【ASMR】浮世童子の迷い家【二・三期生コラボ】前鬼

「…………」

「…………」


 屋敷の中で居間に通されたのはいいが、数十分はこの場に沈黙が続いていた。

 久しぶりに本来の姿で長時間いることで、口調は元に戻っているが、人前で話のが久しぶりすぎてどうしても言葉が出ないのだ。

 あと、大妖怪って呼ばれていたのに全く彼女が鬼と気づけなかったガバのせいで……恥ずかしくて口が開けない。


「粗茶ですが……どうぞ浮世鴉殿」

「あ、ありがとうなのじゃ……」


 とりあえずお茶を飲むのを機に、一度心を落ち着かせることにする。

 ……あ、美味しいこのお茶玉露じゃな。

 

「ありがとね甲山……そういえばですね盟友、今の口調が素ですか?」

「……ちょっと違うのう。儂はその時の姿に合わせて口調が変わるから、明確な自分の口調などはない。まあ、今のが本来の姿じゃから、素と言われれば素じゃな」

「あれ、それで気づいたんですがあのホラゲ配信の時って……実際にロリとかに?」

「そう……じゃなぁ、実際に童女になったり女性になったりって感じじゃな」


 頭の回転早すぎるじゃろこの妖怪。

 正直知られたくなかった秘密だったのに、なんでこんなあっさりとバレるんだ? あまりに綺麗に答えに辿り着いたせいで、すぐに肯定しちゃったよ。

 いや、そもそも妖怪ってなんでバレた? 一応外や人と会う時は人間に徹底して扮しているのに……いや、それでも陰陽師である蘆屋にはバレたんだけどさ、あれ以来より力入れてたのになんで?

 

「なんでバレたみたいな事考えてますよね?」

「主、もしかして三種類ぐらいの妖怪の力持っておらぬか? 覚とか混じってないよな?」

「いえ、単に私の特性みたいなものですね、完全には分かりませんが大体何を考えているか分かります」

「この時代にそれが出来るのは凄いのう先輩……で、聞きたいことがあるのじゃが、儂に何の用がある? 結界のようなものまで張って、この姿に戻したからには何かあるじゃろ。そしてなぜ儂が妖怪だと分かった」


 流石にここまで連れてきて、何もないですよー……なんて事はありえない。

 結界は単に隠すようなものだが、この山を儂がいる状態で隠すのは違和感あるし、きっと何か目的がある。それに年齢的にも現代で生まれた鬼が儂の正体に辿り着けるとは思えないし、わんちゃん敵。


「用……ですか? それなら最初に言った通りASMRの特訓ですよ。それ以外はちょっと話してみたいなと思ったぐらいで、話しやすいように姿を戻しただけです。流石に妖怪同士で話してる時に姿を偽る意味はないでしょうし……」

「え、それだけか? もっとこう、貴様の力を取り込んでやるー! とか、浮世鴉の首獲ったりー! ……とか、ぐへへ滅してやるぞ、これで名を上げるぞぐへへ……とか――監禁して見世物にしようぜ! 的な危ない思考は一切ないのか」


 他にもなんか色々何かされると考えてたのに、何なのじゃ普通に特訓するのか?

 本当にそれだけ? しかも姿に関しては善意しか感じないし……杞憂だった感じかこれ。 



「えっと、私そんなことしませんよ。そもそも憧れている浮世鴉様を害する気とかないですし……え、というかそんなイメージあります? 私」

「お嬢様、失礼ながら……ボク的にも、浮世鴉殿を監禁して永久に一緒にいよう的な事を考えていると思っていました……というかボクの記憶があの莫迦の血族ならやるでしょと言っています」

「あれれ、おかしいですね。侍女に裏切られたんですけど……それに甲山? 私の先祖の事馬鹿っていいました? いいましたよね。それに貴方は嬉々として浮世鴉様を招くの賛成してたじゃないですか!」

「気のせいですよ? ボケました?」


 急に毒を吐き、何故か儂よりの意見になっている稗田さんに軽く疑問符を浮かべながら、今この漫才のようなやり取りの中にあった聞き捨てならない言葉の数々に儂の頭は大混乱。


「……待っとくれ、三つほど聞きたいことがあるのじゃ」

「構いませんよ、なんでも聞いてください」

「えっと先祖って阿久良の事か?」

「はい、阿久良王ですね」


 ……そういわれて改めて彼女を見れば、どことなく面影あるというかあいつの姿にそっくりだ。

 綺麗な白銀の角に、三又に分かれた金の狐の尾。どんな場所にも馴染めそうな圧倒的な雰囲気。妖怪に戻ったことで、妖しさが増し小柄なのに色気を感じさせるような容姿。

 どれに注目しても、あの莫迦……阿久良王を想起させるその姿。

 今の先祖って言葉はこれを見るかぎり信じることしかできない。


「二つ目なのじゃが、稗田さんも普通の人間ではないよな」

「はいそうですね、……彼女は代々私の家に仕えていた稗田の記憶を全部受け継いでいる特殊な人間でして、その記憶のおかげかこの妖霊地でも難なく過ごせるのですよ」

「……三つ目、儂の正体に気付けたのは?」


 最後の質問。

 正直これが一番気になるし、今後ばれないようにするためにも聞いておかなければならない。

 今後、それを対策すれば陰陽師などにばれる心配がなくなるだろうからだ。


「えっとぉ……それは、ですね。単に私の家には貴方の名前と今の姿が残っていましたし、妖怪専用の掲示板で古参妖怪の方々が浮世鴉がVtuberになったと騒がれていましたし――何より、配信時の姿がアレンジされてるとはいえ、絵そのままだったので……今の時代で貴方を知ってるのは余程長く生きた妖怪か、本物ぐらい……と思って会ってみたら案の定って感じです」

「えぇ……それ儂のガバじゃん」


 というか何? 

 妖怪専用の掲示板とかあるの? 馴染みすぎじゃないか?

 それに儂の名が消えたのって江戸時代ぐらいじゃし、それ以前に知ってるやつとか絶対知り合いか一度戦ったことがあるやつだろ。え、それだと儂がただの阿保じゃない? めっちゃ儂残ってるよー! って叫ぶ感じのやばい妖怪じゃん。

 そもそも、妖怪の掲示板に儂招かれておらぬぞ? なんなのじゃ……はぶられてるとかだったら泣くぞ儂。

 ともかく理由は分かったし、ばれた理由も理解できた。だけど、新たに知った事が余計な頭痛を与えてくる。今度教えてもらえないかとりあえず聞くとして、いや違うのじゃ。


「……とりあえず悪意はなさそうじゃし、もう聞くことは無いのじゃが……今から特訓する感じか?」

「ですね、時間もないですし私の知識を叩き込むつもりです。阿久良王様の記述通りなら出来ると思うのですが、無理そうだったら言ってください」

「まあそこらへんは大丈夫じゃな……そしてこれは質問というより最後に確認なのじゃが、あの莫迦は……阿久良は、なんか儂に言葉とか残してないか?」


 こいつが阿久良の子孫であるのは確定として、そういう事ならこれを聞いておかなければいけない。

 親友、もしも自分の子孫とか子供に会ったのなら、伝言残しておくんで聞いてくださいと……死ぬ間近にあいつがいってたし、何か残してるだろう。


「言葉ですか……ありましたっけ? そういえば、なにか子供の時に教えられたような気が…………なんでしたっけ甲山? あ、確か「棚のお菓子は食べないで」……だったようなぁ」


 だけど、彼女は伝えられているようだが、覚えていないようですぐに首を傾げてしまった。

 それでも精一杯そんな事を伝えてきてくれたが、それだけはないと思える言葉で……いつもの配信内の天然部分が出てきたような感じだ。


「「隠れん坊はまだ続いてますよ」ですよお嬢様。そして今の言葉はよくつまみ食いをしていたあなたに向けた貴方のお母様の言葉です」

「……そうでした。浮世鴉様にあったら伝えて欲しいと代々残されてるんですよね。隠れん坊って阿久良王様と遊んでたりしたんですか浮世鴉様?」


 子孫ではない稗田さんに言葉を伝えられたが、その言葉の意味はいまいち分からない。

 昔やった地獄みたいな隠れん坊は、頑張って五年ぐらいかけて終わらせたことだけは覚えているし……でもあいつの事だから何か隠してるんだろう。


「……まあ、それだけ聞ければいいのじゃ。ではさっそく特訓でもするかのう。精々儂に叩き込んでみせるのじゃよ、阿久良の子孫よ」

「そういうからにはかなりスパルタに行きますからね、大妖怪といえど音を上げさせるつもりでやらせてもらいます」

「望むところじゃ、視聴者達に届ける以上――下手な物などやるわけにはいかないからのう……稗田よ、なぜ急に絵を描きだした?」

「え、ボクの事は気にせず続けてください。できれば空気とでも思っていただければ」


 格好つけてそう言ったが、何故かその瞬間スケッチブックを取り出した彼女にツッコンだ事で締まらなかったが、これからの特訓を頑張らせていただくのじゃ。


……

…………

――――――

――――――――


『久しぶりじゃ……老いたのう、阿久良』


 月明かりに照らされながらも綺麗に目立つ赤や黄に彩られた秋の山。

 そんな場所で、儂は数十年ぶりに会う悪友に声をかけた。

 それに対して、湖の近くにいるそいつは妖酒を嗜みながら言葉を返す訳でもなく、老いを感じさせぬ綺麗な笑顔を浮かべてくる。

 かつてあれほどまでに纏っていた覇気は感じず、尾も色あせたこの男。

 だけど、こいつは変わってなくて……どうにも死ぬ気配を感じれない。


『その様子じゃとあまり変わっておらぬな。その笑み何かいいことでもあったか?』

『いいことだらけですよ親友、最期に貴方に会えたんですから』

『最期の時ぐらい家族と過ごせばいいというのに、なぜ儂なんかを呼んだんじゃ……まあ、それはよい。それで儂に何をさせたい? 悪友の頼みぐらいは聞いてやるぞ』

『なんでもいいですか?』

『よいぞ、流石に長く生きたいという願いは叶えられぬが、儂に出来る事なら何でも言うがよい』

『ははっ天下の浮世鴉になんでもですか……そんな贅沢、死にかけの老人には勿体ないですよ』


 冗談っぽく、昔と変わらず茶化すようにそう笑い――そして「乾杯しましょう?」と言いながら、盃に酒を注いで手渡してくる。


『ぬかせ、勿体ないなんて事はないぞ、むしろそれでは足りぬぐらいじゃ。貴様という大妖怪の最期を看取れるなど日本広しと言えど、儂ぐらいじゃろう』

『そう……ですか、なら最後はいつものように――遊びましょうよ親友。私は妖怪らしく、何より鬼の大将らしく最後は戦って死にたい』


 もう動くのも辛いはずの体で立ち上がり、もう一回笑いかけてくる莫迦な友。

 それに答えない訳はいかないので、儂は酒を飲み干してから立ち上がった。



『そうか。ならゆくぞ……阿久良王。気を抜けば楽しむ間もなく死ぬと思え、言い訳はさせぬからな』

『御冗談を、寧ろ死なないでくださいよ親友。こんな老いぼれに負ければ恥です』

『ははっよく吠えるのう、ではな』

『はい、最後の遊びを始めましょう』

 

 本当に最後であろう力で、全盛期の姿に戻った阿久良王。

 いつまで持つか分からないが、きっとこの姿から戻った時が彼の最期。

 だから制限時間はそれまでか、死ぬまでで……いやそれを考える必要はないか。


『さぁ親友笑いましょう!』

『死合うぞ、儂の古き友よ』


 そして湖を背に笑いかけた儂は、彼の最後を彩る為に今宵は命を懸けることにした。


―――――――― 

――――――

……… 

……


 そんな古い夢を見て、目が覚めたら次の日……金曜日の午後七時だった。

 昨日のASMR特訓それは日が昇るまで続き、阿保かと言いたいほどのスパルタ教育を終えたのはいいが、昨日の出来事は多分数百年は忘れないだろう。

 寝る直前まで鬼怖いと思う経験とかきっとこの先はないだろうし、何より自分が鬼だったと思うレベルに台本を詠み込んだせいで、儂はなんだ? 儂は誰だ? みたいにどっかのモンスターのようになってしまった……あんな風に何度も台本を読むというのは懐かしかったが、しばらくはごめんなのじゃ。


 配信開始はこれから四時間後の十一時。

 それまでに最後の確認をする感じになるのだが、ひとまず今は何故か用意されていた晩飯でも食べて一休みでもするかのう。


「準備は出来た。コンディションはばっちりじゃし、出す音も暗記済み……恐れることは何もなく、儂は今から鬼となる」


 自己暗示するかのようにそう唱えてから、儂の要素を残したまま姿を阿久良王に近づける。

 四枚あった羽は消え、代わりに生えるは五つの白い狐の尾。

 純白の角を携えて、これから戦に臨むとしよう。


「今の儂の名は……そうじゃな、あの名を借りるか……浮世童子――そうしよう」


 口調は吾でいこうとそう決めて、この屋敷にある配信部屋に向かうことにした。


「浮世鴉殿……あのその姿は?」

「あぁこれか? ここなら偽る必要ないし、配信に合わせて姿を変えた感じだな。よいだろう、この姿は?」

「最高ですね、写真に保存してもいいですか? あとボクがお嬢様に着せたかった服がいくつかあるので、それを着てもらってもいいですか? いいですね」

「お前様、キャラ崩壊しまくってるぞ? 吾的には結構衝撃なのだが」

「こっちがボクの素です、気にしないでください。それと最後に伝言なのですが、最後の仕上げをするので気を抜かないでくださいね……らしいです」

「了解したぞ、では行ってくるからな甲山」


 この姿だと慣れ慣れしくなる……覚えておくか。

 とりあえず台本をもとに今の吾を作ったが、まあ違和感はなし。


「配信まで残り二時間、クハハッ椛に会いにいくとするか!」


[ついにこの時が……]

[今日まで仕事頑張ったぞ]

[前回のから五万ぐらいのヘッドフォンに変えたわ]

[ゆくぞ性癖コンビ、声の貯蔵は十分か]

[もう私は自分を押さえられる気がしない]

[始まるぞー!٩(ˊᗜˋ*)و]

[50000円:既にサムネがやばすぎる]

[開幕赤スパは草]

[二人の声を同時に聞けるとか、死ぬな私]

[雪椿:息子のASMRが聞けると知って、全部の作業終わらせてきたよ]

[妖描鬼:お嬢頑張ってください、ゆっきーの子に負けないように]

[50000円:本当になまだ始まってないんだぞ投げるには早いだろ]

[ようかき先生じゃん、久しぶり]

[これは、まさかの二人だ]

[50000円:オマエモナー]

[ショタの人とロリの人だ]

[一つの分野の伝道師が揃ってしまったな、これは戦争が起こる]

[シチュボなのか]

[というか概要欄見たけど生で撮るのか]

[やば]

[楽しみだね]


 初めて見るレベルの人の集まり方。

 それがASMRの配信ってことも驚きだが、あまりのコメントの多さにラグっているのも衝撃だ。

 しかも、儂の配信ではまだ見ることのできないスパチャの嵐。既に赤い文字が何個も流れていて、金銭感覚がバグってしまいそうだ。もしやここはリアル梨鉄か? 

 そう思いながらも吾はこの状況に動じず挨拶するまで台本を詠み込んでいる椛に視線を送る。

 彼女から感じるのは、圧倒的な熱意。

 それに当てられたせいか、最初の驚きはすぐに消えてくれた。

 台本通りにやるならばはじめは吾からで……それに合わせるように姉様が入ってくれるようだ。

 タイミングなどは合わせる必要はなく、ただ練習通りにやればきっと楽しませることが出来るはずだ……。


 

 ――――さぁ、始めるか。


「姉様……姉様よ。人間様が起きたようだぞ?」 

「ん……そうだなぁ……弟よ、この人間の為に水でも持ってきてくれぬか?」 


 ずっと起きるのを心待ちにしていた人間が目を覚ましたことで、吾はそれを嬉々として姉へと告げることにしたのだが……。

 それに対して姉様は、誰よりも興味を持っているはずなのに、少し素っ気ない態度でそんな事を頼んできてたのだ――姉様の気質的にそれは仕方ないが、こういう時はもうちょっと素を出してほしいとそんな事を思いながら吾は頼まれた通りに水を取りに行く。


 配信では演技などと違って、音のみで伝えないといけないのでここで儂は少し歩くような音を出しながら近くにあった水をASMR用のマイクの傍で注いでいく。


「さて人の子よ、主は今どうしてここに居るのか……と混乱しているようじゃな」


 水を注ぎ人間にそれを置いたことを表現する為に、ことッという音を意識してだしながら次のセリフを待つ事にする。

 待ちながら彼女の変わった気配に感心するも、今は気を抜いてられないのですぐにその思考を追いやった。


「まあ無理もないだろう、目覚めたら二匹の鬼が目の前にいるのだから……な」


 揶揄うように笑いながら、姉様は人間様に視線を合わせて少し声を漏らした。

 値踏みするように体を観察するその様は、獲物を品定めする様な感覚を覚えさせ、混乱する人間により恐怖を与えてしまう。


「姉様よ、あまり人間様を揶揄うでない。怖がらせる意味はないであろう?」

「冗談……冗談だからそう怒るな、ちょっとした姉の悪戯だろうに」


 長々と話を続ける姉様を咎めながら、吾は人間様の不安を無くすために優しく声をかけることにした。


「吾の姉様がすまないな……とりあえず、混乱してるだろうが、ここは安全だから少し話を聞いてくれるか?」


 落ち着かせるためにワザと優しくゆっくりとした声を出して、少し間を開けてから言葉を続けていく。


「頷いた……という事はよいのだな。とりあえずここは迷い家、寝ている人間様が迷い込んでしまうちょっとした休憩所のような場所だ」


 囁くようにゆっくりと……マイクの傍でこの場所の事を視聴者へと告げていった。

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