#2穿てっ!

「……いまの見ちゃった?」


 シャリーがルナの方をチラリと見て問う。


「あぁ、なんの傷だ? 魔物?」

「そうだね。詳しくは本人から聞いてほしいけど、一年前かな? とある人を守る為に体を張って負った傷。平気そうに見えるけど、今もスレイクの体には激痛が流れているらしいの」

「激痛?」

「そう。やられた魔物が特殊な毒を持っててね。体を二箇所切り裂かれているから、毒のまわりも酷くて。……ねぇ。ルナさん。お願いがあるんだけど……」


 そう、シャリーが切り出した途端、奥の部屋の扉が開き、スレイクが入ってきた。


「姉さん。その話はやめてくれ。この傷と痛みは罰だ。俺はこの痛みを受け続ける義務がある。……まぁいい、ほらこれが錬金銃の弾の作り方だ。それから依頼品のレシピも渡しておこう」


 そう言ってスレイクはルナに羊皮紙を数枚手渡してきた。


「あ、ありがとう。……鉄がいるのか」

「そうだな。書いてある通り、鉄に加える素材によって弾が軟化したり、炎を纏ったりする訳だ。錬金銃本体を作るより遥かに難易度が低いとはいえ、弾薬の制作難易度もかなり高い。先に依頼品でも作って調合に慣れるんだな」

「わかった。サンキュー」


 ルナは先程聞いてしまったスレイクの話を深堀りしたかったが、本人はそれ以上聞くなと瞳で語っていたので、口を閉じ店から出た。


「……。鉄か……。どこで集めよう」


 ルナは頭を振り、スレイクの話を考えないようにすると、そのまま家まで戻った。


「ただいまー。あれ? コルネ……何してんだ?」


 家に戻るとコルネは目をまわして床に倒れていた。


「うっ……メチャメチャにされました。もうお嫁にいけません! どうしてくれるんですかっ!」


 ゾンビの様に起き上がったコルネはルナに掴みかかる。


「ちょ、やめろっ」


 コルネから離れようとルナが暴れていると、奥の部屋の扉が開いた。同時にコルネの体がビクンと跳ねる。


「す、ステラ様っ」

「ステラ様⁉ ど、どうしたんだ? コルネ、何されたんだよ」

「な、何もされてません。ただステラ様の偉大さに気が付いただけです。はい」

「そ、そっか……」


 本能的に詳細を聞かないほうがいいと悟ったルナはコルネから目をそらすと真っ直ぐ錬金釜へ向かう。

 すると何喰わぬ顔でステラが近づいていてきた。


「ルナ。錬金銃の弾のレシピは貰ったんですか?」

「あぁ。ただ鉄がいるみたいだな。その他にも対人用には軟魔草(なんまそう)って薬草とか、火を纏わせたいなら火(ひ)石(いし)って呼ばれる石が必要だったり、結構材料がいるみたいだな」


「錬金銃というのはそういった問題があるので廃れたんですよ。作成にコストが掛かりますし、魔法使いを雇った方が安上がりですから」

「なるほどね。確かに面倒くさい……。取り敢えず鉄とちょっとした材料があれば、通常の弾は撃てるみたいだから鉄が欲しいんだけど」


 ルナはステラの態度や顔色をチラチラと伺いながら、そう聞いた。

 ステラはルナに少々敵対的で、ステラを連れた行動を取るなら兎にも角にも彼女の許可が必要だとルナは思ったのだ。

 しかし実際は小さく首を傾げ、なぜそんな事を聞く? と言った顔をステラはした。


「鉄を取りに行きたいなら、素直に命令すればいいじゃないですか、それくらいの命令なら聞きますよ?」

「そっか。それじゃあ取りに行こう。ついでにポーション用の素材も必要だし、鉄鉱石が……」


 と、言ったところでルナは気が付いた。


「なぁ……このメンバーで鉄鉱石をここまで持ってこれるか? 重いんじゃないかな? オレ……そんなに持てる気がしないぞ?」

「……一応私、七〇キロ程度なら余裕で持てますけど」

「おぉ! すごい」


 男の頃の自分であればできたが、ここ数日の自分の体力の低下や身体能力を見るに今のルナに七〇キロの重量物を長時間持つことは不可能だ。

 それ故にルナは素直に感心して拍手をしてしまった。


「ふん。だから多少の鉄鉱石なら持ち帰れます」


 ステラはクールに言ったが、彼女の尾てい骨から生えた尻尾だけは小さく左右に揺れていた。


「ありがとう。じゃあ荷物は持たせてしまうことになるけど、よろしく頼む」


 と、その時、近くで様子をうかがっていたコルネが手を上げてぴょんぴょんと跳ね始めた。


「はいはい! 私は魔物討伐をしますねっ! 世界一の魔法使いに任せてくださいっ」

「コルネは素材と環境を破壊するからいらない」

「ひ、酷いっ‼ だ、大丈夫ですって。肝心な時には役立ちますよ?」

「そっか。期待してるよ」

「うわっ。期待してない人の声色してる。……いいですよ? 結果で見せますからっ! さぁ行きましょう!」


 そう言って鼻息を荒くしたコルネはルナの手を掴むとグイグイと力強く玄関へ向かって引っ張り始めた。そのままコルネが玄関の扉を押そうとした。

 しかし玄関の扉はコルネが触れるよりも先に勝手に開いた。そして扉の隙間からスレイクが顔を覗かせ口を開いた。


「ル──」

「「うわああああああああ!」」


 ルナとコルネの声が重なった。

 部屋の内側から見たスレイクは光の差し具合の問題で、その強面な顔がより一層強化され、鬼のように見えたのだ。

 それにスレイクの腰には黒と白で装飾された美しい剣がささっていた事も『襲われる』という恐怖を引き立てていた。


 ルナはとっさに家の奥まで逃げ込んだが、コルネは違った。素早く後退すると、杖を構えスレイクへ向かって叫ぶ。


「ばばば、化け物ですっ。これでも喰らえっ──天を司る精霊よ、日を司る神よ。その力を持って敵を穿て(うがて)! シャイニングレーザー‼」

 コルネが叫んだ瞬間、爆発的に膨れ上がった魔力がコルネから解き放たれ、杖の先から光が発生する。そして光は逆再生のように収束していき、収束した光が杖の先端に収まりきったその時、コルネはニヤリと口角を上げ叫んだ。


「いけぇぇぇ!」


 一閃の光が部屋を満たしたかと思うと、殴りつけるような突風が部屋の中を吹き抜け、光の束がスレイクへ向かって飛んでいく。

 同時にスレイクの目がカッと開いた。


 スレイクは素早く剣を引き抜くと、剣を盾にして地面を強く踏みしめた。


「うおおおおおおおおおおお!」


 光の束がスレイクの剣に接触した瞬間、光の束とスレイクから衝撃波が生まれ、家の扉が吹き飛んだ。更に家の至る部分に亀裂が入り、ミシミシと家が悲鳴を上げ始める。

 スレイクはまるでコルネの魔法から街を守るように、その場から一切動かずコルネの魔法を受け止め続ける。


「う、うっそ!」


 コルネはスレイクが自分の魔法攻撃を受け止めている事に驚き、フラフラとしながら更に口角を上げた。


「上等です。世界一の魔法使いに至る為の障害は全て破壊します! うりゃああああああああ‼」


 コルネが更に魔力を注いだのかスレイクを襲う光の束が巨大化する。

 魔力はとっくに尽き果て、生命力を消費して魔法を放つコルネの手足が細くやせ細っていく。それでも構わずコルネは魔力を注ぎ続ける。


 その瞬間──。

「そこまでですっ」

 ステラの声が聞こえ、コルネの魔法は跡形もなく消滅した。


 いつの間にかコルネとスレイクの間にはステラが立っていた。そしてステラは静かにコルネを睨みつけた。


「部屋の中で魔法を撃つとはいい度胸ですね。お仕置きが必要だと判断しました」

「ちょ、ちょっとまってステラ様っ! 死んじゃう。今『あれ』をやられたら死んじゃいますっ」

「うるさいですね。こっちに来てください」


 ステラは生命力を消費してヘロヘロになったコルネの手を引くと、奥の小部屋に入っていった。


 次の瞬間──。


「いやあああああああああああああああ」


 そんな絶叫が聞こえてくるが、ルナは二人を無視してスレイクの元へ駆け寄った。


「だ、大丈夫か?」


「くっ……。俺の顔が怖いというのは分かっていたが、扉を開けただけで殺す気満々の魔法がうたれるとは思わなかったぞ」


 地面に膝をつき、大きく肩を揺らすスレイクはルナを見上げてそう言った。

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