第3話 最後の実家、最後の団欒

 次の日。真守まもる拓真たくまは昼前に家を出た。


 もうすっかりと秋の空。風も涼しくなり、頬をでると気持ちが良い。


 まずは駅前のショッピングモールに寄り、実家への手土産てみやげを買う。


 味もだが、母が喜びそうな可愛らしい見た目の焼き菓子を選んだ。アイシングで花のイラストが描かれているクッキーの詰め合わせだ。


 味はプレーンやチョコレート、抹茶や紅茶にナッツ入りなど。味によってアイシングの色が違ってとても華やかだ。


 実家までは電車で1時間半ほど。一度の乗り換えを挟んで電車にがたごと揺れる。


 中継駅の定食屋でお昼ご飯を摂っておく。実家には昨日電話を入れていて、お昼ご飯は済ませてから行くと言っておいた。買い物のためにスーパーにも寄る。


 街中やショッピングモールなどを歩いている時には、電話をしている振りをして拓真とぽつぽつ話すこともできるが、さすがに電車ではそれも難しいので無言のまま。


 拓真はスマートフォンでパズルゲームをし、拓真は久しぶりの電車で浮かれているのか、窓の外の流れる景色に興奮していた。


 時折顔を上げると、窓から見える風景は徐々に緑を増して行く。都心から離れ、両親が住まう田舎に近付いている証拠だ。


 そうして最寄駅に到着する。改札を出ると、閑散かんさんとした牧歌的ぼっかてきな景色が広がった。道は舗装ほそうされているし、ちらほらと個人商店もあるのだが、人通りがほとんど無いのだ。


 このあたりに住むには車が必須だ。家が駅近くにあっても、スーパーなどは車で無いと不便なところに建てられているのだ。


 父はこの田舎から1時間ほど掛けて通勤している。真守はさらに時間の掛かる今の職場から内定が出たので家を出ることにしたのだ。


 実家は駅から歩いて5分ほど。駅近なのが家を建てる時に1番こだわったと両親は言っていた。確かに毎日駅を利用するのならそれは大事なことだろう。


 真守はのどかな通りをのんびりと歩く。民家が多いので道こそずっと舗装されているが、駅から離れるにつれ脇には木々が増えて行く。


「相変わらずこのあたりは何も無いよなぁ」


「そうだね」


 拓真の独り言の様な呟きに相槌あいづちを打ちながら、家に向かって歩いて行く。


 駅から近いので、程なく実家に到着する。建てる時には建築士とああだこうだと話し合いながら思いを詰めた家。


 真守と拓真は「自分の部屋があったら良いよ」ぐらいの希望しか出さなかったが、それは叶えられ、この家で初めて個室を与えてもらったのだ。


 門扉もんぴを開けドアを開いて「ただいま」と声を掛けると、「おかえり」「おかえりなさい」と両親が出て来てくれた。


「今日は突然どうしたの」


「うん、トマリのケーキが食べたくて。帰りに行こうと思って」


「言ってくれたら買って送ったのに。でもケーキじゃ送れないわね」


「まぁ、お茶でも入れようかね」


「あ、クッキー買って来た」


「あら、ありがとう。まずは拓真にお供えして、さっそくいただきましょうね」


「真守はいつも美味しい菓子を買って来てくれるなぁ。トマリの菓子ももちろん美味しいんだが」


「たまには別の店のお菓子も良いでしょ」


 拓真が紙袋から包装されたクッキー缶を出すと、それを受け取った母は和室に向かう。


「俺も手を合わせて来るよ」


 真守も母に続く。拓真も付いて来た。


 母は開かれた仏壇の前に座り、お供え物用の台にクッキー缶を置くとお線香を立て、軽くりんを鳴らして静かに手を合わせる。


 台にはすでにスーパーで買えるスナック菓子と、コーラのペットボトルが置かれていた。拓真が生前好んで食べていたものだ。


 真守も母の斜め後ろに正座をして手を合わせた。


 その横で仏壇と遺影を見た拓真が「なんか変な感じだぜ」と苦笑する。真守もそう思うのだが、母がいるので小さく頷くことで応えにした。


 確かに仏壇に拓真はいない。だが供養の気持ちがきっと大事なのだ。


 拓真が天国に行くことになったこととは直接の関係は無いが、母は、両親は拓真が安らかにいられることを望んでいるだろうから、はやり天国行きは良いことなのだ。


 現状を両親に伝えることは難しいが。


 顔を上げた母は供えたばかりのクッキー缶を下げる。


「さ、いただきましょう。お父さんがコーヒーを煎れてくれてるはずよ」


「うん。その前に拓真の部屋に本返して来る」


「本?」


「うん。この前来た時、何冊か持ってったんだ。読んでみたくなって」


「あら、そういえば言ってたわね。おもしろかった?」


「あー、うん」


 真守は読んでいないので、曖昧あいまいな返事をする。真守がゲームをする横で読みふけっていた拓真は「あーやっぱりおもしろい!」と満足げな声を上げていた。


 ふたりは立ち上がると和室を後にする。拓真も一緒だ。真守はバッグから本を出して拓真の部屋へ。拓真に教えてもらって本を元の位置に収めた。


 そしてリビングで父が煎れてくれたコーヒーを飲み、真守が買って来たクッキーをつまむ。母は可愛らしいクッキーを見て「まぁ、素敵!」と喜んでくれた。


「なぁ母さん、頼みがあるんだけど」


「あら、なぁに?」


「えのき買って来たからさ、なめ茸作って欲しいんだ。タッパーも持って来たから」


「あら、それは良いけどどうしたの?」


「今ご飯のお供に凝っててさ。母さんのなめ茸久しぶりに食べたくなって」


 真守は適当に理由を作る。美味しいご飯のお供は確かにテンションが上がるが、真守はおかずがあれば白米のまま食べられるタイプだ。たまに海苔のり佃煮つくだにを買う程度。


「じゃあちゃっちゃと作っちゃいましょうかね。真守も明日仕事でしょうから、そう長居もできないんでしょ?」


 母は軽やかに立ち上がるとキッチンに向かう。真守もバッグと一緒に置いてあったエコバッグ片手に付いて行った。


 真守はえのきを3袋取り出す。


「あらぁたっぷりね。でも火を通すとかさが減っちゃうものね」


「面倒掛けてごめん。作り方覚えたいから見てて良い?」


「良いわよ。そうそう、昨日真守から帰って来るって電話あったのが夜だったから、冷蔵庫のあり合わせだけどお惣菜もいくつか作ってあるの。持って帰ってね」


「わぁ、ありがとう。助かるよ。遅い時間の連絡だったのに」


「ご飯はちゃんと食べるのよ。おかずは買ってきたお惣菜でも良いからね」


 母はそう言いながら、シンク下からまな板と包丁を取り出した。




 拓真はこの家族の笑顔を胸に落とし込む。この両親の元に生まれて良かったなと、真守が弟で良かったなとしみじみ思う。


 父はキッチンで談笑する母と真守をにこにこと眺め、母は楽しそうにえのきの石づきを落とし、真守はなめ茸の作り方を覚えようと母の手つきを見ている。


「えのきは石づきを落として、うちのなめ茸は長いまま使うのよ。この下の方も食べられるから、切り過ぎない様にね。ちゃんとほぐしてあげたら良いんだから」


「うん。もったいないもんね」


 そんな親子の会話。なんて微笑ましい。そして羨ましくもある。真守に嫉妬はしないが、良いなぁと思って見てしまう。


 やはり拓真がこの輪に戻れることは無い。だが両親と真守がこうして仲良くしていてくれれば拓真は安心して天国に行ける。次の段階まで心安らかに過ごせる。


 拓真は穏やかな気持ちになり、そっと目を閉じた。

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