「嫌われないでしょうか……?」

「それは言い過ぎでは……」

 

 気付けば熱くなり、私は次々と不安に思うことを吐露していた。

 皆さんが親身になって、時にふざけて、様々な角度から意見を出してくれた。

 そのお陰か、自身の視野が少し広がったような気がして、これなら行けそうだと安堵するのだった。

 その後、視聴者から寄せられた幾つかの質問に答え、雑談に興じているとそろそろ良い時間になっていた。


「本日はこれにて以上となります。お付き合い頂きありがとうございました」


 私は満面の笑みを浮かべ、カメラに向かって頭を下げた。


 :今日のお姉様はいつもより艶々してて眼福でした

 :ほんそれ。綺麗という枠を飛び越えとるな

 :整った顔で羨ましいです

 :私は髪質が羨ましい

 :じゃあ俺は口をもらう

 :一人だけしれっと狂ったこと言っとるぞ


「私の口を何に使……あ、聞かぬが吉ですね。残念ながら、どのパーツも差し上げることは出来かねます。ご了承下さい。それでは最後に告知となります」


 画面が切り替わり、私をそれを指差しながら話を進める。


「えっと、現在の登録者数なんですが、47万3,945人……ですね。50万人に到達したら記念イベントを開催するつもりです」


 :ほーん、すぐやな

 :週末には厳しいか

 :来週には行けるやろ

 :イベントって何をされるんですか?

 :オフイベント希望(¥30,000)

 :ワイも駆けつけるで


 カメラは再び私を映し出し、頭を下げる。


「ミネソタさん、ありがとうございます。オフイベントは……あはは、妹がバツって腕をクロスさせてます」


 :妹ちゃん、何とかしてーや

 :妹ちゃん顔出しまだ?

 :密かに人気な妹ちゃん

 :妹を落とせばお姉様も手に入るという噂


「妹は渡しませんよ! 凄く可愛くて、頼りになりますから。料理も上手いし、今日好評だった髪を仕上げてくれたのも妹です。あっ、照れてますね」


 :妹が有能すぎる

 :姉妹でうちに嫁いできて

 :婿養子とか需要ないっすか?

 :私を入れて三姉妹になって頂けませんか……


「近いうちに私の妹愛をまた語りましょう。それでは、今日は相談にも乗ってくれてありがとうございました。お陰で女子会を乗り切れそうです!」


 :女子会の面子がここを見てる可能性

 :そりゃ見てるやろ

 :筒抜けな件

 :お姉様は分かった上で相談されてるかと

 :せやな


「……」


 :ねーさん顔色悪いけど

 :これは失念してたやつちゃうか

 :いやありえんやろ

 :お姉様に限って

 :もしかして……


「それではまた……。ごきげんよう……」


 :あっ(察し)

 :ねーさんはこれがあるからな

 :お姉様またですか……

 :見てないとええな(絶対見てるやろうけど)

 :亀姉のリアル地位、低そうやな


 私は配信を停止し、スマホを引き寄せる。

 案の定……グルチャはログで埋め尽くされているのだった。

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