第7話 本庄さんと
「あれ? 王子、まだ帰ってなかったんだ?」
岩島さんと下駄箱に向かうと、本庄さんに声をかけられた。
ダンス部の仲間と外周を走ってきたらしく、滴る汗をタオルで拭き、息はまだ整いきっていないようだ。
どうもと挨拶を交わすと、うちら先に行ってるねーと、お仲間たちは体育館の方へ向かっていった。
ストレッチをして今日はもうあがるそうだ。
本庄さんはまだ俺たちと話したい様子で、急ぐ用事もないので付き合うことにした。
「岩島さんと料理の献立を考えていてね」
「へへん、王子の好みを聞いていたのだー」
料理研究部では、各自が二つの料理を提案し、部員の投票で次に作る料理を決めるらしい。
とはいえ、厳正なものではなく、雑談を交えながら、具材の価格的に再現出来ないと却下されたり、調理具を用意するのが困難であったりと、結局は実現可能なものに落ち着くらしい。
それならばと、俺が提案したのは奇を衒ったものではなく、お弁当の定番、玉子焼きであった。
「え、玉子焼き……?」
岩島さんが玉子焼きの案を一発採用したと聞き、本庄さんは怪訝そうな顔をしていた。
「王子は玉子焼きがそんなに好きなの?」
「普通に好きだけど。まぁ本庄さんの言いたいことは分かるよ。放課後の時間を割いてまで出した答えがそれなのかってことでしょ?」
「う、うん……もっと手の込んだ料理名が出てくると思ったし」
そりゃそうだ。
一見なんの捻りもないし、料理研究で扱うならそれこそ手の込んだものが浮かぶだろう。
「ふふっ、本庄さん、一時間前の無知な私を見ているようだよ」
ドヤ顔を浮かべる岩島さんであるが、確かに全く同じ反応だったもんな。
「むむぅ」
いや、本庄さん。
そんなにムキになる話でもないから。
「単純な話なんだよ。玉子焼きと言っても、甘いやしょっぱい、好みは色々分かれるじゃない?」
「そだね、私は甘いのが好きだし」
「私も甘いのが好きー!」
「俺は甘すぎないくらいがちょうどいいかな」
「つまり、それを食べ比べるってこと?」
「ほぼ正解なんだけど、その二択だけじゃあまりにも幅が狭いから、例えば、ネギを入れたり、明太子を入れたり、チーズを入れたり、油じゃなくバターをひいたり、作り方って色々あるでしょ?」
「うんうん、たまに変化をつけたりするね、外れもあったりするけど」
「だからさ、料理研究部の中では、って話になるけど、みんなの好みの玉子焼き一位はどれだ選手権みたいなのをしてみれば? と提案したわけだよ」
おぉ~!
本庄さんは感嘆の声を漏らしてくれるが、そこまで大した案ではない。
少し前の配信で、玉子焼きの好みの話題が挙がったので、それを拝借しただけだったりする。
「目から鱗ってやつだよねー。色んな料理を思い浮かべてたんだけど、王子と話してると発想が貧困になってるなーと思わされたよ」
「私も岩島ちゃんと同じだね。料理研究なんて言うから、身近なものから離れて考えるべき、って思考に陥ってたよ」
「誰しも玉子焼きにはお世話になってきてるんだから、原点に立ち返るのもいいでしょ。シンプルでお金もさほど掛からないしね」
採用されるかは分かんないけど。
そこは岩島さんのプレゼン次第だろうな。
「ところで、王子は料理研究部に入ったの?」
あくまで相談というか、雑談の延長みたいな感じで話していただけなんだけど、本庄さんからすれば、いつもすぐ帰る俺が放課後に残っていたのだ。
そう思うのも不思議ではないだろう。
「いや、俺は家の用事があるから帰宅部のままだよ。今日はたまたまお手伝いしてただけ」
動画配信をする時間帯は、平日なら21時からと決めている。
配信前に疲れを残さないため、俺は部活動をしていない。
大抵は葵がやってくれるんだけど、準備とかあったりするしな。
そもそも、配信をやる前から無所属だった俺が、今ではもっともらしい理由を語っている。
そのことに自嘲ともとれる笑いが込み上げてきた。
その笑いをどう勘違いしたのか、本庄さんはやれやれと呆れたように、「王子は岩島ちゃんに甘いよねー」と俺の横腹をつついてきた。
そんな自覚はなかったが、言われてみれば、妹の葵がしっかりとしているだけに。
「世話の焼ける妹みたいな感じで、放っておけないんだよね」
甘えん坊の妹がいればこんな感じなんだろうなと、失礼ながら思ったことを口に出してしまった。
すると岩島さんは悲壮感たっぷりに。
「ええーっ、私、同い年だよ!?」
涙目になって身体を揺らしていた。
「あははっ」
その可愛らしい動きにツボったのか、本庄さんは腹を抱えて笑っている。
「何笑ってんのよー!」
腕をわちゃわちゃ振り上げて激おこな岩島さん。
怒っているのに可愛すぎる。
こんな姿を見せられると、どうも放っておけなくなる。
やはり俺は岩島さんに甘いのだろうな。
「はぁ~」
ようやく落ち着いたのか、本庄さんは笑い過ぎて目に溜まった涙を拭い、「うち、王子と同じクラスになれてほんと良かったよ」なんて言い出した。
どうした唐突に。
俺が目を丸くさせていると。
「王子なんて呼ばれてるから、一年の時は取っ付き難い奴かと思ってたんだけど、実際同じクラスになってみたらさ、楽しくて仕方ないんだもん」
「私もー。王子は本当に王子だったもん」
「ね。みんな言ってるもん。王子と同じクラスになれて良かったって」
照れるからやめて欲しいんだが。
俺はポリポリと頬をかき、恥ずかしさを必死に誤魔化した。
「みなみんや下村君もさ、ようやく自然に溶け込めるようになってきたし、あの子たち、いつも王子のことが好きでたまらないって言ってるよ」
「それ! 秘密のやつだよー」
「あ、しまった!」
慌てて口に手を当てる本庄さん。
秘密の話ならば聞かなかったことにしよう。
当人たちに会ったら恥ずかし過ぎてどんな顔をすればいいのか分からないけど。
「本庄さん、そろそろ着替えないと、風邪ひくぞ」
随分汗をかいていたし、誤魔化しついでに本庄さんの体調を気遣うことにした。
「ナチュラルに親切振り撒いといて、なんで今更照れるかなー」
「それが王子のいい所なのー」
俺の照れ隠しのスキルは相当低いらしい。
あっさりと見破られるのであった。
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