第10話 協力

 葵の発言の意図が掴めず、あーとかうーと唸っている俺に、当の本人は優しげな笑みを向けてくる。

「『さながら誘』の構想はね、実は私一人のものじゃないんだ」

「父さんや母さんも加わっているし、それは分かってるけど」

「ううん、そうじゃないの」

 葵は少しだけ悲しそうに俺の言葉を遮り、女装した俺を、誰に会わせようとしているか、その理由を淡々と告げてきた。

「一年前は私はまだ中学三年年生だよ。勝手に盛り上がって始めたプロジェクトだけど、自分がどれだけ無知かってことを嫌でも理解させられたの」

 しっかり者だと思っていたが、よくよく考えてみれば分かることだった。

 葵はまだ子供で、俺と同じく、見知った世界は狭く、限界だらけで、日々、その広さを思い知り、広げようとしている最中だ。

 それにしては、俺を先回りするかのように、知っていることが多すぎた。

 しかも、それが多忙な受験シーズンに為されていたというのだから、時間が足りないどころの話ではない。

「そこで協力者を得ることにしたの」

 なるほどと得心した。

 当然とも言える。

 知識が足りなければ、理解を深めるか、外部から協力を得ればいい。

 そして己で理解する時間を捻出出来ないというのなら、後者を選択するのは自明の理だ。

 状況を正しく把握し、求めていた協力者を得られたというのだから、やはり葵の行動力には驚かされる。

「ということは、お前が会わせたい友達というのは」

「うん、協力者だよ」

 そうなるよな。

 しかし、協力とは何処までを指すのだろう。

 行動方針や配信のプラン、SNSでの告知、衣装の用意など多岐に渡るわけだが。

「まさか、俺が女装してるのを知ってるなんてことは」

「勿論知ってるよ」

「――!?」

 言葉にならないとはこのことだ。

 青天の霹靂。

 寝耳に水。

 思考が停止したのち、なああああ! と奇声を発してしまった。

 嘘だろ……?

 知っているのが家族だけならまだ傷は浅い。

 しかし第三者に知られているなんて致命傷じゃねーか。

 心臓が早鐘を打ち、冷や汗が止まらない。

 ずっと見られていた?

 俺だと知った上で?

 女のフリを演じているのを?

 これ、本気で人生が終わるレベルだぞ。

 込み上げる羞恥の熱が収まらない。

「おにーちゃん、落ち着いて。落ち着かなくても事実は変わらないから」

 これほど配慮のない、落ち着いてがあるだろうか。

 逆に落ち着いてきたわ。

「……誰なんだ?」

 決して冷静だとは言えないが、知ることで、平静を取り戻すことも出来るはず。

「えっとね、橋苗栞さん」

「橋苗……」

 駄目だあああ!

 同級生!?

 しかもクラスメイトに知られてたーっ!!

 やばい、恥ずか死ぬ!

 俺のこと憧れてるとか言ってたけど、『さながら誘』の創始者の一人なのかよ!

「おにーちゃん、落ち着かなくていいから聞いて」

 もはや落ち着かせる気がないとはどういう了見だ。

 俺がパニクり続けているからか。

 そうか俺のせいか。

 でもクラスメイトが女装した俺を見てずっと笑ってたんだぞ。

 内心、草、とか言ってたんだぞ。

 耐えられるわけがねーだろ。

「慌てながらでいいからどうか聞いて」

 葵、どんどん雑になってるぞ。

 気遣う様子すら失せている。

「もう一人協力者がいてね」

「まだ、いるのか……?」

 葵、おにーちゃんのメンタルは飴細工のようにすぐ溶けて砕け散りそうだよ。

「さっき話しに出た、岩島碧さん」

「え、岩島さん……も?」

「うん」

 さっきまで一緒に話してた岩島さんが?

 何処で接点が?

 中学は別だったのに?

 筋肉に異常なほどの拒絶を示していたのは、女装のことを知っているせい?

 駄目だ、ヤバい。

 情報過多だ。

「あとは、そっち系に詳しい、私の同級生二人だよ」

 まだいるの?

 俺を笑ってる人が?

 みんな草を生やしまくってるの?

「ちょっとおにーちゃん、大丈夫?」

 ソファにまるで液体かのように沈み込む俺に、葵の心配する声が遠く響く。

 ヤバい。

 何て爆弾をぶっ込んでくるんだ。

 妹の所業が鬼畜過ぎる。

 大丈夫なわけがない。

 何故今なんだ?

 いつかは明かされたであろうが、今である必然性は何処にあった。

 いやそんなことより、明日からどんな顔をしてあの二人と顔を合わせればいいんだ。

「おにーちゃん、聞いてる?」

 聞こえているけど全然入ってこない。

「週末に、今言ったメンバーで女子会するからね?」

 ははっ!

 俺は男だぞ。

 女子会に参加する資格などない。

「ちゃんと女装してね」

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