第4話 できるだけのことを

 真守まもるはお昼ご飯にお弁当を用意している。と言ってもとんでもなく簡単なものだ。


 炊飯器でたくさん炊いたご飯を、平日分等分にしてお弁当箱で冷凍したものに、海苔のりと冷凍の惣菜をいくつか乗せる。常温で解凍されたものを職場の電子レンジで温めていただく。


 それだけだと野菜が圧倒的に足りないので、出勤途中のコンビニで小パックのカット野菜か浅漬けを買う。


 職場には冷蔵庫もあるので昼まで入れておく。そこには油性ペンで自分の名前を書いたドレッシングもいくつか常備していた。


 それにレトルト味噌汁を添える。会社にはコーヒーサーバーがあって、使い捨ての紙コップがあるのでそれを使わせてもらう。お湯も電子ポットがあった。


 女性の同僚には「合理的」と言われ、男性には「マメだね」と言われる。


 ひとり暮らしだしどうしても経済的事情が先に立つが、コンビニご飯は飽きると聞いていて実際にそうだったし、なら少し手間が掛かってもお弁当を用意しようと思ったのだ。


 自分で作ったおかずはひとつも入っていないが、お弁当箱だからなのか不思議と飽きが来なかった。今や冷凍惣菜は種類も多く美味しくできているので、かなり助かっている。


 お昼ご飯は、使われていなければ会社の応接室で食べることができる。他にもお弁当持参やコンビニなどで買って来た同僚とテーブルを囲む。


「いただきまーす」


 行儀よく手を合わせ、真守はまず野菜サラダを食べる。カット野菜はデスクにストックしてある紙容器に入れ、掛けたドレッシングはごま油を使った香り豊かな市販品だ。


 同僚と世間話などをしつつ食べ進め、食べ終わった真守はお弁当箱を片付けて「ごちそうさま」と立ち上がる。紙容器と紙コップはビニール袋に入れてごみ箱に捨てた。


 休憩の残り時間は自分のデスクでSNSのチェックでもしようか。


 応接室は仕事場と繋がっている。ドアを開けて応接室を出た途端、真守は「ぶふっ」と噴き出してしまった。


 そう広く無い仕事場の窓の外に、拓真たくまと若い男性の幽霊が浮いていたのだ。


 真守はお弁当箱の包みをデスクに置くと、慌てて窓際に向かって窓を開けた。


「拓真、なんでここに。それにその人は」


 社内には同僚がいるので、真守はひそひそ声で話し掛ける。真守が男性を見ると、男性は柔和にゅうわな笑顔でぺこりと頭を下げた。


「頼みがあって。俺はまだ死神の仕事があるし、この人にはお前の仕事が終わるまで待っててもらうからさ、話聞いてくれるか?」


「そりゃあ構わないけど。待っててもらって大丈夫なのか?」


「ああ」


「うん。無理をお願いするのはこっちだからね。あ、俺は柏木かしわぎって言います。よろしくね」


「よろしくお願いします。弟の真守です。俺の部屋で待っててもらって良いんで。何も無いですけど、テレビでも見ててください」


 すると柏木さんは一瞬きょとんとした顔をして、次には「あはは!」とおかしそうに笑い出す。


「やっぱり君たちは兄弟なんだなぁ。じゃあありがたく、真守くんの部屋でテレビでも見せてもらうよ」


「はい。拓真、ご案内よろしくね」


「ああ。じゃあ真守、また後でな。迎えに来るから。柏木さん行きましょう」


「うん。ありがとう」


 そうして拓真と柏木さんは飛び去って行った。真守はそれを見送って窓を閉めると「んー」と少しばかりわざとらしく伸びをする。


「どうしたの、窓なんて開けて」


 同僚が聞いて来る。


「ああ、ちょっと換気をね」


 真守が応えると、同僚は「え、なんか臭い?」と鼻をひくつかせた。


「昼ご飯ににんにく食べたから」


 そう適当に言うと、同僚は首を傾げて「それだったら応接室の換気じゃ無い?」と言う。


「あはは、そうだね」


 真守は適当に切り上げて、自分のデスクに腰を降ろした。




 仕事を終えた17時、会社が入っているテナントビルを出ると、すぐそこに拓真が立っていた。


「お疲れさん、真守」


「うん」


 真守は頷くと、周りから見て不自然にならない様に歩き出す。拓真はそれに付いて来た。


「あのさ真守、頼みってのがさぁ」


「うん?」


「あの柏木さんに、家族の団欒だんらんってものを味わって欲しくてさ」


「団欒? 俺たち家族でも無いのに」


「それがさぁ」


 そうして真守は柏木さんの生い立ちを聞く。多分大分省略もされているのだろうが、大体飲み込めた。


「そりゃあ俺らが家族の代わりになれるなんて思わないさ。けどさ、少しでも味わってもらえたらって思ったんだよ」


 真守は眉をひそめる。


「なんだよ〜、そんな話聞いたら断れないじゃない。分かった。家族らしさも料理のレベルも自信無いけど、やれるだけやってみよう」


 すると拓真は「へへ」と嬉しそうに口角を上げた。


「ありがとうな。真守ならそう言ってくれると思ってたぜ」


 亡くなったその時、見送る人がいなかった時の絶望はいかほどだろうか。事故で即死であるのなら確かに間に合わないだろう。


 だが家族ならすぐさま駆け付けるはずだ。両親と真守も拓真の事故の時にはそうした。


 父親は仕事を、母は途中の家事を放り出して、大学生だった真守も携帯電話の着信に気付いた休憩時間に、一も二もなく拓真が搬送された場所に向かった。


 だが柏木さんにはそうしてくれる人がいなかった。家族はいない、そう思って呆然とするのは無理も無い。


 死神の仕事の内容は真守も聞いた。本来なら事務的な対応が好ましいのかも知れない。だが拓真にはそれができなかった。


 柏木さんの話を聞いて、心を寄り添わせる、それは生前から拓真の美点だと真守は思っている。拓真は面倒見が良いのだ。


「じゃあいろいろ食材買わないと。柏木さんは何が好きなんだ?」


「特にこれが好きって言うのは言ってなかったな。嫌いなものも無いって。そこはがっつり家政婦にしつけられたみたいだ。アレルギーも無いってさ」


「アレルギーって幽霊になっても出るの?」


「気持ち的に拒否反応があるかも知れないと思ってさ」


「ああ、なるほどね。じゃあそうだなぁ、家族団欒みたいなのって言うんなら」


 真守はスーパーに入ってかごを持ち上げた。

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