#3退かないと撃つ

 朝の話から十数時間経った深夜。

 ルナは決意の面持ちをして、大きなリュックを背負い夜の街へ飛び出した。

 手には方位磁石のような物を持っている。方位磁石には金色の毛が一本入っていて、針は北ではない別の方向を指している。


「うぅっ。寒い。深夜に家を出るもんじゃないな……」


 そう言いながらもルナの足は止まること無く街の出口の方へ進んでいく。

 止める者は誰であろうと倒す。それほどの決意をしていたルナは家から数歩出たところで背後から足音がする事に気が付いた。


「待ちな」


 知っている声が背後から聞こえ、ルナは足を止めた。

 しかし、振り返ること無く背後に立つ人物の話を聞き続けることにした。


「こんな深夜にそんな大荷物を持って夜逃げかい? あんたの奴隷はどうした」

「ギルド長か……。大丈夫。ちょっと用事があるだけだ。すぐ帰ってくるよ。それまでステラの面倒を見てくれると助かる。あいつ今体調悪いから」

「そうかい。──ちなみに家の二階、音漏れが激しいんだ。これを持っていきな」


 何かを投げてくる気配がしたのでルナはアリシアの方を振り返る。その瞬間ルナの方へ鞘に収まったナイフが飛んできた。

 飛んできたナイフを地面に落とすぎりぎりとのところでキャッチすると、ルナは鞘からナイフを抜き刃を確認する。


 刃はその全てが紫色に染まっており、禍々しく、そして危険な気配が漂っていた。


「これは?」

「強力な毒を含んだナイフだ。大概の奴ならそれで倒せるだろう。だがそのナイフだけで戦おうとするんじゃないよ? あんたの身体能力だと深くへ行くほど、不利になる」


 それだけ言うと、アリシアはルナヘ背を向け家の扉へ手をかけた。

 だが、家の中に入る前に再度足を止めると──。


「戻ってくるんだよ。今月の家賃をまだ払ってもらってないからね」


 アリシアがルナに聞こえるか聞こえないかの声でそう言うと、そのまま静かに家に戻っていった。

 ルナはアリシアを見送った後、ナイフを腰に差すとそのまま方位磁石の針が指す方へ歩いていく。

 しばらく歩き、錬金術ギルドのある方へ向かっていると、いつの間にか当たり前の様にルナの歩に合わせて歩いている足音が聞こえた。


 気配がした方へ顔を向けると、そこには知った影があった──というかコルネだった。

 コルネはルナがコルネの存在に気が付いた事が分かると、ニヤリと口角をあげた。


「ルナ。一人で行くなんてずるいですよ。その人助け、私にも手伝わせてください」

「なんでここにいるんだよコルネ。というかオレはステラを助けるなんて一言も言ってないぞ」

「別に私、一言もステラ様を助けるなんて言ってないんですけど、ルナはステラ様を助ける為にここにいるんじゃ無いんですか?」

「……うるさいな。別にオレが何のためにここにいるかなんて関係ないだろ⁉」

「そんな事無いです。私は友達を助ける為にここにいるんですよ。ルナも同じ理由ですよね」


 コルネはルナの方を見るといたずらっ子のようにニヤリと笑う。

 コルネの表情を見て、一人で立てた計画の崩壊を察したルナは大きなため息をついた。


「なら仕方ないな。どうせ駄目って言ってもついて来るんだろ?」

「はい、その通りです。それよりルナが早めの時間に来てくれて良かったです。いつルナが来るか分からなくて寒空の下でずっと待ってたんですよ。──ヘックシュン‼」


 鼻を啜りながらコルネは自分の杖を抱きしめ身を震わせた。


「悪かったな。男には色々準備がいるんだよ」

「それを言うなら女の子ではないですか?」

「いや、男で合ってる」

「いや、女の子です」

「男」

「女の子」


 だんだんとヒートアップしてきたルナとコルネは次第に睨みつけあい、頬を引っ張り合って声を荒げ始めた。


「男って言ってんだろ。ぶっ飛ばすぞっ!」

「だから過去はともかく今は女の子でしょうがっ! いい加減にしないと心の金の玉捻り潰しますよ!」

「女の子が金玉とか言うなっ!」

「ルナも女の子じゃないですかっ!」


「うるせぇ! オレは良いの! 心は男だからっ。心にはいつでも立派な棒が立ってるから!」

「シモネタやめてくださいっ‼ そんなに男だと言うならダンジョンに潜ったらルナが先頭を進んでくださいねっ! 男なら女の子を守ってください」

「上等だよ! さっさと行くぞ!」


 くだらない喧嘩をして緊張感が溶けたルナは、コルネと競争するように全力で街の出口へ駆け出した。

 やがて街の出口である大門が見えてくると、その門を塞ぐように立ちふさがる一人の男の姿を見つけた。

 近づくとだんだん姿が鮮明に見え、スレイクが立っていると分かった。


 そしてスレイクはルナを見つけると、睨みつける様な瞳でルナの方へ歩いてきた。


「……まさか本当に来るとな。死ぬぞルナ。一体何がお前をそこまで突き動かしているんだ。ステラはただの奴隷だろう? 今すぐこの場から去れ」

「ふん! 断る。死のうが、体が一キロの重りも持てない肉体になろうが、オレには絶対譲れないモノがあるんだよ。それを見捨ててしまうとオレは死ぬんだ。だからここにいる」

「志の死というやつか? 東の国の奴らのような事を言うやつだな。だが生憎俺にはそんな感情は無くてな。あるのは君主に仕える忠誠心ぐらいだ。ここから先に進みたいなら俺を説得してみせろ」


「説得? そんなモノ要らない。コルネの言葉を借りるならステラは友達だからな。友達を助けるのに理由なんて要らないだろ? ──な? ステラ」


 ルナはホルスターから錬金銃を取り出し、スレイクへ向けながらそう言った。

 隣にいたコルネが目を丸くしてルナ服の裾を引っ張る。


「だ、大丈夫ですか? あの人スレイクですよ? 幻覚でも見てるんですか? ステラ様じゃないですよ?」

「いや違うね。ステラは狐族だろ? 化ける能力持っていてもおかしくない。どうなんだよ? ステラ。いい加減に正体を見せたらどうだ?」


 そうルナが言うと、スレイクの姿が一瞬闇夜に包まれた。

 次の瞬間その場にステラが立っていた。


「……流石ルナですね。この能力に関しては特に伝えたことは無かったのですが」

「バレバレだ。そこを通せ」

「駄目です。奴隷の為に死ぬなんて馬鹿らしいでしょう? 帰ってください」

「俺は死ぬつもりなんて無い。邪魔するなら力ずくでそこを通る」

「その前に私があなたを気絶させて家に連れ戻して幽閉します。大丈夫です。数日の辛抱ですから」

「そうか」


 一切退ける様子のないステラを見てルナは銃の引き金に指をかけた。

 ──バン‼

 ステラが動くよりも早く乾いた銃声が夜の静かな街に響く。

 次の瞬間、ステラは糸を切られた人形のように膝からその場に崩れ落ちた。


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