#3この剣重くない? 

「わ、悪いな。コルネとスレイクは初対面だろ? 初見ならスレイクの顔に驚くのにも仕方がないと思うし。コホンっ……ところで怪我はないか?」

「あぁ。久しぶりに動いたから全身の筋肉が悲鳴をあげてはいるが、問題ない。しかし……ルナ、君も俺の顔を見て悲鳴をあげてなかったか?」

「き、気の所為だろ」

「……まぁそういう事にしておこう」


 そう言ったスレイクは立ち上がりながら服についた汚れを払い、魔法によって被害を受けた部屋の内部を確認した。


「しかし、酷い有様だな。扉も綺麗サッパリ無くなっている」

「大丈夫だ。弁償はコルネにさせるから。ところでスレイクは何をしに来たんだ?」


 ルナは魔法を放つよりも先に聞くべきことを今更ながらに思い出したルナは複雑な表情をしたスレイクの方を向きながら聞いた。


「あぁ。姉さんがな。……お前達が素材の採集に向かうなら手伝ってやれと言ってきてな。どうだ? 必要で無ければ帰るが」


 先程のコルネの魔法を正面から、しかも至近距離で受け止めたスレイクの実力は見るまでもなく分かる。

 女所帯で不安だったこともあり、ルナはすぐに頷いた。


「助かるよ。丁度素材収集に向かうところだったから」

「あぁ。さっきのレシピを渡した時から採集に行くものだと思っていたから、それは分かっていた。それにルナには素材の見分け方を教えてくれる師匠の存在がいないはずだ。俺が知っている知識は教えてやろうと思ってな」

「確かに、言われてみればどれが必要な素材か分からないし、助かる。ところで……錬金術を学ぶにはやっぱり師匠がいたほうがいいのか?」

「あぁ。錬金術は魔術と違って感覚が重要視されるからな。本で学んでもなかなか身につかないし、ルナも暇ができたら師匠を探した方がいい」

「なるほど」


 ルナがポツリと呟いた瞬間、奥の部屋から聞こえ続けていた悲鳴がピタリと止んだ。

 そして扉がゆっくりと開き、コルネを引きずりながらステラが出てきた。


「お、おつかれ……」

「えぇ。しっかり教育はしておきました。それから部屋の修理代もコルネに出す給料から全額当てると約束させたので……しばらくこき使っていいですよ。今のコルネは奴隷みたいなものです」


 そう言いながらステラはクッタリとしたコルネをその場に寝かせた。


「コルネは使えません。魔法を使った影響で生命力は枯渇していますし、おいて行きましょう。スレイクがついて来てくれるんですよね?」


 と、ステラが言った瞬間、スレイクが一歩前に出た。


「あぁ。よろしく頼む」

「えぇ。よろしく」


 そう言ってステラはルナに見せたことのない笑顔を浮かべた。

 ルナの欲していた男性化薬の交渉の際に二人はお互いに腹の内を見せたので、友好関係があるらしい。


「それじゃあ行こうか……目的地は……何処がいいんだ?」

「そうだな。この辺なら街の北東にあるタキサゴ洞窟周辺がいいだろう。鉄鉱石に特殊な石の数々、それから魔物も湧くし、森も近くにある。一度に様々な種類の素材を回収したいのならここしかない」


 スレイクは背中に背負っていたリュックから地図を取り出すと、ルナ達に見せそう言った。


「ほぉ……じゃあここに行こう。というかやっぱりリュックとか必要なのか?」

「……逆になぜ何も持たず素材採集に行こうとしているんだ? ……仕方がない。これをくれてやろう」


 そう言ってスレイクはリュックから拳四つ分程度の大きさの革袋をルナに手渡した。


「これは?」

「薬草入れだ。薬草はルナが持て。鉱石は俺が持とう」

「分かった。じゃあ行こう──コルネ? コルネは留守番と見張りを頼む。玄関の扉無くなっちゃったし」

「うぅ~」


 返事のようなうめき声が聞こえたので、そのままルナ達はタキサゴ洞窟周辺へ向かった。


 街から数十分歩いたところにタキサゴ洞窟があった。

 ルナは洞窟の外にある森でしばらく薬草を採取した後、洞窟に入ったのだが、中はジメジメとした気持ちの悪い場所で、あまりその場に居たくない雰囲気だった。


「なんだここっ。ジメジメして気持ち悪い……」

「まぁ湿度が高いからな。ここに来る女性は大概不満を言うな。空気がネトネトしていて気持ち悪いと……今のルナのようにしきりに髪の毛を触っている事が多い」

「っ⁉ お、俺は男だ。女扱いするな。髪の毛はちょっとボサボサに広がって気持ち悪いんだよ」


 そう言いながらルナは毛先をいじるのをやめた。更に図星を突かれ引きつった顔を誤魔化す為、近く似合った石を軽く蹴る。

 蹴り飛ばした石が数回バウンドして、乾いた音を響かせるのを見た後、ルナはスレイクの方を向いた。


「というか鉄鉱石ってどこにあるんだ?」

「そこら辺にあるだろう? これを見ろ」


 スレイクは今さきほどルナが蹴った石を拾うと、それを見せつけてきた。


「この土気色の石が鉄鉱石だ」

「え? これが? 石じゃん」


 地球で見た鉄と全く印象が違うその石を見てルナは目をパチパチとさせた。


「あぁ。この鉄鉱石を使えるようにするには、面倒くさい手順を要するんだが、錬金術はその過程をすっ飛ばして結果だけ引き出せる。この石ころと錬金釜があれば鉄インゴットが作れるわけだ」


 そう言いながらスレイクはリュックの中に鉄鉱石を入れた。続けて周辺に転がっている鉄鉱石をリュックに入れ始めた。

 スレイクをしばらく見た後、ルナは辺りを見渡す。


「ところでステラはどこに行ったんだ? さっきから姿が見えないけど」

「先行して魔物を倒してもらっている。もうしばらくしたら魔物の死体を引きずって帰ってくるだろう」


 と、スレイクが言った瞬間、背後の岩場からゴブリンが飛び出してきた。


「KISYAAAAAA……A」

 ゴブリンは飛び出した瞬間、スレイクに両断されその場で力尽きた。

 そのあまりにもの早業にルナは目が追いつかず、目をパチクリとさせる。


「……スレイクってどこでその技術を身につけたんだ? 並大抵の努力じゃ身につかないんじゃないか?」

「昔ちょっとな」


 スレイクはルナから顔を逸らす。

 しかし、ルナはスレイクの顔が僅かに寂しそうな顔色に変わったのを見逃さなかった。

だが、話を深堀りすることをやめたルナはしゃがみ込むと、先ほどスレイクが拾った物と同じ鉱石を拾い上げた。


「……これが鉄鉱石だよな?」

「……ん? そうだな。それが鉄鉱石だ。貸してくれ。リュックに入れておこう」


 スレイクは鉄鉱石をリュックに投げ込むと、再び洞窟を歩き始めた。洞窟を進み始めると、定期的に潜んでいた魔物が飛びかかってきたが、その全てをスレイクはあっさりと討伐した。

 しばらく魔物を倒し、鉱石を集めながら進んでいると、洞窟の奥から苦しそうなゴブリンの悲鳴が聞こえてきた。


「KISYAAAAAA……」


 その断末魔のような声を聞きスレイクは鉱石を拾う手を止めた。


「どうやら魔物と戦っているようだな。行くぞ」


 鉄鉱石の大量に詰まったリュックを背負いながらスレイクは重さを感じさせない軽やかな足どりで駆け出すと、そのままゴブリンの声がした方へ向かった。


「ちょ、ちょっと待って!」


 ルナもスレイクへ合わせて必死に走るが、いくら走っても重りを背負ったスレイクに追いつかない。


「ぐぬぬぬ……。全く追いつかない、ちょっとは速度を落とせよっ」


 そう言った瞬間スレイクは足を止め、ルナを少しだけ待った。


「女の肉体とはそこまで身体能力が下がるものなのか? お前に合わせて少し遅めに走っているのだが……」

「それなら、俺の体をこうしたバカが簡単に魔物討伐をできないように身体能力を大きく下げたんだろ。実際、オレが魔物と戦う為には錬金銃が必要だし、錬金銃の弾を作る為に錬金術を行使しなくちゃいけない」


 息を切らしながらルナは不愉快そうに言う。


「……その人物はなぜそこまでルナを錬金術へ束縛させたいんだ? 意図が見えないぞ?」

「まぁ色々あるんだよ。ただ、この身体能力じゃ採取中に魔物に殺されかねないな。早く錬金銃の弾を作らないと……自分の身も守れない」

「それなら、魔物を倒せばいい。魔物を倒すと、倒した魔物の魔力の一部が討伐した者の肉体に吸収され身体能力が上がる。冒険者の常識だ」


「え……オレでも強くなるの?」

「あぁ、もちろん。才能の問題があるから人によって伸びしろは違うが……そうだな。あいつを倒してためしてみよう」


 スレイクが指を指した先では、丁度ステラが素手で大量のゴブリンを葬り去っている所だった。

 一騎当千といった感じで、一人数多のゴブリンをなぎ倒す姿は戦場に咲く一輪の花のように美しい。

 ステラが最後の一体のゴブリンに手をかけようとしたところで、こちらの話を聞いたのかピタリと手を止めた。


「……こいつを倒すんですか? ルナが? 危ないですよ?」


 ゴブリンの手足を抑え込んだステラはスレイクを見ながらそう言った。


「あぁ。ステラがそのままゴブリンを抑え込んでくれ、トドメをルナにやらせよう」

「できるんですか? ルナ。魔物とはいえ殺生ですよ?」

「できるよ。オレだって男だ。スレイク、剣を貸してくれ」

「あぁ」


 スレイクが片手で剣を引き抜き、ルナへ手渡した──。その瞬間ルナはまるでパントマイムをやっているかのように、剣を地面に落とした。


「お、重い……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る