鬼屋敷IN浮世鴉

「ではそのためにも今日から特訓ですね、この後時間ありますか? 忙しくなければ私の家に招待しようと思っていたのですが……」


 その言葉にいいですよと反射的に答えてから約三十分後の午後18時。

 先輩である早良理沙さんと、稗田甲山さんに連れられるまま秋葉原の三番ホームから電車に乗った俺は、なんでこうなったんだろうと切実に思いながらも東京駅にやってきていた。

 着物が似合う美人な女性である先輩は、何故か誰にも気にされる様子はない。まあ途中で綺麗な洋服ですねと変なナンパにあったりしたが、それ以外は誰も先輩の格好に違和感を持ってない様子だったのだ。

 そうか、あまりにも似合ってるから感覚が麻痺するんだな……と、疲れすぎて意味わからない思考になっているが、これは許されるだろう。


「そういえば先輩の家って何処ですかね、結構遠いってことは分かるんですが」

 

 最初は流されたままだったが、流石に目的地を知らないままでいるのは駄目な気がしたので、東京駅に着いた時にどこに行くかを着てみたら、こんな言葉が返ってきた。


「目的地ですか? それなら……瑜伽山ゆがさんの蓮台寺ですね」

「……瑜伽山って岡山にありますよね先輩」


 俺の記憶が確かなら、瑜伽山は岡山県の倉敷市にあったはずだ。

 電車で行くとなると十時間はかかるだろうし、正気なのだろうかこの先輩は? 家に誘うという事は、霞の時みたいに近いパターンを想定していたのに、流石に岡山県は予想外。


「そうですね」

「あの……今から行くんですか?」

「はい、正確に言えば今から私の家がある蓮台寺の近くに向かいます」

 

 断る気はないが、流石に冗談な気がしたのでそう聞いたが、彼女の声はいたって真剣で冗談の気配は一切感じない。


「……なにで?」

「新幹線ですね。あ、すみませんこれを渡し忘れてました」

 

 移動手段を聞いてみれば簡単に新幹線と告げられて、一緒に指定席特急券を手渡してきた。

 何だこれは? と一瞬思考を止めながらそれを見てみれば……書かれていたのは東京・18:09発→岡山・21:23着という文字。

 これはつまりあれか? 今日の打ち合わせの後俺の事を家に誘うつもりだったのか? これもしかしてやばい?

 ……もしかして、蘆屋と同じで陰陽師なのかこの先輩は……滅っされるのこれ? 儂の存在ごと消されるパターン? 鴉がホイホイ罠にかかった感じか?


「えっと……マジですか?」

「大マジですね」

 

 ここまでの流れは冗談なのか? そんな希望を込めてそう聞けば、視線を俺に合わせながらそんな言葉を無慈悲に俺に突きつけてきた。


 ……拝啓、きっと今頃家でアイスを食べているであろう雫へ。

 お前の神社の神は、今日は帰ることは出来ません。

 追記:食事当番サボるわすまん。


 そんな手紙なのかメールなのか分からない文章が、その言葉の後で湧いて出てきたので雫にこの文章送るかーとそんな風に現実逃避をし、乗車券用意してもらったしもうなんか楽しもうという思考まで落ちていった。 


「あー死ぬぅ、儂あれじゃん……そういえば新幹線ダメじゃん」


 岡山に着いた頃、乗り物酔いしてしまった儂はベンチで休ませてもらっていた

 基本空飛んで移動している儂は、短い時間なら大丈夫だが新幹線のような長い間拘束される乗り物に乗るとかなり酔ってしまうのだ。

 ぐったりとする俺を心配そうに見てくる先輩、そんな彼女からは根っからの善人オーラを感じることが出来るが、元凶は先輩じゃんという思考になるほどに酔いにやられてしまっていた。

 その酔いは本当に酷く、何故か人間の筈の彼女の姿がぶれてしまうほどに酷かった。なんでだろうな、すっごく清楚なはずの彼女が、今は鬼に見える。いや、配信では鬼なんだけど……あぁなんかよくわからなくなってきた。

 そういえば、昔の知り合いにいつも唐突に無茶振りしてくる鬼がいたなぁ……先輩と違って男だったけど、一見するとかなり女性っぽかったし、容姿的にも似てるから意外と共通点あるかもしれない。

 体調を崩しているせいか、昔の事を思い出した俺の頭にはその鬼がやった数多くの悪行が浮かんできていた。

 ――人間と遊びたいです! とか言ったかと思ったら、俺の首根っこを掴んでいくつかの村に突撃したり。

 ――○○って美味しいらしいんですよね、とか急に呟いたかと思えば……一緒に食べたいです浮世鴉! と言い見つけるまで拘束してきたり。

 ――人間と戦ってみたいんですが、手伝ってくれませんか親友とか言って、神に協力させて自由の限りを尽くしてその尻拭いを俺にさせたり――さらには、なんとなくですが種族変えますね、隠れん坊しましょうよ! とか言い出して七十五匹の白狐になったり…………挙句の果てに人間と結婚します! と言いだして、俺の住処に突撃してきて秋の山で芸をさせたりしてきた元人間のあの妖怪。


「いや、先輩はここまでじゃないか……流石に失礼だわ」


 先輩と甲山さんが飲み物を買ってきてくれている間、悪友との記憶を思い出していたが、流石に一緒にするのは違うなと思いそんな一言を口に出した。

 確かに先輩は急に岡山に連れてくるような人だけど、あの莫迦と一緒にするのは違うだろ。


「紡さん、もう体調は大丈夫ですか? これ酔い止めです」

「浮世鴉殿、お茶ですどうぞ」


 そうやって少し過去の苦いといより、もう会えない奴の事を思い出しているとお茶と酔い止めを買ってきた二人が戻ってきた。それを受け取った俺は、すぐにそれを飲むようにして、まだまだ長い電車旅に備えることに……。


「そういえば先輩、先輩の名前って自分で決めたんですよね。何か由来とかありますか?」

「あ、ありますよ聞きますか?」

 

 瑜伽山へと向かう為に岡山から出ている電車に乗って児島に向かっている途中で俺はそんな事を聞いてみた。

 こないだ知ったのだが妖ぷろのライバーには用意される名前はあるが、演者が別の名前を提案してもいいらしくて、社さん曰く理沙先輩は自分で名前を持ってきた人らしいのだ。

 あの台本を作るぐらいだし、阿久良椛という名前にも意味がある様な気がしたから聞いてみたのだが、やっぱり何か由来があったらしい。


「是非聞きたいです」

「阿久良の姓に関しては、阿久良王という大好きな鬼の妖怪からとった大事な物でして、椛……は、昔から何故か記憶に残っていたからですかね。子供の頃からあの花の事が気になって、自分で育てる程に好きになってしまった物で、その二つを混ぜた感じなんです」

「阿久良王……ですか? 自分もあの莫――妖怪は好きですよ」

「本当ですか!」


 あの莫迦……と言いそうになってしまったが、今の好きという言葉は俺の本心だ。

 なんだかんだ長い間一緒に過ごしたあいつの事は気に入っているし、何より退屈じゃなかったからだ。


「はい、悪行の限りを尽くしたって書かれている文献もありますが、俺の家にあの阿保――阿久良王は、自由気ままに生きた悦を貪る妖怪だという記述がありまして、それに書かれているその生き様が面白くて気に入っているんですよね」


 癖で阿保と言いそうになってしまったが、なんとか堪えながら俺は自分で書いたあいつの本の事を少し話題に出した。あいつは楽しみたいからって理由で何もやっていないのに悪役を演じる事が多く、そのせいで今残っている話は大体負の感情を抱くものばかりになっているが、本当のあいつを知っていた俺はせめて俺ぐらいはあいつの本来の姿を残しておこうと、あいつの記録を家に置いてあるのだ。

 一応あいつにも渡した覚えはあるが、その時は恥ずかしいからやめてくださいよって珍しくキレられたなぁ……そんな感傷に浸りながら、先輩にはいつかそれを見せてもいいかもしれないという事を、ちょっと楽しみにしながら考える。


「阿久良王の事、本当にお好きなんですね紡さんは……あ、そうだ。私も糀さんみたいに盟友って呼んでもいいですか? あの梨鉄配信での二人の雰囲気が好きで、自分も呼ばれてみたいなと思っていたんですよね」

「全然いいですよ先輩、自由に呼んでください」

「なら盟友! ……ふふ、なんかいいですね」

「よかったですねお嬢様、雪さん以外での初めての友達ですよ」

「あのー、甲山? その言い方だと私とあなたは友達じゃないってなるんですけど……私達幼馴染ですよね? あと私流石にもうちょっと友達いますからね、ほらあの……ウチの家の近くの狐さん達とか」

「ボクは侍女なので……それと、墓穴掘ってますよお嬢様」


 電車の中で漫才のようなやり取りをする二人を見ながら、最初合った時の違和感が消えてて自然に話せていたことに気づき、何よりあの莫迦を好きって言ってくれたこのヒトとこうやって一緒に入れてよかったなとそう思うことが出来た。


「すいませんお嬢様そして浮世鴉殿、タクシーの予約をしますのでしばらく黙ります」

「あ、お願いね甲山私スマホ使うの苦手だからやってくれるのはありがたいわ」

「ありがとうございます稗田さん……それと自分は夜神楽か紡でいいですよ?」

「いえ、そんなの恐れ多いので出来ません、ボクを殺す気ですか? ……失礼しましたなんでもありません」


 なんかちょっと俺に対する反応が変な稗田さんを見ながら、もしかして結構配信を気に入ってくれてるんかな? という思考に落ち着いた俺は、特に気にしないことにして残り少しの乗車時間を楽しむことにした。



                   ◇◇◇


「紡さん、長い間お疲れさまでした。到着です」


 電車から降りた後、蓮台寺の近くの山までタクシーで送られて降りた直後に先輩が労いの言葉をかけてきた。それに軽く頷いてから、タクシーの中で伝えられた家は山頂付近にあるとい言葉を思い出して、もうひと頑張りしなければと意気込むことにした。


 そして山に登って十分後

 そういえば、この山……なんでか分からないが、自然と力が湧いてくるぞ? なんというか、近くにいるだけなのに普段より動きやすい気がするし……それが妙に気になって、一部変化を解除して辺りを探ってみればここは現代では珍しい妖力がかなり溢れている場所になっているという事を知れた。

 でも、なんでだ? 普通こういう場所は人間には毒だから、住めるはずなんてないだろうに……でも山の頂上付近に馬鹿みたいに巨大な屋敷が経っていることから住んでるのは間違いないっぽいし――――。

 というか、なんだあの屋敷……デカ過ぎんだろ、何円ぐらいかかってるんだ? というか、着物を見た時と侍女がいる時に少し思ったが、先輩ってマジのお嬢様か。


「先輩、息苦しいとかないんですか?」

「え? そんなのないですよ、むしろこの近くの方が私的には過ごしやすいです」

「そうですか……ならいいんですが」


 うーん、おかしいな。

 山の中を先導してくれる稗田さんも元気そうだし、俺の知識が間違っていたのか? 

 ちょっとそんな事にもやもやしながら歩き続けると、ふいに山の中から視線を感じたのだ。それが気になって足を止めてみてみれば、山の中にはこの暗闇の中でも見つけることが出来る程に綺麗な白い毛並みの狐たちが俺の事を見ていた。

 ……この山のせいで感覚が鋭くなっているのはあるが、流石にここまで露骨な視線だと気になりもする。

 というか、岡山にこんな狐がいた覚えないんだが、なんか最近で生態系でも変わったのか? あまりの多さにそう思ってしまったが、よく観察してみればその狐達は全部妖狐で明らかにおかしかった。


 進むたびに増える狐。

 なのに、それに気づいるのかいないのか一切気にしていない素振りで進む女性二人。

 それに最初思っていた滅されるという言葉が再び出てきたが、この状況だと何かが違う。

 山の頂上が近づいてくることで薄くなっていく空気、それを感じながらも増える視線に落ち着けないでいると、山頂にいつの間にかついたのか途中に見えた豪華すぎる屋敷がそこにはあった。 



「あ、着きましたね山頂です――稗田、山を閉じて大丈夫ですよ」

「はい、お嬢様。責任もって閉じさせてもらいます」

「え、先輩方? 閉じるって何――」


 何をですか? 

 そう言葉を続けようとしたのだが、その言葉はあまりにも予想外な出来事のせいで遮られた。何かが山を包み込んだのだ。夜の帳が降りるように、何か薄い膜のような物が山を囲みだしてより一層この場所に妖気がたまるようになった。

 それにより、回復されたかのような急に力が溢れすぎる感覚に俺は襲われ――気づけば、なんか元の妖怪姿に戻っていた。


「――えっちょ、のじゃ!?」


 力が戻りすぎたせいで妖怪の姿が出てくるという経験したことのない状況に、混乱することしか儂は出来なくなる。最近では配信で使っているから戻ることが多くなったこの姿だが、強制的に変えられると驚くことしかできない。

 

「え……あれじゃ、先輩方これは手じなぁ!?」


 流石に無理があると思った言い訳をしてしまったが、それ以上の事が目の前で起こっていた。

 あれなのだ。なんか先輩に見慣れない角と、狐の尻尾のような物が生えていたのだ。何を言っているか分からないのじゃが、それを言っている儂が一番分からない。


「先輩? あれ、人間じゃ……」

「え、私は人間じゃありませんよ。えっと気づいてなかったんですか?」


 いや気づけるわけないだろ、だってそんな要素一切なかったじゃん……いや待ってくれよ、そういえば先輩が着物なのに、誰も気にしなかったのってもしかして、別の服装に見せてたのか? 

 それだったらあの着物を着ていたはずなのに、洋服を褒めた謎の男の反応も納得できる?


「気づいてなかったのなら改めて、鬼と狐の半妖……早良理沙です。これからよろしくお願いしますね、大妖怪浮世鴉様」

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