お姉様は誰にでも優しい

めるしー

第1話 きっかけ


「うん、それじゃ、みんなまたねー」


 :お疲れ様

 :今宵も楽しかったでござる

 :ねーさんまたねー

 :おつおつ

 :お姉様ごきげんよう

 :今日も美しすぎた

 :ほんそれ

 ・

 ・

 ・


 俺は配信終了のアイコンを押し、伸ばしていた背筋を椅子の背もたれに深く預けた。

 ふうっと一息つくと、「お疲れ様、おねーちゃん!」と労いの声が聞こえた。

「さんきゅ」

 俺は妹の葵から手渡された淹れたてのコーヒーに口をつける。

 配信を初めてもうすぐ一年。

 だというのにいまだに慣れない。

 喉はカラカラで、脱力感が酷かった。

「順調に登録者数が伸びているし、約束の時まであと少しだね」

 感慨深げに葵が呟く。

 出来すぎな気もするが、登録者数はもうすぐ50万。

 葵と交わした約束が果たされる数に迫ろうとしていた。

「荒れるんだろうな」

 想像出来る未来に俺は顔を顰めた。

「そうかもしれないけど、案外……」

 ふふっと葵は目を細めた。

「なんだ?」

「私も、その時になってみないと分からないよ」

 思わせぶりなことを言いながら、葵は言葉を濁した。

 そもそも、俺が動画配信を始めたのは、去年の文化祭がきっかけだった。


「葵」

「なに、おにーちゃん?」

「うちのクラス、男装女装喫茶をやることになったんだが」

「え、まじ?」

「うん、大変遺憾ながらまじ。それで、女装って何を変えればいいんだ?」

「ん~」

 葵は人差し指を顎にあて、首を捻った。

「とりあえず、ウィッグをつけて、メイクもしてみる?」

「そこまでやらなくても……」

「まぁいいじゃん、私に見られるだけなら傷は浅いでしょ?」

「おい、傷は残るのかよ……」

 そして完成後。

「おにーちゃん、ヤババだよこれ」

「え、良い感じじゃないの?」

「それがヤバいんだよ」

「どういうことだ?」

「きっと変な性癖に目覚めた男子に告白されるよ」

「いやそれはないだろ」

「ううん、本気であると思います」

「まじか……」

「大まじ」

「じゃあ俺は裏方に回らせてもらうか」

「それはそれとしてなんだけど」

「なんだ?」

「おにーちゃん、いえ、おねーちゃん!」

「お、おねーちゃん……?」

「その姿で配信してみない??」

 瞳をキラッキラさせながら葵は言うのだった。

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