2章 青年と家族の愛情
第1話 死神の初仕事
それは拓真の死神としての初仕事だった。とはいえ修行があったので、魂の回収は初めてでは無い。
師匠いわく、拓真は筋が良いのだそうだ。人体と魂の切り口が綺麗なのだと言う。その分魂へのダメージだ少なくて良いのだそう。
死神と言えば
亡くなられた方の元へ向かうと、人体から魂がふうわりと抜け出している。その繋がりを断ち切り、三途の川へと繋がる天上の扉に案内するのが死神の仕事だ。
拓真はボトムの後ろポケットに突っ込んでいる死神手帳を取り出す。そこには迎えに行く魂の情報が顔写真付きで掲載されていて、常に更新されている。
日本では約25秒の間隔でひとりが亡くなる。なので死神業務も24時間の3交代制になっている。
拓真は9時から5時まで取り掛かることになっていた。死神はたくさんいるので仕事はそれほど激務でも無い。
それに悪霊や怨霊、地縛霊などになる人間は最初から決まっていて、それは拓真たち死神の管轄では無いので、その分回収の魂は減るのだ。
「んーと」
梅雨が終わり、すっかりと夏の気配が濃くなって来たその日。拓真は死神手帳を手に、リストの1番上にある人間の欄をとんと突いて、その人の元に向かう。
死神の担当エリアはそれぞれ決められていて、拓真の担当は真守が住まう街を中心とした辺りだ。
担当エリアは希望するエリアが手薄だったら叶えられる場合が多い。それを知った拓真は一も二もなく真守が住まう周辺エリアに志願した。
手帳はアナログの普通の手帳の様なのだが、不思議なことに目的の人間の項目を指先で突くと、その人の周辺が光って見える様になるのだ。
拓真は光る建物を目指して飛んで行く。近付くと光は徐々に収束されて、お目当の建物が分かる様になる。
拓真が到着したのは大きな総合病院だった。
建物にはかなり年季が入っていて外壁には汚れが目立つ。看板を見ると公立病院だったので、塗り直す予算を捻出するのも難しいのだろう。
拓真は病院の周りをぐるりと飛んでみる。すると1室の窓から光が漏れていた。窓は閉められているが死神である拓真には関係無い。するりと窓をすり抜けた。
すると数人の大人や子どもがベッドを取り囲んですすり泣いている。小さな女の子は「おじいちゃぁん」としゃくり上げながら顔をくしゃくしゃにしていた。
そして目的の亡くなったばかりのお爺さんは、ベッドの上で魂となっておろおろと悲しむ人たちを見渡していた。
身体の頭には包帯が巻かれていて痛々しい。死因は頭部外傷だろうか。そういうことは手帳には載っていないので想像だ。
拓真の死因は交通事故で、死神が迎えに来た時家族はそばにいなかった。こうしてあらためてこういう光景を見ると、最期は家族のそばにいたかったなとしみじみ思うのだ。
ああ、しんみりしている場合では無い。仕事をしなければ。拓真はまた手帳を開く。
「
聞くと、お爺さんは弾かれた様に顔を上げた。拓真を見て驚いた様に顔を見開く。
「お、おお、お、お前さんは」
震える声で言うお爺さん。拓真は安心させるためににっこりと笑った。
「お迎えに来ました」
「お、お迎えかぁ〜。ううむ、お迎えは婆さんが来てくれるもんじゃとばかり思っておったんじゃがのう」
「俺ですいません」
拓真は苦笑する。奥さんに先立たれている様だ。確かに周りの人たちの中には連れ合いと思われるお婆さんの姿は無い。
この場合、奥さんは先に三途の川を渡り
しかしそんなことを言えば不安を
「なぁ、向こうに行けば婆さんに会えるかのう」
そうすがる様に言われ、拓真は困ってしまう。
まず奥さんがいるのが天国なのか地獄なのか判らないし、行き先が同じだとしても会える確率は恐らくそう高く無い。
天国であるなら可能性はあると思うが、地獄は罪の種類によって行き先が違うのだ。かなり細分化されている。
「俺には分からないんです。すいません」
なので正直に謝ると、お爺さんは「そうなのか……」とうなだれた。
「あの、鈴置弘さんで合ってますよね?」
「お、そうじゃ。わしは鈴置弘じゃ」
「じゃあ行きましょうか。魂を切り離しますね」
拓真が鎌を出して構えると、鈴置さんは「おお……!」と怯えた様に目を泳がせた。
「な、なんじゃそれは!」
「あ、大丈夫です。身体と魂を切り離すだけのもので、痛みとかはまるでありませんから」
拓真がにっこり笑って言うが、鈴置さんは戸惑う表情を見せる。
「やはり抵抗があるのう。それにほら、離されてしもうたら、もう元には戻れんのじゃろ?」
そのせりふに拓真は表情を
「鈴置さん、魂を切り離してもそのままでも、もう身体に戻ることはできません。生き返ることはできないんです。身体は死んでしまってるんですよ」
すると鈴置さんは「おお、そうか、そうじゃのう……」と肩を落とした。
「わしは死んでしもうたんじゃのう。そうじゃったのう」
「はい」
拓真は神妙な顔になってしまう。
修行の時も亡くなられた方はこうして戸惑われることが多かったから、こうして独り立ちしてもそういう人と会うことは多いとは思っていたが、やはり辛いものだ。
人は皆、行きている限り死に向かっている。当たり前のことだ。それがいつ訪れるかはその人によって違うが、死なない生き物などいない。
だがそれが突発的なものがどうかで大きく変わって来る様だ。
例えば大病で入院していたのなら覚悟ができている人も少なく無く、落ち着いていることも多いのだが、倒れてしまってそのまま、もしくは突発的な事故、事件、そんな場合にはやはり動揺されるのだ。きっと鈴置さんもそうだったのだろう。
「本当に残念だと思いますけど」
「そうじゃのう。なら仕方が無いのう。うむ、向こうで婆さんに会えると思えば良いのかの。じゃあよろしくの」
「はい」
鈴置さんはおとなしくなって目を閉じる。拓真は鎌を振り上げて身体と魂の継ぎ目を切り離した。すると鈴置さんの魂はふわりと天井に浮かび上がる。
「おお、これで婆さんの元に行けるの」
拓真はそれには応えず、「じゃあ行きましょうか」と笑顔で言った。
「そうじゃの。名残惜しいがの。家族も泣いておるしのう」
「ご家族に慕われていたんですね。素晴らしいです」
「そうみたいじゃのう。嬉しいことじゃ。生きている間には見えんこともあるんじゃのう」
鈴置さんは言って目を細める。しばらくそうして家族を見つめていたが。
「うむ、もう満足じゃ。婆さんの元に行くとしようかの」
「はい。行きましょう」
拓真が閉じられたままの窓をすり抜けて外に出ると、鈴置さんが後から続く。そして「おお」と驚いた声を上げた。
「なんとも不思議な感じじゃのう。こんなこともできるんじゃのう」
すると鈴置さんはちら、と上目使いになる。
「の、のう、あの、もしかしたらのう、女子更衣室とか女風呂とか覗けたりするのかのう」
そう好奇心丸出しで聞いて来る鈴置さんに、拓真は
「ベタかのう」
「ベタですよ。でも駄目です。犯罪行為ですから。閻魔さまの裁判に影響しますよ」
「そんなことぐらいで地獄に落ちたりするのかの?」
覗きを「そんなこと」と言えるのは、いかにもモラルのゆるい昔気質と言えるのかも知れない。
身体は異常が起こって死んでしまったが、心はまだまだ若いということか。内容はともかく良いことなのだろうが。拓真は呆れた様に首を振った。
「同じことを奥さんに言って、こっぴどく怒られてください。行きますよ。はぐれないでくださいね」
拓真がふわりと上昇すると、鈴置さんは「う、うむ」と慌てて付いて来た。
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