そっと愛でる会 (5)
兄への手紙を出して数週間後、王都からレーナ宛てに小さな荷物が届いた。仕事で王都にいる父からだろうかとわくわくしながら包みをあらためると、武骨な父がおよそ使いそうにない金箔の縁飾りのついた、いやに立派な封筒が添えられている。不審に思いながら差出人を確認し、その名前を見て息が止まりそうになった。王太子ハインツからだった。
「どうしてハインツさまから……」
いやな予感しかしないので、見なかったことにしたい。しかし相手が兄ならともかく、やんごとなきお方からの直筆の手紙を無視するという暴挙に出るほどの度胸はなく、渋々レーナは封を開けて中身を読んだ。そして、くずおれた。
そこには「どうしてもレーナの絵が欲しいから、一枚ちょうだい」という意味のことが、王族らしい丁寧な言い回しでしたためられていた。しかもヴァルターから聞き出したのか「絶対にイザベルには見せない」という誓約つき。送られてきた包みの中身については「お礼には乗馬用品がよいと聞いたので」と書かれていて、気に入らなければ好みのものと交換させるから知らせてほしい、と締めくくられていた。
「これ、お断りする選択肢なくない……?」
できることなら謝礼を返品してお断りしたいところである。しかし、断るとなると面倒ごとが多い。
依頼を受けるにせよ断るにせよ親への報告は必須だが、受けるのであればハインツから贈られた品についてだけ報告すればよい。
ところが一方、断るならその理由についても説明が必要だ。それも、親を納得させられるだけの理由でなくてはならない。さもないと「どうしていやなの? 差し上げられないようなものなのか、ちょっと見せてごらんなさい」とでも言われてしまうのが目に見えている。親の目にまで晒された上に最終的に受ける羽目に陥るくらいなら、もう最初から素直に受ける方がマシではないか。
レーナはため息をついて、ハインツ宛てに礼状とともに絵を一枚送ることにした。
包みを開けて謝礼の品を確認すると、別の意味でまたため息が出た。包みから出てきたのは、彼女が以前から欲しがっていた乗馬用の短鞭だったのだ。見るからに最高級品で、かつ彼女の好みを完璧に満たしていた。兄の助言あってのことだろうが、そんなところで有能さを発揮する兄が憎たらしい。そこに至る前に、絵の入手を諦めるよう説得する段階で発揮してほしかった。
ハインツからの贈り物のことを母に報告すると、レーナが予想したとおり驚かれた。子どものつたない制作物への謝礼としては、どう考えても過分だからだ。
「わたくしからイングリットさまにもお礼申し上げておきましょう」
イングリット妃とはハインツの母、すなわち王妃のことである。
レーナにとってありがたいことに、母は絵そのものには関心を見せなかった。
だから予定外にハインツにまで絵を渡す羽目にはなったものの、この件はこれで終わったものと思っていたのだ。────その二週間後に再び王都からの荷物を受け取るまでは。
再び届いた荷物は、前回の荷物に比べてだいぶ大きかった。
前回に引き続き、というより前回をも上回るいやな予感しかしないが、とりあえず添えられた手紙を手に取ってみる。金箔の縁飾りのついた封筒でないことに、少しだけホッとした。つまりこれはハインツからではない。しかしやはり父からではありえない、透かし模様の入った優美で上質な封筒である。おそるおそる差出人の名前を確認し、深くため息をついた。イザベルの兄アロイスからだった。
ものすごく見なかったことにしたかったが、無視したときに引き起こされるであろう面倒ごとを思うとそうもいかず、渋々と、それはもう本当に渋々と封を開けて中身を読んだ。そして、くずおれた。
そこには「乗馬用品を貢いだら絵がもらえたとハインツから聞いた。どうしても自分も欲しいから一枚ちょうだい」という意味のことが、高位貴族らしい上品な言葉遣いでしたためられていた。もちろん「絶対にイザベルには見せない」という誓約つきで。
二回目ともなれば、悩むこともない。もはや、やけくそである。ハインツとアロイスにしか見せない約束だったのだから、これで打ち止めのはずだ。包みを開けると、今回の「貢ぎ物」は鞍の下に敷くクッション用の布だった。少女が好みそうな明るい色合いで、鞍を載せても見える部分には精細な刺繍が施されている。裏地は滑り止め用のスエードで、縁取りにはフワフワのやわらかい毛皮が使われていた。鞭よりさらに値が張りそうだ。
この件を母に報告し、贈られた品を見せると「あらあら」とマグダレーナは軽く目を見張った。
おそらく今回も母からジーメンス公夫人レベッカへお礼を伝えることになるのだろうが、誤解のないよう、これだけは言っておかねばと思ったことを母に訴えた。この贈り物は、決してレーナからねだったものではない。相手から一方的に送りつけられたものであり、突き返すわけにもいかず、レーナは困ったのだ。すごくすごく困ったのだ。
だから、そう、だからレーナは悪くない。悪いのは、相手の都合も聞かずに品物を送りつけてきた先方である。そういうわけなので、身の丈を越えた高価な贈り物をいただいたからといってレーナを叱らないでほしい。
「あらまあ。それは確かにお断りしたら角が立つし、あなたもさぞや困ったことでしょう。きちんと対応できて、偉かったわね」
マグダレーナは優しく微笑んで、レーナの頭を撫でた。
「それにしても、困ったお兄さま方だこと。もしまたこんなことがあれば、この母に相談なさいね」
「はい、お母さま」
そうしてこの件はようやく終息した────はずだった。
それがまさか、味方についてくれたはずの母から新たな火種がもたらされるなど、このときのレーナにどうして予想できようか。
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