#4ルナの力

「お、重っ! こんな剣を片手で持ってたのか⁉」


 ルナは両手でスレイクの剣を掴むと、踏ん張りながら剣を運ぶ。


「うーん! おも……い。あと少しぃぃ。はぁはぁ……ちょっと休憩」


 地面に剣を突き立て、肩を揺らして息をするルナを見てステラは眉を寄せた。


「スレイク? その剣の重さはどれくらいですか?」

「……三キロ程度だ。特に重いという訳でもないだろう」

「さ、三キロ⁉ ウソつけっ。こんなの五〇キロくらいあるじゃん!」


 話を聞いていたルナは驚愕して、自分の手と、地面に突き刺した剣を交互に確認する。

 そんなルナをステラは少し哀れんだ目で見た。


「ルナ……これから毎日筋トレをしましょう。それから錬金銃の弾を作ったら魔物退治も──それと、もう少し優しく接してあげますね」


 ステラはそう言うと、僅かに頬を緩ませた。


「や、やめろ。優しくするな……オレを憐れまないでくれっ」

「私、三キロ程度の剣も持てない女の子に少し強く当たり過ぎたと後悔してます。あなたを主とは認めませんけど──今日から私の方を向いて寝てもいいですよ。それから身体接触もある程度なら許します」

「お、お前っ。女の子扱いするなって! 怒るぞっ」

「でも純然たる女の子ですよね。それも三キロの剣も持てない様な貧弱な。貴族の娘でも十キロ程度のモノは持てますよ?」

「違う違う違うっ!」

 子供のようにブンブンと首を振ったルナは悔し涙を浮かべながら再び剣を握った。

「ふぬぅぅぅぅぅ‼」


 しかし、地面に突き刺さった剣は地面から抜けない。まるで所有者を選ぶ聖剣のように……。


「……スレイク。その剣をこっちに持ってきてください。私、このゴブリンを押さえておくので」

「あ、あぁ。分かった」


 スレイクはステラの言葉を聞いて、ルナの目の前に突き刺さった剣をあっさり引き抜くと、そのままステラの近くまで剣を運んだ。


「う……うぅ。まじでっ。絶対に許さないからなっ。あのバカ創造神がっ! 人の性別と名前まで変えておいて、普通ここまで非力な体にするか? 今度あったらギタギタにっ。──あっ……」


 感情的になって叫んだルナは焦って自分の口元を押さえたが、ステラとスレイクはルナの性別を変えた犯人に気が付いてしまった。


「……創造神──聖なる気……神気」


 ステラはゴブリンを押さえていることすら忘れて、何かを考え込み始めた。

 そのスキをついてゴブリンはステラの拘束を解き、彼女に素早く飛びかかる。

「KISYAAAAAA」

「危ないっ!」


 危険が迫ったステラの前に出たのはスレイク……ではなかった。

 火事場の馬鹿力が発動したのか、ルナは先程までの動きとは比べ物にならないほど軽やかに動き出した。

そして流れる様な動きでスレイクの目の前に突き刺さった剣を引き抜くと、そのままゴブリンを横薙ぎに両断した。


 ゴブリンの血しぶきが宙を舞い、剣を持ったルナはあわあわとバランスを崩し、尻もちをついた。


「あ、痛って!」


 更に勢い余って手を放した剣は宙を舞い、ルナの目の眼前に突き刺さった。


「‼ っ! 危なっ。死ぬかと思った」


 剣の突き刺さった位置はルナから数センチも離れておらず、ちょっと身動きをしていれば串刺しになっていただろう。

 それが分かるからルナは恐怖で全身に鳥肌を立てていた。


「だ、大丈夫ですか⁉ ルナ」

「あ、あぁ。大丈夫……」


 そう言いながらルナは自分の動きに驚き、手を見つめていた。そしてそれを傍から見ていたスレイクもルナを目に穴が開くほど見つめていた。


「な、なんだ? 今の動き……ルナ。お前」


 スレイクはルナを奇妙なものを見るような目で見ていた。

 それも仕方がないだろう。ルナは先程まで握ることすらままならなかった剣を振るいゴブリンを両断し、創造神との交流があったことを自白したようなものなのだ。


 スレイクの視線に気まずくなったルナは身じろぎをしながら顔を逸した。

 しかし、視線の先ではステラが驚いた顔をしてルナを見つめたまま固まっていた。やがておずおずと口を開く。


「ルナ。今の動きは……」

「……分からない。とっさに助けなきゃって思ったら、力が湧き出して……」


 そう言いながらルナは立ち上がり、目の前に突き刺さった剣を引き抜こうと顔を真っ赤にしながら力を込める。


「ふんっっっ! ……駄目だ。なんだったんだ? さっきの」

「それは……多分──」


 ステラがルナの動きについての推測を話し始める前にスレイクが静止させるように手を突き出した。


「ここで話すのはやめよう。ルナの性別を変えた人物を知ってしまった以上、俺達は戻れない道を歩み始めてしまった。ルナ、家に戻ったら話を聞かせてくれ」

「い、良いのか? ……創造神って邪神って呼ばれてるんだろ? これ以上踏み込んでいいのか?」

「いいとはなんだ? そもそも俺は創造神を邪神とは思っていない。だから錬金術の商品を取り扱う店を開いているんだ。魔王の核が生まれたのは事故だ」


 妙に確信を持った様に言うスレイクは地面に突き刺さった剣を引き抜くと、ルナとステラに背を向けた。


「錬金術の素材は集まっただろう? 帰ろう」


 スレイクに急かされるように洞窟の出口へ向かうルナはチラリとステラを見た。

 彼女はまだ驚いた目でルナを見つめていた。ルナは足を止めるとステラの方を向く。

「ステラ? 帰るぞ」

「え? あ、はい」


妙に大人しくなったステラはルナの指示に従い素直についてきた。


 タキサゴ洞窟からの帰り道、誰一人声を発さず空気はお通夜状態だった。

 帰路につく途中ルナは考えた。もう隠すことはできない。話せる事は赤裸々に話して仲間に引き込もうと。

 そのまま家まで戻ってきたルナ達は部屋に入る。


 するとスレイクが鉄鉱石や様々な素材が入ったリュックを床においた。


「あー。えっと。ありがとな。スレイク」

「気にするな。それより、お前の事だ。なぜ創造神に性別を変えられた……いや、そこ自体は納得できる。錬金術の才能があるルナだ。女性になった方が効率が良かったのは分かる」

「どういう事だ? それ……創造神も言ってたけど」

「……」


 ルナが首を傾げながら聞くとスレイクは開いた口を気まずそうに閉じた。


「……すまない。それは自分で勉強して知ってくれ。俺からはとても言えない内容だ」

「えぇ……そっか」

「すまない。問題はそこではなく、わざわざ接触があったという事は何か言われたんじゃないか、ということが聞きたい」


 そう言われ、ルナはすっかり忘れていた事を思い出した。


「そう言えば、信仰心が低くなってて……世界が維持できないとか言われた。男に戻る事ばっか考えてすっかり忘れてたけど」

「……やはりそうか」


 そう言うとスレイクは何かを決心したようにルナの目をしっかりと見つめた。

 その瞳は狼のように鋭く恐怖を煽られたが、それでもスレイクの真剣な瞳にルナは目を逸らせなかった。

 スレイクは大きく深呼吸をすると口を開いた。


「ルナ。今後俺はいかなる時もお前を守り、障害があれば道を切り開くお前の騎士となろう」

「え……どういう事? 悪いけどオレ、男と恋愛する気ないぞ。告白か?」

「ち、違う! そうではなく……これは俺のエゴだ。俺が俺であるためにここで逃げ出す訳にはいかないんだ」


 そう言ってスレイクは首に下げていたペンダントを取り出し、祈るように強く握った。


「それは?」

「……俺の婚約者の写真が入っている」

「えっ。スレイク恋人いたのか⁉」

「あぁ。彼女との約束なんだ。頼む。俺に君を守らせてくれ」

「よ、よく分からないけど……分かった。よろしく頼む」


 ルナが手をのばすとスレイクは素早く手をとった。


「感謝する。ルナ・クレエトール。……それと安心してくれ、創造神がルナを女にしようが、お前の意思が男に戻りたい、というのであればちゃんと男性化薬は売ってやる」

「あ、ありがとう。今の話の流れからすると渡してくれないかと思った」

「いいや、契約だからな。契約は守る──それじゃあ俺は帰るぞ。そっちの方も話しがあるようだからな」


 そう言ってスレイクは扉が存在していた入り口を通り抜け、そのまま帰っていった。

そしてずっと無言だったステラが一歩前に踏み出し──。


「……ルナ。創造神様に出会った際、創造神様に触りましたか?」


 唐突にそう聞いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る