第2話 配信

「は、配信? なんで俺がそんなこと……」

「気にならない? 女装した自分が、女としてどれくらいの位置にいるのか」

「いや、俺は男だし、女としてどうかなんて……」

「おねーちゃんはね、私は、元の呼び名がおにーちゃんだからそこまで変化させるのは躊躇うけど」

「けど?」

「どちらかというと、お姉様っていう雰囲気なの!」

「――俺が、お姉様だと!?」

「それがどういうことか分かるかな?」

「……お姉様、という属性に何か付加価値があるということか?」

「そ! お嬢様、ギャル、清楚系、ツンデレ、ヤンデレ、サバサバ系。系統は星の数ほどあるけれど」

「星の数ほどはないだろ」

「ともかく! どの系統にしろ、狙うべく視聴者層は偏りがちになる中、お姉様は万能型と言えるのよ」

「そうかなぁ?」

「例えば、ギャルが好き、清楚系が好き。これだけでも好き嫌いは分かれるし、また、双方の視聴者は、清楚系が嫌い、ギャルが嫌いにもなりえるんだよ」

「嫌いってのは極端だな」

「まぁ好みじゃない、って言い方が妥当かもね」

「なるほど、納得出来たかも」

「では、お姉様の魅力は何か分かる?」

「んー、甘えさせてくれる、みたいな?」

「大正解!」

「でも、それを望んでない人からすれば、ギャルや清楚系みたいに、好みじゃない、という結果に繋がるんじゃないか?」

「おねーちゃん、分かってないわね」

「おねーちゃん呼びが普通になってて辛いんだが……」

「そこはもう慣れてもらうしか。それより、ギャルや清楚系の根幹が何か分かる?」

「慣れねーけど……見た目か? あとは口調とか?」

「そこに尽きるよね。では、お姉様だとどう?」

「これも見た目や口調とかじゃねーの?」

「ノンノン。ずばり、全てを受け止める包容力よ!」

「見た目とかどうでもいいじゃねーか!」

「勿論、見た目ありきよ。そういう雰囲気を持ってるだけでも勘違いさせれるわ」

「その言い方だと騙してるみたいだな」

「キャラを演じるにはそう言った要素も必要だもの。そのキャラに、視聴者が何を望んでいるか、必要に応じてどういった言葉を紡げるのか、素で出来るならそれにこしたことはないけど、時には演じること、騙すことも要求される。当然のことよ」

「そんなものか。夢があるのかないのやら分からんな」

「誰だって少なからず、そういう面はあるものでしょ。本当は思ってもないのに口にすることはあるでしょ?」

「確かにな」

「キャラを演じる上では、それが顕著だってだけなんだよ」

「むぅ、分かりみが深い」

「で、お姉様が万能型って話に戻るけど」

「それこそ、前提を聞いた上だと万能型ってありえるのか? 好みから外れたら終わりじゃねーか」

「極端な話をすると、男性だととおねーちゃんの見た目で簡単に落とせるわ」

「好みによるとは思うがなー」

「取りこぼしが少ない、と言い換えた方がいいかな」

「好みが外れるのは仕方ないとして、その数を如何に抑えられるかってことか?」

「その理解で合ってるわ。趣味嗜好は人によって大きく異なるわけだしね」

「じゃあ問題は、女性ターゲットはどうかってことだな」

「うんうん。そこで効いてくるのが包容力なのよ!」

「いまいち分からん」

「女の子が同性に持つ感情の1位は何だと思う?」

「何だろ? ふわふわした可愛らしいイメージとしか……」

「ぶぶーっ! 不正解。ドロドロと陰湿な、嫉妬が堂々の1位だよ!」

「えー? それこそ人によるだろ?」

「私にだって少なからずそういう一面はあるし、女子トークの上辺はそりゃ和気藹々としたものが多いけど、大抵の場合、裏では何を考えてるか分からないものよ」

「そんなことを言えば男だってそうだろうが」

「男と女、というより、人間は元々そういうものだけど、性差によって大きく違うものがあるでしょ」

「性差? 体格が違うとかそういうの?」

「単純に、男は、力で解決するという選択肢が普通にあると思うの」

「まぁ誰もがそうじゃないとは思うけど、否定は出来ないな」

「女の子だってそういう子はいると思うけど、極めて少数よね」

「男は力ありきで物事を考えがちってことか?」

「正しくは、力で解決する手段も取れるってことかしら」

「確かに体育会系だとそういう奴は多いかもな」

「対して女の子は、力という選択肢がない分、言動に比重が偏るの」

「力という表現で合ってるか分からんが、男なら野球やサッカーが上手いだけでマウントを取れるけど、女子にはそういうのはあまりないもんな」

「うんうん。男なら、見た目、学力、力――これは今言ったスポーツなんかもそうだね、あとは言動や気遣いだったりで異性の気を惹くことが出来るけど、女の子にはどうしても力という欠点があるの」

「男からしたらそこが魅力とも言えるがな。庇護欲を駆り立てられるというか」

「異性に対してはそうだけど、それが同性に通用するかっていうとね」

「だから言動が重要になってくるのか」

「そう。感情を言葉に乗せて攻撃するの。言葉が武器であり、凶器であり、そして、狂気を孕んだものになる」

「ヒステリック的な?」

「あまり良い表現じゃないけど、そういうことね」

「なんとなくは分かったけど、それがお姉様に繋がる理由がさっぱりなんだが」

「要は、女の子は見た目とは裏腹にドロドロした生き物であるってことで、そんな子たちを味方につけるにはどうすればいいのかってことよ」

「どうするんだ?」

「簡潔に言えば、肯定してあげるのよ。敵に対しては嫉妬心の塊である女の子も、懐に入り込めばチョロいものよ」

「チョロいってお前……言い方」

「あくまで味方になればよ? 女の子を敵に回せば、それこそ男では歯が立たないんだから」

「そんな状況、想像したくないな」

「そうね、男と女では、物事の捉え方が根本的に違うんだから、戦う土俵にすら立てないかもね」

「それは言い過ぎだろ」

「うーん、例えばだけど、いじめってさ、男子の場合だと、口裏合わせとかありそうだけど」

「あんま良い例えじゃなさそうだが、それは女子でも同じだろ」

「分かってないなー。これが一番怖いことなんだけど、女の子はね、自分の都合の良いように事実を捏造するの」

「ひえっ……」

「それだけじゃないよ。当人は捏造したなんて思っていないの。事実じゃないのに、それを事実だと思い込み、真実にすり替えるの。本当にナチュラルにね」

「そんなことありえるのか?」

「そういう子は意外と多くてね、同性ながら引いたことは何度もあるよ」

「そんなのお姉様でも太刀打ち出来ないじゃねーか」

「いえ、お姉様だからこそ出来るのよ。そんな子たちには、肯定、が一番効くの」

「自分を認めてくれる存在ってことか?」

「そう。女の子はね、自分を認めてくれる存在を常に探し回っているの」

「独りが良いって子もいるだろうけど」

「そんな子は、男女に限らず、常に認めてくれる相手がいれば、嫌でも浮上していくわよ」

「生活環境や人間関係に追い詰められて、やむなくそうなったって奴もいそうだけど、そこから引き上げてくれる存在がいれば変わるか……」

「おねーちゃんが肯定してあげればイチコロよ!」

「いやー、そもそも俺に、そんな包容力とかないだろ? トーク力も自信ないぞ?」

「そこは私がフォローすれば大丈夫よ」

「そんなんで上手くいくかなぁ」

「異性は美貌で薙ぎ倒し、同性には嫉妬されず味方になる――最強お姉様のフォーマットを完成させてみせるわ!」


 そんなこんなで、葵は両親も説き伏せ、父親には配信環境を整えさせ、母親には美容面でのケアを申し付けた。

 そしてそれから、十ヶ月。

 俺、相楽悠こと――『さながら誘(ゆう)』は、動画配信者として、それなりの地位にのし上がったのだった。

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