人の三倍生きた大学生のアルバイト日記

@eight-p

第1話 背番号3

学生時代友人に、

人の三倍生きてるねと言われていた。

大学に行き、部活に顔を出し、夕方からはバイト。日によってはいくつも掛け持ちして帰るのは深夜。本人的には至って無理はしていなかったのだけど、周りには馬車馬のように働く勤労学生だと思われていたようだ。


いろいろなアルバイトをした。

思い出しながら、記録していこうと思う。


*************


大学生の頃、野球部のマネージャーだった。

野球が好き!とかではなく、誘われるがままなりゆきでなったマネージャー。野球の知識もなく、部活よりもそのあとの宴会で活躍していたような気もする。


部活経由で時々アルバイトの依頼がきた。

地方球場でのプロ野球のアルバイト。部員にはボールボーイ、マネージャーにはマスコットガール。審判にボールを持っていく、あれである。

時給もよく取り立てて大変なこともなく、なんと言っても近くでプロ野球や有名なアナウンサーが見られるという美味しいバイト。運良く何回もさせてもらった。


しかし私は不真面目マネージャーである。

野球のこともあまり知らない。

ある日のこと、試合が始まる前、ロージンバッグをマウンドのピッチャーがいるあたりに持っていくよう言われた。

しかし私には、不真面目に加えて重度の方向音痴というハンデがあった。

わかりました、と一歩グラウンドに出ていくと、ライトと満員の観客とプロ野球独特の空気感、それに付け加えて方向音痴。

気づけば、ロージンをセカンドに置いていた。ザワザワする観客。え?と思ったら、スタッフの方が来て、こっちだよと教えてくれた。やらかしたと思いながらベンチの前を通ると、選手たちに「お茶目さーん!」と笑われた。

きっと若さゆえ許されたのであろう。

そしてもし今ならすぐネットで拡散されそうだ。#ロージンバックをセカンドにwww

ネットのない時代で本当に良かった。


そんなこんなで試合も終わり、

特にやることのない私は部員たちが仕事を終わるまで施設内をぶらぶらとしていた。

そこに野球の道具をたくさん持った若い男性が通りかかり「おつかれさまでした」と声をかけられた。「おつかれさまでした」と応え、その姿を見送っていると、部員たちが寄ってきて「いいなあ」と言う。


いいなあ、声かけてもらって。

え?

その男性が持つ道具には、どれにも背番号3の刺繍が入っていたことを思い出す。

なんとその方は立浪和義、現中日ドラゴンズ監督だった。そんな有名選手がまさか末端のアルバイトにまで声をかけてくださるなんてことは思い付かず、プロ野球の選手ともなるとお付きの人がいるんだなあ、おつかれさまです、と思っていた。無知とは恐ろしい。

その後も何度もマスコットガールをしたが、そうやって声をかけてくださるのは、後にも先にも立浪さんだけだった。


*************


この春、高校生になりアルバイトを始めた長男。初任給で何か親に買いなさいと学校の先生に言われたらしい。

これプレゼント、と手渡されたそれは、その立浪さんの著作『勝負の心得』だった。


長男と私のアルバイトがリンクして、これは私のところに来るべくして来たのかなと思った。これからゆっくり読んでみようと思う。

そして立浪さん、監督就任おめでとうございます。

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