第4話 最後の晩餐
真守の荷物は来た時より増えていた。母が持たせてくれたお惣菜と、作ってもらったなめ茸だ。母が紙袋を用意してくれたので、それに入れて片手に持つ。
これからパティスリー・トマリに向かう。トマリは実家から数駅分都心方向にある。そこまで行くと人の流れも増える。トマリは駅前商店街の中の1店舗なのだ。
電車に乗り込んで、最寄駅で降りて少し歩く。やがてリトマリの店舗が見えて来た。
真守がここに来るのは久しぶりだが、数年前に改装した外装も、記憶のまま綺麗に保たれている。
自動ドアを開けて中に入った。
「いらっしゃ、あら、真守くんじゃ無い。久しぶり!」
陳列ケースの向こうで店番をしていたのは伯母だった。
開店前は伯父と伯母ふたりでケーキや焼き菓子を作り、開店したら伯父が追加分を作りつつ、伯母が店番をする。
トマリでは焼きプリンも人気で、特に夏場は多く出るので追加を作るのだ。
伯母は
今店内にお客さまは
「お久しぶりです。すっかりご無沙汰しちゃって」
「今は家が遠いんだから仕方が無いわよ。でも元気そうで良かったわ。なんでも好きなの選んでってね」
「はい」
買うものは決めている。拓真が好きなザッハトルテと、真守が好きなレアチーズケーキだ。それに日持ちのする焼き菓子をいくつか。
真守は特にラム酒漬けのドライフルーツとナッツがたっぷり入ったパウンドケーキが好きだった。
母娘が買い物を済ませて退店したので、真守は仕事の邪魔にならない程度に伯母と話をする。
「仕事は順調? ご飯はちゃんと食べてる?」
「順調ですよ。今は自炊もしてるんです」
「あら偉い! うちの何もしない男どもに聞かせてやりたいわ」
伯父伯母夫婦には息子がひとりいる。真守と拓真にとっては
その息子はトマリの跡を継ぐことが決まっているのだが、今は修行のために他店で働いている。
娘もいて、母によると、伯母の手伝いも良くしていて、伯父と息子はすっかりと頭が上がらないらしい。
ケーキを包んでもらってお金を払おうとすると、伯母は「いらないいらない」とからからと笑って手を振った。
「いや、そんなわけには。母さんだっていつも払ってるんでしょ?」
「あの子は月1は必ず来るんだから貰うわよ。家族割りだけどね。でも真守くんは久しぶりだから。それにザッハトルテまで買ってくれて。それ、拓真くんの好物だったでしょ?」
「あ、はい」
覚えていてくれたのか。真守の心がふわりと暖かくなる。
「真守くんもだけどさ、拓真くんにも食べさせてあげたいのよ。だから今回はごちそうさせて。次はしっかりお金取るからね」
伯母はおどける様に言って笑う。真守はありがたくその厚意を受け入れることにした。
「ありがとうございます。いただきます」
「うんうん。良かったらまた来てちょうだいね。いつでも待ってるから」
「はい。また来ます」
真守は伯母の明るい笑顔に、ふんわりとした笑みを返した。
「伯母さんに会うのも久しぶりだったぜ。元気そうで良かった」
「そうだね。今度は実家帰った時に、父さん母さんと行っても良いかな」
真守は増えた荷物を両手で器用に持ち、拓真と並んで駅に向かう。このまま帰途に着くつもりだ。
「さ、帰ったら晩ご飯だよ。母さん惣菜いろいろ持たせてくれたし、なめ茸も作ってくれたから助かるよ。メインはどうしようか。拓真、何食べたい?」
「真守のご飯ならなんでも良いぜ。真守のと母さんのと一緒に食べられるの贅沢だよなー」
拓真は嬉しそうに顔を綻ばせた。真守も「ふふ」と笑みをこぼす。
さぁ、帰ろう。
また1時間半掛けてマンションの最寄駅に着き、真守はスーパーで買い物をする。かごを手に鮮魚コーナーへ。
「あ、魚か。良いね」
「うん」
そして他にも必要なものをかごに入れて会計し、エコバッグは肩に担いで、大量の荷物をがさこそさせてマンションに帰り着く。
さっさと部屋着に着替えて、お惣菜やケーキなどを冷蔵庫に入れる。
炊飯器を見ると、タイマーが仕事をしてくれていて、すでに炊き上がっていた。
まだ冷凍ご飯のストックはあるが、今日は炊きたてを出したかった。
では支度を始めよう。買ってきた魚は開かれて、皮も剥かれているあじだ。塩と日本酒を振って数分置いて臭み抜きをする。
もう旬が過ぎつつあるあじだが、やや小振りながらもまだふっくらとその身を蓄えている。
その間にフライパンを出し、なたね油を2センチほど入れて火に掛けておく。
続けて衣の準備。バットなどというものは無いので、ボウルを2個出して、ひとつには解した卵に小麦粉を加えてバッター液を作り、もうひとつには目の細かいパン粉を入れる。
その様子を見ていた拓真は「真守、それ、もしかして」と嬉しそうな声を上げた。
「あじフライか!?」
「そうだよ」
「やった!」
拓真は歓声を上げる。拓真が好きなあじフライ、ぜひ真守が手ずから作ったものを食べて欲しかった。
やはり揚げ物はハードルが高い。だが揚げ焼きなら油の量もそう多くなくて済むし、後処理も楽だ。
あじは開くと身が平たくなるので、揚げ焼きでも充分美味しく仕上げることができるだろう。
時間が経ち臭みが抜けたあじの表面をペーパーで
油の温度を確認する。パン粉をぱらりと落とすと、小さくじゅわっと音がして泡が広がる。大丈夫そうだ。
パン粉をまとったあじを油の中にそっと落とす。全部で2尾分。
一旦温度が下がるが、すぐに上がって来てしゅわしゅわと泡が出て来る。これ以上温度が上がらない様に火加減を調整する。
鍋底に付いた方が色付いてくれば、菜箸とフライ返しを使ってひっくり返す。そしてまた数分。
そうして全体をしっかりと揚げてやれば完成だ。キッチンタオルを置いた皿に上げてやる。
さて、おかずの準備だ。大皿を2枚出し、母が持たせてくれたお惣菜を前菜風に盛り付ける。
高野豆腐と干し椎茸の煮物、ひじきとちんげん菜の白和え、ブロッコリとヤングコーンのおかかマヨネーズ和え。
なめ茸は小鉢に入れ、少し置いてかりっとしたあじフライも角皿に形良く盛り合わせ、市販のタルタルソースを添える。お茶碗に炊きたてのご飯をよそって、麦茶を出して。
「凄い豪華だな!」
「本当だね。母さんに感謝だよ。連絡したの夜だったし、惣菜持たせてくれるとは思わなかった」
「それが親心ってやつなのかも知れないな」
「そうだね。いつまで経っても世話掛けちゃうなぁ」
嬉しそうに笑う真守と拓真は向かい合わせに座り、「いただきます」と手を合わせた。
拓真はさっそくあじフライにタルタルソースを付けると大口を開けた。ざくっと良い音を立ててかぶり付く。じっくりと口を動かして。
「旨いな〜、揚げたて旨い! さすが真守。巧く作るもんだなぁ」
そう満足げな声を上げた。それに真守はほっとして「良かった」と表情を緩める。
「ちゃんと中まで火通ってる? 味薄く無い?」
真守は揚げ物もとい揚げ焼きを滅多にしないので、少し仕上がりに不安があった。だがどうしても作りたいと思ったのだ。拓真に好物を食べて欲しかったのだ。
「ちゃんと火通っててふわふわだ。味も旨いぜ」
「良かったー」
真守もあじフライを食べる。さくさくに揚がっている。身もふんわりと仕上がっていて、真守はまたほっと息を吐いた。良かった。美味しくできている。
拓真は母お手製のお惣菜ももりもりと食べて、「あー旨い。どれも旨い」と歓声を上げていた。
煮物は干し椎茸の風味がしっかりとしていて、それを含んだ高野豆腐がふくよかな味わいだ。
白和えはお出汁を含んだひじきをアクセントに、ごまの甘さとこくが心地よい。
おかか和えはマヨネーズのお陰で食べ応えがあり、おかかが余分な水分を取ってくれてしゃきしゃきだ。
そしてお願いして作ってもらったなめ茸。ほかほかのご飯の上に乗せて一緒にすくって口に運ぶ。
母のなめ茸は少し甘みが強め。日本酒を多めに入れていた印象だ。だが母にしてはお醤油もしっかりと入れていたので、白いご飯にとても合う。これはお酒の肴にも良いと思う。
拓真もご飯になめ茸をたっぷりと乗せ、豪快にわしわしと掻き込んだ。
「あ〜母さんのなめ茸久しぶり。懐かしいなぁ。旨い!」
なめ茸ご飯も拓真が好きなのである。
拓真もあまりご飯のお供を使うタイプでは無い。母があまりそういうのを用意しなかったので、真守ともども習慣が無いのだ。
が、母が時折小鉢で出してくれるなめ茸を、拓真が「これご飯に乗せて食べたら美味しいんじゃ無いか?」と食べたら気に入ったのだ。
だから真守は母にわざわざなめ茸を作ってもらったのだ。拓真に食べてもらうために。
真守はなめ茸をおかずとして食べることが多い。だが今日ぐらいは拓真を
「うん。美味しいね」
真守はまたなめ茸ご飯を口に放り込んだ。
これは、拓真の最後の
だから真守は母になめ茸を作ってもらい、トマリでケーキを買い、不慣れな揚げ焼きをしてまで揚げたてのあじフライを用意したのだ。
少しでも良い思い出を持って行って欲しいから。
母の味、真守の味、好きなものの味を覚えていて欲しいから。美味しく食べることの楽しさを忘れないでいて欲しいから。
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