#7背中に乗った毒蛇

 その威力にルナ達の顔は青ざめる。


「えぇ……とんでもない威力なんだけど……。当たったら絶対骨も残らないぞ?」

「だから言っている! 逃げるか封印するしか無い!」

「それじゃあ私が封印をするための魔力を貯めますっ! 二人で時間を稼いでください」


 コルネがスレイクとルナの遥か後方から叫ぶ。

 あまりにも遠い位置から叫んでいる為、コルネの声がほとんど聞こえないが、ルナとスレイクはコクリと頷くと行動を開始した。

 ルナはポケットから青色の弾を取り出し、錬金銃に詰めながら走る。

 その間にスレイクは目を疑うような速度で炎神プロメテウスに接近する。そして素早く右前足を切り裂いた。


『ぐおおおおおおおっ。──人間風情がやるではないか。流石神の子の従者か。だがこれで終わりだ!』


 炎神プロメテウスは忌々しそうな顔つきで、スレイクへ向かって炎の槍を振り下ろす。

 炎の槍がスレイクを貫く寸前──。


『何っ!』


 炎神プロメテウスの振り下ろした槍は凍りつき、粉々に砕ける。

 槍が凍りついた原因であるルナの方へ炎神プロメテウスの視線は移る。視線の先ではルナが錬金銃を構え、炎神プロメテウスに向けていた。

 更にルナが錬金銃の引き金を引くと、銃弾は青い線を描きながら炎神プロメテウスの足に直撃した。

 同時に炎神プロメテウスの槍と同じ様に炎神プロメテウスの足が凍りつく。


「大丈夫か⁉ スレイク」

「あぁ。助かったぞ。ルナ──今がチャンスだ攻撃を加えろっ!」


 スレイクは叫ぶと同時に剣を振り、炎神プロメテウスの凍っていない箇所を斬りつける。

 鋭い斬撃を受けた炎神プロメテウスは傷口から赤い液体を流した。しかし次の瞬間には巨大な炎の塊に包まれた。


『無駄だっ。お前達がやっている事は燃え盛る炎に向けて剣を振っているのと同義、意味など無いのだ!』


 炎の塊となり、叫んだ炎神プロメテウスは炎の中からゆっくりと出てきた。


「き、傷がない……」


 先程ルナ達が与えた傷は一切炎神プロメテウスの体には確認できず、傷は修復されてしまったらしい。

 その事実にルナの戦意は急速に削がれていった。


「む、無理だろ。こんなの……」

「諦めるなっ! まだだ! 俺達の仕事はコルネの魔力が貯まりきるまでの時間稼ぎだけでいい! あとはお前の毒ナイフで切り裂け! その毒ナイフには恐らくバジリスクの毒が塗り込まれている。それなら倒すまではいかずとも弱らせることは可能だ!」


 スレイクの言葉を聞いたルナは一瞬で生き延びる方法を思いついた。

 錬金銃で奴を凍らせ、動きが鈍った炎神プロメテウスにナイフを突き立てる。──単純ではあるがこれしか無い。


 そう判断したルナは炎神プロメテウスへ接近しながら射撃を開始した。

 しかし炎神プロメテウスは実体が無いのか、先程まで当たっていた銃弾は煙のように通り抜けていく。


「クソッ。どこかに着弾させないと弾に込めた魔力が効果を発揮しない。どうすればっ」


 ルナの顔に絶望の色が広がる。

 それを愉快そうに見下ろしながら炎神プロメテウスはルナへ向かって、体同様にいつの間にか再生した炎の槍を振り下ろした。


「ルナっ!」

「逃げろぉぉぉ!」


 コルネとスレイクの声がとてもゆっくりに聞こえる中、ルナは見た。

 全てを置いていく超高速で何かがルナの前を横切り、そして炎神プロメテウスの振り下ろした槍を弾き飛ばしたのを──。


「私のご主人さまに危害を加えよう奴は許しません。例えそれが神でも」


 その声はルナがこの世界に来てずっと聞き続けた声、いつもは反抗的に、暴力的に、そして否定的にルナを貶していたその声を持ち主が、ルナを守る様に立っていた。


「す、ステラ⁉ どうしてここに! というかその姿どうした! 魔王化が進行してるのか?」

「ご主人さま。私のことを気にしている場合ですか? 奴の早く動きを止めてください!」

「ご、ご主人さま⁉ お、お前どうしたんだよ。オレをご主人さま呼ばわりとか……」


 ルナが困惑している目の前で再び炎神プロメテウスの攻撃をステラが素手で受け止める。

 その姿は既に人というより、魔王そのものだった。紫に染まった肌と禍々しい角、魔王刻印が広がったかのように全身に紋様が刻まれている。

 ただ、ステラの特徴である金色の狐耳と尻尾だけはまだ残っていた。


「い、良いから早く。なんとかしてくださいっ!」

『神に仕える種族神狐族の者か──神の子を守りに来たのかもしれんが、随分と魔王の侵食が進んでいるようじゃないか。フハハハハ』

「くっ……」


 ステラは悔しそうに顔を歪めるが、その隣でルナは怒りを露わにしていた。


「おい。さっきは聞き流したが、オレの事を神の子とか呼んだか? 馬鹿にしてるのか?」

『だったら何だと言うんだ? その身に纏う神気、神の子だろう』

「ふざけるな! 誰があのうすらハゲの子供だ! お前だけは許さん! 今すぐ神の元へ送ってやるよ!」


 ルナは叫ぶのと同時に凄まじい速度で四発銃弾を放つ、その全てが炎神プロメテウスの足元に当たる。

 着弾地点の地面から冷気が生まれ炎神プロメテウスの足が凍りついた。


『ぐっ! 貴様、この様な小細工、通じると思ったか!』


 炎神プロメテウスは怒鳴りながら凍りついた足を持ち上げようとしたが、地面と足は完全に凍りついてしまい、動けずにいた。

 その間にルナは毒ナイフを引き抜き、炎神プロメテウスの足元にいるスレイクを踏み台に炎神プロメテウスの背中に飛び乗った。


「さてと、封印される前に言い残す言葉はあるか? 炎神プロメテウス」

『なぜだっ。なぜ非実体化が解けている! 非実体になれば貴様など簡単に燃やし尽くせるというのに』

「それが最後の言葉でいいんだな?」

『待て。そこの……ステラとか言ったか? 神に使える種族であろう。我に従え、小奴らを皆殺しにするのだ』


 炎神プロメテウスは慌てた様子でそう言うが、ステラは炎神プロメテウスの振り下ろした槍を素手で押さえたまま冷たく睨みつけた。


「神狐族が主を定める条件──それは、神力を保有している事。守るに値する崇高な精神を持っていること。そして何より優先されるのは、私自身が主となる者に心を許す事。残念ながら私があなたに心を許す事はありません!」


 ステラは叫ぶのと同時に自分の背丈以上の大きさの槍を奪い去り、そして炎神プロメテウスの胴体に鋭利な槍を刺した。

『ぐおぉぉぉっ‼ 貴様、我の側につかなかった事を後悔させてや──』

「怒りのあまり背中に乗った毒蛇の存在を忘れてるんじゃないのか?」


 炎神プロメテウスの声をかき消すように大きな声をあげたルナは毒ナイフで炎神プロメテウスの背中を切り裂いた。


『ぬおぉぉぉぉっ! 貴様ら、許さん。許さんぞ!』


 苦しみもがく炎神プロメテウスはドシドシと足音を立てて暴れ、その暴れっぷりにルナは振り落とされた。


「ちょ、死ぬ死ぬっ!」


 ルナは真っ逆さまに頭から地面に使って落ちていく。

 同時にステラは巨大な槍を投げ捨てルナへ向かって駆け出した。


「ぬあああああああああっ!」

「ルナっ!」

 ステラは地面に直撃する直前に滑り込みルナを抱え込んだ。

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