第5話 昼休み
昼休み。
弁当を机に広げると、わらわらと人が集まってきた。
「王子様、来ちゃった」
「王子、俺も来たぜ!」
「今日は私も」
「ずるい、俺も一緒に食べるぞ」
俺は特定の人と食べることはない。
勝手に誰かしら寄ってくる。
クラスの仲は良好であるが、特に誰かと親密であったりはしない。
『さながら誘』の分け隔てなく接するという行動原理が、身体に馴染んでしまった結果である。
「南方さん、それに下村君、君らもこっちに来なよ。一緒に食べてくれないか?」
このクラスには所謂ぼっちはいない。
俺がそうさせないからだ。
一人で食べようとしている子を見ると、ついつい声をかけてしまう。
『さながら誘』を始めた当初、普段の行動から変えていこうと葵に提案されたためである。
最初は恥ずかしかったものの、慣れれば何ということはなかった。
ぼっちな子たちも戸惑ってはいたが、最終的には受け入れてくれたこともあり、そこから輪が広がって、ぼっちな状況はなくなったと思う。
彼らは内心、うざってぇな、なんて思っているかもしれないが、そこはすまんと謝りたい。
あくまで俺の我儘ではあるが、ありがとうと感謝を述べられたこともあるので相殺としたい。
彼らの笑顔を見ると嬉しくて、紛い物の行いだったとしても、ついつい手を貸してあげたくなって、悩み事があれば耳を傾けることもある。
今となっては、ロールプレイであるのか、本心であるのか、境界が分からなくなっている。
ともあれ、暗い顔より、明るい顔で溢れている光景は見ていて気持ちの良いものだ。
王子様という呼び名は不服であるものの、それが俺に割り当てられた役目であり、みんなが俺に期待するというのなら応えてあげたくもある。
今日もクラスの雰囲気は明るくて、俺自身も元気を分けてもらえるのだった。
「もうすぐ文化祭だなー。王子は去年何やったの?」
サッカー部の戸田がウィンナーを口にしながら話題を振ってきた。
「去年は喫茶店だな。俺は裏方だったけど」
「勿体ないよねー、王子様を裏方に使うなんて!」
赤い眼鏡をかけた図書委員の澤村さんが憤慨した様子で入ってきた。
「勿体ないけど、王子は何をやらせても卒なくこなしそうだよね」と下村君。
「分かってないなー下ちんは。王子様のクラスは、男装女装喫茶だったんだよ!」
「お、王子の女装……!?」
下村君、ラノベとか好きだから俺を頭の中で変な格好をさせてそうだな。
「私も、王子の女装がみたくて行ったのに、がっかりしちゃったなー」
はぁと溜息をつくのは、茶髪にパーマをあてたギャルメイクの本庄さん。
「俺、王子なら、女装しても愛せるかもしれない」
おい、野球部の藤野、さらっと恐ろしいことを言うな。
お前は普段から言動が怪しいぞ。
「王子様の女装……私も見てみたいです」
引っ込み思案な南方さんも興味津々といった様子だ。
これはまずい流れかもしれない。
「今年の文化祭は、王子をメインにしようぜ!」
戸田、ちょっと黙ろうか。
「絶対そうしよ!」
「それしかありえない!」
「みんなにも協力してもらお」
「橋苗と岩島にも協力してもらって、美人三姉妹をメインで推していこう!」
藤野、お前の願望だけいつも尖ってんだよ。
「私、王子の衣装を作る……。そういうの得意だから……」
引っ込み思案は何処に行ったんだ南方さん、いい事だけどさ。
「お願いだから、男物にしてね」
俺は南方さんの手を両手で掴み、目をうるうるさせてみる。
「はわっ……」
南方さんの顔が一瞬で沸騰したように赤くなった。
「王子様、私もそれやって! じゃないと絶対女装させる!」
「澤村さんも、お願いね」
希望通り、がしっと手を握り懇願する。
「きゃっ、昇天しそう」
やったんだから絶対だぞ、澤村さん!
「王子、俺も……」
藤野てめー!
俺は心を鬼にして、藤野の手を掴む。
「頼むぞ藤野!」
「おおふ……結婚してくれ王子……」
しねーよ!
否定されると人の心は一瞬で歪む。
肯定こそが人の気持ちを前に進ませる。
慣れてはきたが、『さながら誘』の世界は中々にハードだ。
これでまだ女装しろとか言ったらお前ら許さねーからな。
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