魔王刻印

#1突然の発言

 ルナがこの世界に来て約一ヶ月経ったある日。


「なんか……体調が悪いです」


 朝一番でステラがそう言った。

 そんなステラを見てルナは呑気に調合をしながら、ぱっと思いついた原因を口にする。


「ん? あぁ、あの日──ごふっ‼」


 ルナが言葉を言い切る前にステラの踵がルナの脳天に落ちてきた。


「ぬおおおおおおおお。頭割れたぁぁぁ!」


 地面に叩き伏せられたルナは頭を押さえ蹲りながら暴れる。しばらく暴れたルナはステラを見上げた。そして服の隙間から見えたとある物に違和感に覚えた。


「ん? ステラ、お腹に入れ墨があるのか?」

「ちょ、どこ見てるんですかっ。これは入れ墨じゃないです。一年くらい前に突然出てきたんですよ」

「突然……か。とりあえず体調が悪いなら医者にでも行ってこいよ。お金使っていいから」

「分かりました。じゃあちょっと行ってきます」


 ステラは少し血色の悪い顔をあげるとそのまま家から出ていった。


「大丈夫ですかね~? ステラ様」


 ルナが頭を押さえながら立ち上がった直後、ルナの背後からソファーに寝転んだコルネの声が飛んできた。

 声がする方へルナはゆっくりと顔を向けた。


「……なんでここにいるの?」

「やだなぁ。この間ここに住んでいいって言ったじゃないですか」

「言ってないんだけど⁉ っていうか暇なら作ったポーションを錬金術ギルドとスレイクの店に届けてくれ」


 ルナは木箱に綺麗に並べられた大量のポーションを指差した。

 その数、約三〇〇。

 ルナはここ最近ルナはほぼ眠らずポーションを作り続けている。

 錬金術ギルドの報酬は先払いで銀貨三〇枚程度の儲けだったのだが、家具を買ったり、コルネの食費にお金が溶け続け、手元に残るのは銀貨二枚程度になってしまった。

 残った金額では家賃を払って終わりである。だが、そのお金もステラの病院代に溶けるだろう。


「そもそもコルネは大飯食らいなんだよ。クビにしよっかな。一日銀貨一枚分の食事ってとんでもない量だからな? 俺とステラは二人で一日銅貨二枚で押さえてるんだぞ。俺とステラの一〇日分の食費とか……仕事してくれないとやってられねぇ──あれ?」


 ルナが愚痴のようにそう言った時には、既に大量のポーションと共にコルネの姿は消えていた。


「行ったか。さてと……どうしよう」


 ルナは部屋の隅に掛けられたカレンダーに目をやった。


「今月は後三日……ギルド長への借金返済に加えて、壊した家具の請求費、コルネの食費は削っても……。ポーション依頼だけじゃ足りない。冒険者ギルドに行って魔物退治の依頼を受けるか? そうなるとスレイクを呼ばなくちゃ」

「呼んだか?」


 独り言を呟いていたルナに突如声がかかり、ルナはビクリと肩を震わせた。振り向いた先にはスレイクが立っていた。


「す、スレイクか。びっくりした。家に入るならドアをノックしろ」

「しかし、この家の玄関の扉は壊れているだろう? どうやってノックをしろと言うんだ?」

「……そうだな。それより何しに来たんだ?」


 ルナが問うとスレイクははっと思い出したように顔をわずかに上げた。


「ステラから頼まれてな。私がいない間、ルナの護衛を……とな」

「護衛って……。別に要らないだろ?」


「そうか? 最近ルナは冒険者の間でかなり人気になっているんだぞ? 俺の店に来た冒険者なんか『ルナさんは俺達の怪我を癒やしてくれる天使だっ』とか言っていたしな。それほどの知名度があるやつが、扉のかからない家に無防備に一人でいると色々危ない」


 スレイクは先程までコルネが寝ていたソファーに腰を下ろしつつそう言った。

 そんなスレイクを見てルナは手を叩く。


「そうだ! スレイク。今お金に困ってるんだ。冒険者ギルドで魔物討伐の依頼を受けたいんだけど」

「ふむ。それは錬金術ギルドの依頼では駄目なのか?」

「追いつかないんだよ。コルネの食費、一日銀貨一枚だぞ? こっちがいくら稼いでも足りないんだよ」


「なるほど、ではステラが帰ってきたら、冒険者ギルドへ行こ──」

「その必要はありません」


 スレイクが言葉を言い切る前に緊張した様子のステラの声が部屋に響いた。


「あれ? もう帰ってきたのか? 早いな」


 ルナは暗い顔をしたステラを見る。

 しかしステラはルナの方を一切見ずにスレイクの元へ真っ直ぐ向かった。

 そしてスレイクの正面に立つと静かに頭を下げる。

 次の瞬間、ステラの発した言葉にルナもスレイクも耳を疑った。


「スレイク。私を殺して頂けますか?」

「「は?」」

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