#5殴っちゃ駄目でした?
「え……そうだな。殴ったかも」
「な、殴った⁉」
ステラにしては珍しく、目を見開いて大声をあげた。
すぐに危機を感じたルナは慌てて手を振る。
「いや、ほら。勝手に性別変えられたら普通怒るじゃん。どうしようもないジジイだったからボコスカにしちゃった」
「……ルナから神力がたまに発露するのはそれが原因ですね。さっきの驚異的な動きも神聖な力……神力によるものですね」
「え、どういう事?」
ルナが首を傾げるとステラは周囲をキョロキョロと見渡したあと、小さく口を動かした。
「何度か、危機的な状況が訪れた時にルナから神力が発露するのを確認してるんですよ。多分身体接触があったから、神力が移ったんでしょうね」
「なにそれ……ゴミ箱に手を突っ込んだら匂いが取れなくなっちゃったみたいな?」
「その例えやめてください。絶妙に否定できないので」
否定したいが、否定しきれない例えを出してしまったせいでステラは微妙な顔をする。
「それは分かったけど、その神力の発露の何が問題なんだ?」
「大アリです! ……これで私があなたを主と認めなくてはいけない要因が一つ増えたんですよ」
「そうなの? 良いことじゃん。俺も雑な扱いをされずに済むし」
「……ま、まぁ良いです。最後の一つ、これを達成できなければ私はあなたを認めないので、今のルナには達成は不可能でしょうし」
と、言ってステラがルナへ背を向けた途端、ステラの動きがピタリと止まった。
「ん? どうした? ステラ」
ルナはステラの視線を辿る。ステラの視線の先ではコルネが困った顔をして頬を掻いていた。
「あのぉ……今の話を聞いて私はどうすれば……」
「取り敢えず……殺しますか」
ステラから殺意の波動が放たれ、コルネに向かって飛びかかった。
が、ステラの鋭い爪がコルネを切り裂く寸前──。
「ちょっと待てぇぇ!」
ステラに背後から抱きつく様な形でルナはステラの動きを阻んだ。
ルナが身体接触をしたことにステラは特に怒らず、コルネを睨み続ける。
「ルナっ。コルネは馬鹿です。良いですか? 今の話は教会騎士に聞かれれば命を奪われかねない内容なんです。話は必要最小限の人にと止めるべきなんですよ」
ルナはステラの柔らかい肉体に触れている事にドキマギしながらも、ステラを落ち着かせようと必死にステラを拘束し続ける。
「だとしても殺すのはやりすぎだって。落ち着け!」
「……分かりました。それじゃあコルネから記憶を奪いましょう──殴って!」
力ずくでルナの拘束を振りほどいたステラはコルネへ飛びかかる。
が、再びルナはステラに飛びついた。
「ちょっと待て、コルネが死ぬぞ? ほらっ。コルネも震えてるし、他言しないって。な? コルネ」
「は、はい! 大丈夫です。話しません。今度から教会騎士に会ったら全力で魔法を撃って葬り去るようにしますねっ!」
渾身の決め顔を決めながら親指を立てるコルネを見て、ルナはステラから離れ、弾の入っていない錬金銃を突きつけた。
「駄目だこいつ。始末しておこう。面倒くさいことになるのを何ら理解してない」
「る、ルナっ。落ち着いてください!」
慌てて先程まで暴走していたステラはルナの代わりに冷静さを取り戻したのか、ルナの背後に回り込み抱きつくように拘束した。
その様子を見てコルネがほっとため息をつく。
しかしステラはルナの銃を見てコルネの想像と全く違う事を叫んだ。
「その銃、弾が入ってないですよ⁉ 始末するなら私がします!」
「ちがーう! 二人共私を殺すことから離れてくださいよっ! 大丈夫ですっ。私だって大人です。状況くらい分かってます。それにルナさんには〝お世話になりたい〟ので変なことはしません」
「「大人?」」
ルナとコルネはコルネの体格を見て首を傾げた。
同時にコルネはブンブンと杖を振り回す。
「なんで二人共そこに引っかかってるんですか! 怒るぞっ。魔法を打ち込むぞこらぁ! 引っかかる部分が違うでしょ⁉」
そう言いながらコルネはルナへ杖を叩きつけようとした。
しかしルナはコルネの攻撃を回避すると、スレイクが置いていったリュックを引きずり錬金釜の前まで持ってきた。
「まぁ……コルネには扉とか家の修理してもらわないといけないし、しばらく生かしておこう。ステラもそれでいいよな?」
ルナは冗談だと分かるように努めて明るくそう言うと、錬金釜の前に置いてある足場を踏んだ。
「ルナがそう言うなら……。──コルネ。ルナの寛大な心に感謝しなさい。逃げたら地の果てまで追いかけますからね?」
「はい~」
コルネとステラの会話を耳に入れながら、錬金釜の前に立ったルナは既に集中状態に入っていた。
というより、錬金釜の前に立ち、スレイクの渡してくれたレシピを見た瞬間に集中状態に引き込まれたというのが正しい。
ルナは先に中和剤で満たされた錬金釜の温度を確かめると、そのまま数千回その行為を行ったかのような慣れた手付きで、鉄鉱石を〝適量〟錬金釜へ投入した。
今のルナにはなぜか鉄鉱石の最適な量が分かっていたのだ。
スレイクが『錬金術は魔術と違って感覚が重要視される』と言っていた様に今のルナは感覚だけで動いていた。
「ちょっと混ぜる物持ってきてっ」
普段のルナとは思えない鋭い声が響き、ステラとコルネがあわあわと慌てながら部屋の中を探し始める音が聞こえる。
その間ルナは錬金釜の上に手を伸ばし、温度を確認して、スレイクから貰った革袋からいつくかの薬草を放り込んだ。
「よしっ」
錬金釜に必要な素材を入れたルナは準備が出来たと言わんばかりにコルネの方を向いた。
「もういいや、コルネ。その杖貸してくれ」
「えぇ⁉ 嫌ですっ。この杖高いんですよっ?」
そう言ってコルネが杖を抱きしめた時には既にコルネの手には杖がなかった。
「あれっ?」
「どうぞ。ルナ」
コルネが手元から消えた杖を探している間にステラはルナへ杖を渡していた。
「おっ。ありがと」
ルナは杖を受け取ると躊躇なく錬金釜に杖を突っ込み、魔力を注ぎながら錬金釜をかき混ぜる。
すぐに錬金釜は七色の光を放ちながら、内部に放り込まれた物体を魔力によって変質させていく。
そのまま十数分、錬金釜から放たれる光が完全に収まるまで、錬金釜をかき回し続けたルナは小さくため息をついた。
「ふぅ。初めてだったけど、上手くいったな」
ルナは袖をまくると中和剤の中に手を突っ込んだ。
「えーと……あったあった。じゃじゃーん!」
中和剤の満たされていた錬金釜から手を引き抜いたルナの手には、綺麗に形の整えられた鉄のインゴッドが握られていた。
それを見たコルネは感心した様子で素直に拍手をする。
「お~。すごい! ところで入れた薬草はどこにいったんですか?」
「さぁ。でも入れないと失敗する気がしたから入れた。多分錬金釜に入っている中和剤に反応をさせる為だと思う。そもそも入れた素材が力素の物だから。特殊な効果も出てないと思うし」
「へー。見ただけでそういうのが分かるんだ……。さすが錬金術師」
「いや、この薬草を採取する時にスレイクに教えてもらった」
「なーんだ。じゃあ杖返してください」
そう言ってコルネはルナの握った杖に手を伸ばす。
しかし足場の上に立っているルナは手を高くあげ、コルネに杖を触らせないようにして、再び錬金釜の方を向いた。
「駄目だ。今から錬金銃の弾を作るんだからさ」
そう言って再び取り出したばかりのインゴットを中和剤の満たされた錬金釜へ投入する。更にそこへ白い鉱石と黄色い鉱石、加えて木材を投入した。
「それはなんですか? きれいな石ですね」
コルネは錬金釜を覗き込みながら興味深そうにそう言う。
「硝石と硫黄。硫黄の方はスレイクが置いていったリュックに入ってたから勝手に拝借した。採取している様子もなかったし、元々入ってたものだと思うけど」
そう言いながらルナは錬金釜に杖を突き立て、グルグルと大きくかき回し始めた。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌まで歌う余裕が出てきたルナは呑気に錬金行為をし続ける。
鼻歌が一時間程部屋に響いていたが、ルナの手は唐突にピタリと止まった。
「……できた」
「へぇ~?」
ルナの調合が長すぎてその場に座り込みうつらうつらしていたコルネは、ぼんやりと目を開いた。
同時に奥の部屋でお風呂に入っていたらしいステラが小部屋の扉を開いて出てきた。
ほこほことした湯気を纏うステラはタオルで髪の毛を優しく包みながら、ルナの方を見る。
「あれ? 調合終わったんですか?」
「うん。ちょっと待ってくれ、どうやって取り出そう。多分錬金釜の中で弾がバラバラになってると思うんだよな……手を突っ込んで探すの面倒くさいなぁ」
ルナは中和剤で満たされた錬金釜を見ながらそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます