第3話 登校

 連続した緩い坂の上にある学び舎――峯山高等学校に俺は通っている。

 今は登校の時間。

 眠たげな顔をした生徒や、朝から友達と元気にはしゃぎ回る姿が散見される。

「王子様、おはよう!」

「あぁ、おはよう」

 クラスメイトの橋苗さんに挨拶を返す。

 恥ずかしながら、王子様は俺のあだ名である。

 すらっと伸びた細い背丈。

 肩甲骨の辺りまでかかる艶のある黒髪。

 柔和な顔立ち。

 母親の美容ケアによる瑞々しい白い肌。

 俺の姿形は、持って生まれたものに、動画配信用の人格――『さながら誘』の要素が追加されている。

 どうしてこうなった。

 なよなよした見た目というのは自覚している。

 王子様なんて柄じゃない。

 もっと男らしくなりたい。

 しかし、家族から筋トレは禁止されているのである。

 ちなみに恋愛も禁止だ。

 どこのアイドルだよ。

 『さながら誘』が実生活に侵食しており、俺自身、キャラがブレて仕方ない。

 どちらが本当の自分か判断がつかなくなる場面もある。

「王子様は今日も王子様だね」

「それは、褒めているのか?」

 隣を歩く橋苗さんを訝しげに見た。

「もちろん! 私の憧れの人に似てるし、かなり高めの評価だよ」

「嬉しくねー」

 橋苗さんはムッとした表情を浮かべ、「こんな可愛い子に褒められて嬉しくないってどういことよ」とのたまう。

 凄い自信だな。

 実際、橋苗さんは可愛いし、告白も結構な数を受けている。

 そのどれもがお断りの宣告を受けているわけで。

「橋苗さんってさ、男に興味ないでしょ?」

「えっ、なな、なんで!?」

「告白してきた人の中にはイケメンも多かったって聞くけど、全部断ってるじゃん」

「それは、好みが違うというか……」

「かもしれないけど、そんな人に褒められても、そこら辺の有象無象と同じ評価なんだろうなと思うわけだよ」

「むぅ、心外だわ」

 橋苗さんは腕を組み、膨れっ面をしておられる。

 頬をつついてやりたい衝動に襲われるが、セクハラ認定されたら困る。

 橋苗ファンに見られたら後が怖いというのもある。

 前を向き、視界から外すことで回避することにした。

 それにしても、先程聞き捨てならないことを言っていたな。

 憧れの人に似ているとか。

 橋苗さんを特に異性として意識したことはないが、彼女が憧れる人というのは気になる。

「ちなみに憧れの人って誰よ?」

「あっ」

 なるほど、彼女からすれば、先程の発言はうっかり口にしてしまったというところか。

 口を抑え、しまったという顔をしていた。

「隠すほどのこと?」

 同じ校内にいる人なら、知られたら困るのかもしれない。

 それならそれでいい。

 言いたくないなら追求するつもりはない。

 そして待つこと数秒。

 橋苗さんが口にした人物の名は。

「えっと……『さながら誘』さん……」

「え……?」

 俺の名前だった。

「知らないかな、動画配信してる人で、凄く綺麗な人なの」

 その瞳は、好みを知られて恥ずかしげに揺れ、しかし、純粋な好意による熱のためか潤んでいた。

 まさか、だよ。

 こんな身近にさながら誘のファンがいるなんて。

 しかも似てるって、バレてないよな?

「……知らないな。ちなみに、それって男性? 女性?」

 俺はすっとぼける選択をした。

「女性だね……」

「へぇ……そうなんだ」

 『さながら誘』には男性疑惑がある。

 幾度も議論されてきたことだ。

 当人が性別を明確に宣言しないことと、いつもタートルネックの衣装を身につけていることで、喉仏を隠しているんじゃないかと疑われているのだ。

 ちなみに喉仏を隠しているのは葵風に言えば大正解! である。

 葵も疑われることは当初から想定しており、この状況を他人事のように楽しんでいる。

 と、それはいい。

 橋苗さんがさながら誘を女性として見ているという事実。

 それはつまり。

「橋苗さんってもしかして、女性が好きだったり?」

「ち、違うの! あくまで憧れ!」

「へぇ……」

「あんな女性になりたいなって、そういう種類のやつだから!」

 言ってやりたい。

 橋苗さん、あいつ男ですよって。

 変態になりたいんですか? って。

 ヤバいな。

 俺は変態なのか。

 自分にダメージきたわ。

「あれ、大丈夫、王子様?」

 胸を抑えダメージに耐える俺に、橋苗さんが心配そうに声をかける。

「大丈夫じゃないけど、大丈夫」

「それ大丈夫じゃなくない?」

 そうこうしてるうちに、俺たちは2-B――我がクラスに到着したのだった。

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