【ASMR】浮世童子の迷い家【二・三期生コラボ】後鬼


 今回吾が演じるのは、迷い家に身を置く鬼の義弟。


 今回の視聴者様方の設定は吾の視聴者ネームであるマヨイビトを元に考えて作られた物で、これならばきっと違和感なく聞く事が出来るだろうという先輩の好意から出来たものだ。

 吾と演じる為に作られた台本は数千文字はあったが、もう暗記していて間違える事はない。


 ただまだ慣れてないこともあってマイクの使い方の知識が足りないが、そこは関しては今の役を演じながら椛先輩の技術を真似れば形にはなるだろう。


「人の子よ、その顔は訳が分からない……とそんな感じだな、だが安心しろ妾が説明してやるのだ!」 

「寝起きの人間様にはそのてんしょん? は酷だぞ姉様。興奮するのは分かるが、落ち着いた方がよい」

「むー、弟よ。さっきから落ち着け落ち着けと、最愛の姉にそれは酷いではないか」


 久しぶりの迷い人に興奮する姉様、その気持ちは理解出来るが焦ってしまっても意味が無いので、まずは彼女を落ち着かせる。だけど、今の姉様は落ち着けないようで、呆れからか吾は溜息を溢してしまった。


 不機嫌な様子を表すために、駄々を込めるような地団駄を踏む先輩の姿を確認してから……十分な間を開けてからの溜息。そして、実際に火をおこしてると思わせるように石を叩く音を入れ、その後ぱちぱとと燃える炎のBGMを流し始める。


「ん? どうした吾らの顔を見て目をぱちくりとさせているが? …………なに? あぁ、鬼というのは冗談だと思っていただと。ふっクハハ、すまないな。吾ら鬼は夜目が利くから忘れておった。そうだそうだ人間様は暗闇の中では顔を判別できぬのか」


 どうやら、吾も迷い人が来たことが嬉しくて少し抜けてしまっていたらしい。

 それがちょっと恥ずかしくて、頬をかりかりと掻いてしまう。これでは姉様の事を笑えない、そう思いながらも、


「では改めて、吾は浮世という名の鬼じゃ……で、そこの姉様の名は椛だな」

「むぅ? 扱いが雑ではないか……愛しい姉だぞ? もっと労れ」

「はいはい……とりあえずだ。人間何か聞きたいことがあるというなら何でも聞くがよい。吾らにとってお前様は客人、大体の質問には答えてやろう……ん、帰り方? それに関しては簡単だぞ、お前様が目覚めれば夢であるこの迷い家からは帰れる」


 台詞の感覚を意識しながらの説明。

 次にやることは少し時間があるので、このタイミングで視聴者であるマヨイビトと鬼の餌の方達の反応を見てみれば、コメントが少ないが……それは正直想定通り。


 完全にこの世界に没頭させるほどに、どこまでもどこまでも練られた台本。


 実際に隣にいるように感じさせるための近い吐息、台詞同士の間、聞いている者の集中が切れそうになる大体のタイミングに合わせての囁き声、その場に最適なBGM。自分が楽しみ、聞く人を飽きさせない為に研究されたこれはコメントの隙を作らない。


「大体そんな感じだ人の子よ……だからそう汝が起きるまで、妾ら鬼の姉弟が貴様を持て成してやろう」


 傲慢不遜に姉らしく、待ちに待った客人にそう告げる彼女。

 そんな姉の為に吾は立ち上がって、出来る限りの持て成しをする為に別室にある道具を取りに行く。

 立ち上がると畳敷きの床から音が鳴り、暫く続くのは吾の足音。

 トタトタという軽い音を響かせながら吾は人間様から遠ざかる。その後で別室に入るために襖を開ければその特有の擦れる音が屋敷に静かに響いた。


 今いるこの屋敷には、使う予定の三つの部屋の至る所にマイクを仕掛けてある。

 移動の音すらリアルにするための椛先輩の拘りらしいのだが、その拘りのために使われるのは高価な機材なので、近くを通ったりする時は細心の注意を払わなければいけないから、正直移動の時は落ち着けない。

 だって壊したらやばいし…………。


 いつ客人が来ても良いように、別室に用意されている梵天付きの耳掻きや綿棒などの道具。その他洗髪剤や酒などの水物。それを全部抱えるように持ってから、吾はゆっくりと姉様達が待つ部屋に戻ることにした。


「んっ……難しいな……つっぅ……どうしよう転んでしまったのだ。姉様助けてくれぬか?」

「まったく仕方ない弟だ。ちょいと待てすぐ妾がいくぞ……ぬ?」


 両手が塞がっているから足で襖を開けようとしたのだが、開けた瞬間にバランスを崩して、部屋に道具や水物の音が響き渡る。

 それを見られた事が恥ずかしく、声がちょっと高くなってしまい……それが余計に吾の顔を赤くした。


 何度も何度も練習させられた道具の落とし方。

 どんな風に落とせば何処に行くかは、もう大体コントロールできるようになったし、音に関してはそれを拾うために音量を調節されたマイクの側でやるから邪魔な音にはならないだろ。


「……ん、なんだお前様? ……拾うのを手伝って、くれる? クハハッ、優しいなぁ人間様」


 一個ずつ人間様と一緒に道具を拾っていくと、炎の音しかしないこの部屋に静かな水音と道具を拾う音が響く。


「…………っと、拾えたな。すまないな汝を癒やすために用意した道具を癒やしたいお前様に拾わせるなど、この屋敷の主失格だ」


 声を落として自嘲気味にそう言って、こっちの感情を視聴者に伝える事を意識する。

 自分を責めているような雰囲気を出し、その後の状況に少しの違和感も感じさせないようにする。


「まあ浮世よ、この人間は気にしなくてもいいと言っとるしそこまで責めるな、どうせすぐにそんな事を気にしなくなる」

「そうだが……まぁそうだな姉様、とりあえず今は人間様を持て成そう――先に吾から耳掻きをするが、頭を預けてはくれぬか?」


 メインで使っているダミーヘッドマイクを正座した自分の膝に乗せ、実際に耳掻きをしているように昨日のスパルタ訓練を思い出しながら、労るように続けていく。

 その間は、椛先輩も配信をヘッドフォンで聴いているようでその様子は吾の審査をしているようだ。

 カリカリ……という削るような優しい音。  

 

 吾の膝の上で休む人間様、それを見て抑えられない欲が沸いて出てきてしまうが……それを空いている方の手で足を抓ることで自重する。


「くふふ、良い表情だな……そんなに気持ちよいか? よいよい、目が覚めても忘れないような持て成しをしてやろう」 

「………………そろそろ変われ浮世、妾は暇だぞ!」 


 待ちきれず暇を訴えて声を上げる姉様。 

 最初の頃は、面倒くさくて何もしなかった姉様の成長……それが面白くて、小さくくつくつと笑いが漏れてしまう。 

 その後は、持ってきた耳掻きの梵天部分を使ったり、耳掻きが終わった瞬間に待ちきれなくなった姉様が強引に人間様を引き寄せる音などを入れたりと、実際にこの場に自分がいるような感覚を音を使って頭に刻み込ませる。

 この場が帰る場所だと錯覚させるように脳に刻み込んで、この迷い家こそが帰る場所だと催眠をかけるように囁き続ける。


「眠そうだが、大丈夫か? ……くはっ、余程気持ちよかったと見える」


 姉様の膝に頭を預けて、寝ぼけたようにうつらうつらとした様子の人間様。

 それを見て、そろそろだと……待ちに待った時が来てくれて、


「姉様、人間様を預けてくれ――あと果物を頼めるか?」


 少し急かすような言い方で最愛の姉に、この屋敷の庭で採れる果物達を取ってきて貰うことにした。


「なあ人間様、少し吾らの身の上話を聞いてくれぬか?」


 返答を待たぬまま、眠くなるような優しい声で吾は姉と自分の話を続けていく。


「吾ら姉弟はな、この屋敷から出ることが出来ぬのだ。気付いたらここにいて、呪われているのか敷地内から出ようとすれば痛みを感じてしまう。何かを育てることは出来るから自給自足は出来るのだが、何百年も同じ毎日を繰り返す日々……」


 この設定を理解させるように、寂しいという感情を込めるようにして、過去を振り返るように自分を語る。今演じている鬼の感情を考え、自分が体験したかのように、痛みなどを想起させて演じていく。


「退屈で退屈で、生きているという感覚が薄くなるこの迷い家――でもな、そんな日々の中で今の人間様のように迷い込んでくれる者がいるのだ。退屈を癒やしてくれる救世主のような人間が……数十年に一度、な」

「――どうじゃ人間は? ……今回は早いな、もう完全に惚けきっているようだ」


 襖の音が聞こえてきたので後ろを見れば、葡萄と柘榴を摘んできた姉様がそこにはいた。それを吾は受け取って――意識が希薄になっている人間の口の中に潰して酒で流し込んでから、吾も一粒葡萄を食べる。

 実際に事前に用意された葡萄を音を出すのを意識しながら食べていき、最後の仕上げに取りかかることにした。


「そして少し話は変わるが人間様は黄泉戸喫ヨモツヘグイ……という言葉を知っているか?」


 鬼の酒を流し込まれたことで、きっと酔ってしまった人間様は……きっと今の吾の言葉を理解は出来ないだろう。

 だけどそれでいい、だってもうやることは終わったのだから……。


「もう寝てしまったな、宴の準備をするぞ浮世」

「そうだな、盛大な宴を開こうか――ではな、人間様これから一緒に過ごそうな。生きている間はずっと一緒だぞ?」


 何も考えられないだろう人間様に、最後に掠れたような聞こえづらい声でそう伝え、酔いの中に沈む新しい玩具に、吾は嗤いかけた。


[あれ、俺達詰んだ?]

[意識を薄くさせて黄泉戸喫させる鬼二人がいるらしい]

[私迷い家で一生過ごすわ]

[あれ? なんで、自分の家に帰ってるんだ]

[50000円:生収録でこれは化物]

[50000円:買うから早く出してくれ、最近聞いた中で一番よかった]

[ 9000円:購入代、今すぐ販売して送って]

[雪椿:創作意欲って言うのはね……子供が可愛いと無限に沸いて出るんだよ?]

[50000円:赤スパがやばすぎてやばい(語彙死)]

[腐りきった正義の味方:あぁ、また安心した]

[50000円:好き]

[臨場感ありすぎて、終わった瞬間に自分がどこにいるか分からなくなった]

[なんで今自分の家にいるんだろう?]

[鬼の姉弟は最高すぎた]

[b]

[よかった]


「ということで儂らのASMRどうじゃったか人間さ……マヨイビトよ」

「かなり力を入れて妾達は頑張って見たが、楽しんでくれたら嬉しいのだ」


[本当によかった]

[心臓の鼓動止まらん]

[雪椿:このネタを漫画に起こそうと思ってるけどいい?]

[妖描鬼:今回だけですがゆっきーと手を組んでいいと思いました

[50000円:このコラボはまじでアーカイブに残して欲しい]

[椛様の最高額更新してない?]

[伝説になるわ]

[鴉様の今回の属性追加はなんだろ]


 コメント欄をみてみれば、上のほうには数多くのスパチャの記録が残っていた。

 それに戦慄しながらも、どうにか平静を保ち今回の配信を締めるために一度やってみたかったことを二人でやることにした。


「じゃあこれからは、スパチャ読みに入るぞ」

「儂は初めてじゃから、綺麗に返せるか分からぬが、どれだけかかっても全部読むのでもう少し付き合っとくれ」


 日付が変わり、それから四十分は面白いスパチャの数々を読み続け、長かったASMRをなんとか終えることが出来た。


「盟友お疲れ様じゃな!」

「ですね、本当にお疲れ様です!」


 配信閉じた直後にハイタッチ。

 初めてだったが全力で楽しめたこの配信で得た者は沢山あり、やって良かったと心の底から思うことが出来た。そしてそれを噛みしめるようにして、お疲れ様も兼ねて儂は屋敷にいる二人に食事を振る舞うことにした。


 

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