第11話 翌日

 翌日、重い足を引き摺っていつもの通学路を歩く。

 午後からは雨予報。

 灰色に曇った空が続いている。

 そんな空を見ても何の感慨もわかなかった。

 今後の陰鬱な展開を予想して、項垂れた視線は自然と足元へ。

 歩みは遅く、ともすれば立ち止まってしまいそうになる。

 昨日の今日で整理する時間がなかった。

 心構えがまるで出来ていない。

 本音を言えば今日は休みたかった。

 とはいえ、休んだところで何も進まないことは分かりきっていた。

 橋苗さんと岩島さんの顔を思い出し、溜め息を零す。

 いっそ、胸の中にわだかまる靄まで吐き出せたらいいのに。

 悩みの大元を断たずしてその願いが叶うことはないのだけれど、つい楽になる考えが浮かんでしまう。

 彼女たちは一体、俺をどういう目で見てきたのだろう。

 それなりに親しくしてきたつもりだ。

 その交わりの中で、彼女たちから俺が『さながら誘』であると匂わせる言動はなかったはずだ。

 橋苗さんの憧れという発言にはドキッとしたが、慌てた表情から察するに正体をつつくものではなかった。

 そこに俺を嘲笑う意図はなかったと信じたい。

 いや、信じきれていないからこそ、邪推してしまっているのか。

 同じ考えが頭の中をぐるぐると回る。

 胸を除いて幼い見た目の岩島さん。

 明るくて元気な女の子。

 彼女が俺に過保護な様子を思い出す。

 時に慈しむような優しい目をしていたのは、成長を見守る我が子のように思っていたからか。

 そう信じていいのだろうか。

 二人に悪意があるように見えなかった。

 彼女たちの本質の何を理解してるかと問われれば言葉に詰まる。

 しかし、接してきた限り、人を陥れて喜ぶような子たちではない。

 猜疑心に捕らわれて、ネガティブに傾いてる心を情けなく思う。

 そもそもが、葵が信頼しているのだ。

 彼女たちを疑うということは、葵を信じないということでもある。

 となると、俺が抱える不安というのはつまり。

 気恥しさに他ならない。

 同級生の女の子が、俺のことを見守ってきた。

 その事実を受け止めなくてはならない。

 今になってそれを明かすという真意を測りかねてはいるが、それは一旦脇に置くべきだ。

 事実を肯定し、前に進む。

 それが今の生き方ではなかったか。

 開き直りともいう。

 でもそれでいい。

 悩んで解決するなら悩めばいい。

 情報が足りないなら諦めろ、だ。

「ねぇねぇ王子」

「な……なに、かな?」

 長い時間をかけた登校。

 ようやく自分の席に辿り着くと、普段通りの岩島さんがいた。

「髪触ってもいい?」

「あぁ、いいよ……」

 俺は席に座り、岩島さんのされるがままに任せた。

 小さな指で俺の髪を弄び、時折頭を撫でてきて、えへへと笑う。

 俺がたとえくよくよと悩んでいようとも、いつも通りの時間が流れていく。

 考え過ぎだったのかもしれない。

 もしかすると、葵との会話も俺が聞き間違えていただけで、協力者云々の話も妄想だったのかな。

 なんて都合良く気持ちに折り合いをつけ、落ち着きつつあったのだが。

「週末楽しみだね~」

 心臓がどくんと跳ね上がる。

「え、あ……そう、かな?」

 一瞬で現実に引き戻された。

「王子は楽しみじゃないの?」

 言わんとすることは分かる。

 でも理解が追いつかない。

「えっと、何が、かな?」

「葵ちゃんから聞いてないの?」

 唐突に本題に入るとは想像もしていなかった。

「葵って、まさか俺の妹の?」

「うんうん、葵ちゃん、可愛いよねー」

 そこには同意するが。

「あ、王子、葵ちゃんから聞いてる?」

 橋苗さんがこちらにやってきた。

 妹の名を挙げながら。

 展開が早い。

「あれ? 昨日グルチャで伝えたって聞いたんだけど、まだだった?」

 君ら、グルチャで繋がってんの?

 初耳過ぎる。

 いやそれより待って。

 二人して、朝一で畳み掛けてくるとか。

「栞ちゃん、女子会楽しみだねー」

「だね、碧もすっごい楽しそう!」

 やっぱり女子会あるんだ……。

 お腹痛くなってきた。

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