三人の休日

#1破壊神とはコルネのことだ

「……あっ。駄目だ……死ぬ」


 三日三晩錬金術を行使し続けたルナは極度の疲れにより、気絶するようにその場へ倒れた。

 おぼろげな意識の中、玄関から軽い足音が聞こえてくる。


「ルナー。錬金術ギルドから指名の依頼持ってきましたよ~」


 コルネは元気に玄関から家に入ると、床に倒れているルナの前に向かい、顔を覗き込んだ。


「あれ? どうしたんですか?」

「……もう。限界~。外に出たいぃぃ。なんで外は晴れやかなのに、オレは至る所に亀裂がある壊れかけの家に引き篭もらないといけないんだぁ……。なんで依頼の少なかった錬金術ギルドから指名の依頼が大量に来るんだよ~」


 ルナはジタバタと暴れるように近くに置かれていた紙の束を投げ散らかした。

 それはここ三日間で急増したルナ直接指名のポーション作成依頼の依頼書の山だった。

 依頼をしてきた大半は冒険者で、期間が一週間以内だったのでルナは、ほぼ寝ずに作業を続けていたのだ。

 部屋の隅には一〇〇を超えるポーションが並べられており、既に足の踏み場が殆どない。


「あ~。世界滅びないかなぁ……。あっ。放っておけば滅びるか。じゃあ寝よ」

 大量の依頼に疲れ果てたルナはゴロリと寝相を変えると、目を閉じた。

 しかしルナの側まで歩いてきたコルネは依頼書をまとめると、ルナを揺すった。

「恐ろしい願望を持たないでくださいよ。ほらっ。あと二〇〇個頑張ろー。あ、追加分があるから三〇〇でした」

「やだあああああああああああ!」

「あっ。こら、逃げちゃ駄目です」


 ルナがバタバタと暴れ、逃げようとしたところへコルネは飛びつきルナを押さえつけた。


「は~な~せ~‼ オレは逃げるんだ! 自由な世界へ」

「……何やってるんですか?」


 ルナが暴れていると、壊れた玄関の扉の跡地を通ったステラが冷たい声でそう言った。

 するとコルネがステラの方を見て、息を切らしながら口を開いた。


「ルナが依頼の山に精神崩壊を起こして暴れてるんですよっ。ほら、逃げるなっ」

「やだぁぁぁぁ」


 瞳にほとんど光の入っていないルナを見ながらステラは家に入ると、錬金釜の側に大きなリュックを置いた。

 リュックには中身がぎっちり詰まっているらしく、パンパンに膨らんでいる。

 ステラはポーションの材料をスレイクと取りに行っていたのだ。しかしルナの状態を見たステラはルナの顔の前で手を振ると立ち上がった。


「……限界みたいですね。ルナ、今日は買い物にでも行きますか? お金も貯まりましたし、生活必需品が無くて困ってたところなので」

「行くっ!」


 監獄から釈放された囚人のように虚ろな目をしていたルナは、期待と希望を瞳に宿らせ飛び上がった。

 しかし飛び上がったルナはすぐにステラに肩を掴まれた。


「その前に……お風呂に入ってください。ルナ。私が気が付いていないと思いますか? ここに来てから約一週間、ルナ一度もお風呂に入ってないですよね?」


 その瞬間ルナの顔が引きつった。


「ナ、ナンノコトカナ?」

「あの……私獣人族なので鼻がきくんですよ。正直臭いです」

「く、臭……」


 ルナはガクリと肩を落とすと、地面に四つん這いになった。

 しかし次の瞬間には勢いよく顔をあげる。


「ここは最後の一線なんだよ! お風呂に入っちゃったら男として終わる気がする」

「それと同じこと前にも聞きました。ほら、堪忍してさっさとお風呂に入ってきてください」


 ステラは素早くルナの背後にまわると、ルナの背中を蹴り飛ばした。


「うわっ──いでっ!」


 ルナは数回転がり奥の小部屋の扉に激突すると、目をまわしながらフラフラと立ち上がった。


「うっ……。嫌だっ!」


 ルナはステラのスキを見て家から逃げ出そうとした。

 しかし、素早く伸ばされたステラのしなやかな足に引っかかり、ルナは盛大にすっ転ぶ。


「ぶへっ! うっ。鼻打った。痛い……」


 鼻を押さえながら攻撃をしてきたステラの姿を確認したルナは立ち上がると、ソロリソロリと後ずさった。

 しかしステラもルナへにじり寄る。


「さぁ……覚悟してください。服を剥いで浴槽に叩き込んでやりますよ」

「や、やだぁぁぁぁぁ!」


 数十分後。

 肌も髪の毛もつやつやになり、ほこほことした湯気といい香りを漂わすルナが半泣きになりながら脱衣所から出てきた。


「う、うぅ……汚された。汚されちゃったよ。オレ」

「大丈夫です。綺麗になりました」


 真顔でそう言ったステラは脱衣所から出るとルナの方を見た。


「さぁ。買い物に行きますよ?」

「やったー。いっぱい食べ物を買ってもらおっと」


 ルナとステラのやり取りをしばらく呆れた目で見ていたコルネは、目を輝かせてステラの方へ走る。だがルナは不機嫌そうに頬を膨らませてその場に突っ立っていた。

 その様子に痺れを切らしたのかステラはルナの方へ向かう。


「何、不機嫌になってるんですか?」

「そりゃあ不機嫌にもなるだろっ。無理やり服を剥がれてそのまま浴槽に投げ込まれればさっ。頭打ったんだぞ。見ろこのたんこぶ」


 ルナは叫びながら頭にできたたんこぶを見せつけた。


「……女々しいですね。男だったら黙って行動してください。ほら、このポーション使っていいですから」

「それオレが作ったやつ。しかも依頼品なんですけど」

「一〇〇も一〇一個も変わらないでしょ? ほら飲んでさっさと行きますよ」


 ステラは近くに置いてあったポーションの瓶を手に取ると、蓋を開けて無理やりルナの口に突っ込んだ。


「うぷっ! んくっんくっ、けほっ──ちょ、ちょっと待ってもういいから治ったから」

「そうですか。じゃあ行きましょう。時間かかっちゃいましたし」

「……分かったよ。悪かったな。時間取らせて」


 そう言って立ち上がり、玄関へ向かった。


 目的を持って街へ出ると、色んな物が見える。

 以前通った事がある道も生活必需品を買うという目標があれば、違った視点で店を見ることになり、新鮮な気持ちになる。

 それを実感していたルナは家具販売店に目をつけた。


「見てくれ。ステラ、この椅子と机どうだ? デザイン良くないか?」


 ルナは長方形のダイニングテーブルと木でできた椅子を指差し、ステラの意見を聞いてみた。

 ステラは興味深そうにテーブルに近づき、掛けられていた値札に視線を送った。


「ふむ……銅貨五枚ですか。かなり安いですね」

「だよな。これ買おうぜ?」


 実際、ルナが主なのでステラの意見を聞く必要はないのだが、ステラの意見を聞くことが習慣付いてしまったルナは自然とそう聞いてみた。

 するとステラではなく、コルネが動き出し、机のまわりをぐるっとまわる。


「ルナ。こういう安物には大体罠があるんですよ~。見ててください?」


 コルネはそういうと、杖を握る手に力を込めた。


「ほあちゃー‼」

 気合のような声を共に杖を机に叩きつけると、机は丁度真ん中で綺麗に折れた。

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