#2筋肉増量剤

 すかさずルナはコルネの頬を掴み引っ張る。


「おいっ! 何してんだ! 壊してどうするんだよ? 弁償だぞ。これ」

「だ、大丈夫です。考えてみてください。私みたいな小柄な人間が杖で叩いただけで壊れる机ですよ? この机が不良品なんです! それに見てくださいこの薄い板。コップを置いただけで壊れますよ?」


「お、おぉ。確かに。軽く触っただけで折れそうな薄さだな」


 ルナはベニヤ板のような薄さの割れた机を触りながらそう言った。


「でしょ~。という訳で別の店に行きましょう!」

「おー‼」


 そのままルナとコルネは隣の家具販売店へ移動した。


「いや……どうするんですか。これ」


 取り残されたステラは割れた机とルナ達を見て困り果てていた。

 すると店からイカツイ男店員が飛び出してくる。


「ちょっと! 何してんの⁉ 壊れてるじゃねぇか! どうすんの?」


 ステラの体つきを見た店員はニヤつけながら手を伸ばす。


「お前が体でしはら──ごふっ‼」


 ステラは男店員が何かを言う前に彼の腹部に拳を叩き込むとそのままルナ達の方へ向かった。


「一体二人はどこへ……」


 ステラは周囲の店を見渡していると、隣の家具屋からコルネの声が響いた。


「ほあたぁー‼」


 同時にバキリという木の割れる音が聞こえ、ステラは冷や汗を流しながら隣の店へ足を運ぶ。

 ──が、ステラが店に入る前にルナとコルネが家具販売店から飛び出した。


「「に、逃げろっ!」」

「ちょ、ちょっと! 待ってください! 二人共っ!」


 慌ててルナ達を追いかけたステラがたどり着いたのは、300坪程の大きさがある巨大なお店だった。

 そこにたどり着いたルナとコルネは大きな店を見てポカンとしていた。


「おぉ。何だここ。すげー」

「ふふん! ここはこの街一番の家具量販店『アドルフ家具』ですよ。さぁついて来てください! ここの柔らかい椅子で寝るのが私の日課なんですよっ」


 何故かドヤ顔をしながらそう言ったコルネは店の入り口から店内に入っていった。

 しかしルナは頭を捻って店の看板を見つめた後、背後に立っていたステラの方を向いた。


「アドルフ? アドルフってあのアドルフ?」

「さぁ? でも私達が知っているアドルフは奴隷商人ですし、違うんじゃないですか? それより早くお店に入りませんか? これ以上コルネに商品を破壊されると、まずいです。金銭的に」

「そ、そうだな。行こうか」


 コクリと頷いたルナはステラと一緒に店に入る。すると入り口から少し店に入ったところで知っている顔と出会った。


「あれ? ルナさんじゃないですか。どうしたんですか? 家具を買いに来たんですか? 確かにこの街ちょっと質の低い商品売ってる店が多いですからね」


 明るい調子でそう言いながら顔を覗かせたのは奴隷商人アドルフの奴隷フィーネだった。

 相変わらず綺麗な身なりをしているフィーネはどうやらここで店員として働いているらしい。


「……アドルフって奴隷商人以外も仕事をしているのか?」

「そうですよ? ご主人さまは確かに奴隷商人をしていますけど、あれば義賊的な感じでほとんど利益を出そうとしてないんです。だから大半の儲けはこういった商業施設で儲けを出しているんですよ」

「なるほどな。……ところで机と椅子とあとベッドが欲しいんだけど売ってるか?」


 ルナは店をキョロキョロと見渡しながらフィーネに聞いた。フィーネはニコリと微笑むとルナ達に背を向ける。


「ありますよ? ついてきてください。こっちです」

「お~。なんか順調だなステラ?」

「そうですか? 既に器物破損で二回捕まりそうなんですけど」


 ステラは小さくため息をつくと、呑気にフィーネについていくルナを見つめる。

 しかしそれも一瞬で、次の瞬間にはステラはルナの方へ歩きだしていた。

 しばらく歩くとベッドと布団が置かれたエリアにたどり着いた。


「お~シングルベッドか。これいいな」

「ちょっと! それ私が寝れませんよね? ダブルベッドを買ってください」

「え……一緒に寝るの?」

「駄目ですか? 正直、ルナが男の本能を発揮して襲ってきてもルナ程度なら指一本で払いのける自信あります。剣一本まともに持てないひ弱な女の子ですし問題ないですよね」


 その瞬間ルナの脳裏を洞窟での出来事が過ぎった。剣一本まともに持てないルナが仮にステラを襲っても返り討ちにされるのは確実だ。

 ルナは自分の顔が羞恥心で真っ赤になっていく事を感じながら俯いた。


「うっ……。その事は忘れて欲しい」


 だが次の瞬間ルナは顔をあげると力こぶを作る。


「そ、それにここ一週間毎日筋トレしてるから! 見てほらっ。力こぶついたからっ!」

「ほー」


 感心した様子でステラがルナの上腕二頭筋を軽く触ると、軽く微笑む。


「ぷにぷにで可愛いですね」

「ぷにぷに⁉ そ、そんな馬鹿な。筋トレに加え、毎日19時間以上錬金釜をかき回してるんだぞ? 昨日試したら二キロくらいの物は余裕で持てるようになってたから!」

「に、二キロ。それまではどれくらいのものが持てたんですか?」

「一キロだな。一キロ程度なら余裕で持てた。だから大幅に進化しただろ? 純粋に二倍だから」


 ドヤ顔でそう言ったルナを見てステラは言葉に詰まる。


「ルナ? 最近考え方が女の子寄りになっていませんか? 少し前なら一キロの物も持てないという男の時の肉体とのギャップで涙目になっていたのでは?」

「はっ‼ 確かに。うぅ……というかオレ、女の子の体にしても貧弱すぎるよな。なんだよ二キロの物しか持てないって。ほとんど筋肉ないじゃん。」

「……気が付きましたか」


 ルナが正気に戻った事でステラはほっとため息を吐いた。

 しかしそこにフィーナが首を突っ込んだ。


「そんなルナさんにこちらのバーベルと筋肉増量薬はいかがですか? 銀貨三枚です。毎日飲んで筋トレすれば瞬く間に筋肉盛り盛りになりますよっ!」

「買います‼」


 フィーナの商売文句に釣られたルナはフィーナが軽々と持っているバーベルに手を伸ばした。

 しかし──ルナがフィーナの持っているバーベルに手を付ける前に、ステラはルナの手を掴んだ。


「ちょっと! あんまりお金無いんですから無駄遣いしないでください」

「大丈夫! だって筋肉増量薬だぞ? 筋肉付くから無駄じゃない! 筋肉は無駄じゃない!」

「いいえ、無駄です。力がほしいなら魔物を倒してください。フィーネもルナを惑わさないでください! 怒りますよ!」


 ステラはルナの手をしっかりと掴みながら、フィーネに向かって怒鳴る。


「すみません。でもこれも商売ですので」


 フィーネは微笑むとぺろりと舌を出した。

 しかしルナはまだ筋肉増量剤を見て目を輝かせ──。


「いいよ。商売でもオレこれ買うからっ! 明日には筋肉もりもりになってるから! 一流冒険者みたいに筋肉だるまになるからっ!」

「気持ち悪っ! ちょっと想像しちゃいましたよ? ルナのかわいい顔にゴツゴツの筋肉が付いた体。アンバランス過ぎますよっ!」

「いや、イケるね。オレ男だし、筋肉もりもりになった方が効率良くね?」

「なんの効率が上がるんですかっ‼ いい加減にしてください。駄目って言ったら駄目なんです!」


 堪忍袋の尾が切れたステラはルナの頭部へ回し蹴りを炸裂させた。


「ぐへっ!」


 ステラの攻撃を喰らって、目を回したルナはそのままヨロヨロと近くにあったダブルベッドへ倒れ込んだ。


「あ……このベッド気持ちいい──寝れそう……」


 その瞬間猛烈な眠気がルナを襲いかかり、ルナは目を閉じた。

 次の瞬間には気絶するようにルナは寝ていた。


「あれ? ルナさん寝ちゃいましたね」


 フィーネは完全に寝息をたてながら売り物のダブルベッドで爆睡し始めたルナを見てそう言った。


「あぁ。そう言えばルナは依頼の山を消化するためにほとんど寝てなかったですからね。元々限界だった所を引きずってきたので」

「あらら。そうだったんですか。それじゃあ買い物どうします?」

「私が適当に見繕っておきます。ベッドはルナが寝ているやつで……そう言えばコルネがどこに行ったのか知ってますか?」


 ステラは店の中へ駆けていったコルネを探して、店内を見渡す。

 するとフィーネがポンと手を叩いた。


「あぁ。さっき店内に入った子供ですか? いつもあそこで寝てるんで放置でいいんじゃないですか?」


 そう言いながら呆れたモノを見る目でフィーネは店の奥の方を指差した。

 そこではコルネが我が物顔で高級なソファーに寝転び爆睡していた。そしてコルネの口から垂れたヨダレがソファーにかかっていた。


「すみません。……あれも買います」

「本当ですか? お買い上げありがとうございますっ!」


 フィーネは嬉しそうに微笑むと、そのまま会計場所へ向かった。

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