天才錬金術師の本領
#1背中に残る傷
「起きてくださーい。起きろー」
朝から耳元の近くで女の子の声が聞こえてきた。
数日前のルナなら泣いて喜んでいただろうが、今のルナには少々鬱陶しく聞こえていた。
「うるさい……。こっちは床で寝てるんだよ。満足に寝れない~。もう少しだけ。……くぅくぅ~」
再び寝息を立てルナは眠りの世界へ旅立った。
しかしルナの枕元に立っている少女は諦めず、ルナを揺さぶる。
「ルナー。起きてください! 楽しい朝ですよー。……起きないと脇をくすぐるぞー。起きてくださーい。……仕方がないっ。──お面装着!」
枕元でそんな声が聞こえたので、ルナは薄っすらと、瞳を開いた。
目を開くと、ルナの目の前には鬼がいた。寝ぼけたルナにはそれが本物の鬼に見えてしまった。
「うわあああああ!」
ルナは反射的にビンタを鬼に叩きつける。
「ぐべっ!」
鬼は可愛らしい声を上げながら吹き飛び、顔から地面に落下すると、ヨロヨロとしながら上体を起こした。
「うぅ。ひどい。……ちょっと起こそうとしただけなのに……」
「あれ? その声もしかしてコルネか?」
「そうですよっ! ルナがどうしても起きないから起こそうとしたのに!」
コルネはフラフラと服についたホコリを払うと、恨めしそうにルナを見つめた。
「……なんでここにいるの?」
「勤め先に向かうのは当たり前」
「そ、そうだね……」
ルナはコクリと頷くと、顔を引きつらせながら錬金釜へ向かった。
「昨日、錬金銃の弾が無くなっちゃったし、作らないといけないのか……めんどくさ」
ルナは小さくため息をつきながら錬金釜の縁を擦る。
同時に玄関の扉が開き、ステラが入ってきた。
「あれ? ルナ。もう起きたんですか?」
「え、うん。おはよう」
「……」
ルナの朝の挨拶を無視したステラは、興味深そうに錬金釜を覗いているコルネに目を向ける。
「その子が昨日言ってた魔法使いの少女ですか?」
「あぁ。追い出したほうが良いか?」
「別に……。ふむ、彼女の魔力は平均的な女児の三十倍はあるようですね」
ステラはコルネをじっと睨みつけるように観察した後にそう言った。
その瞬間、ステラの話を聞いていたコルネがステラを睨みつけた。
「ちょっと! 私のどこが女児なんですか! どこからどう見てもナイスバディーの大人の女性じゃないですか!」
「……なるほど。魔力の調整する器官と頭が壊れていますね。ただ戦闘力だけはあるかと……爆弾と同じ様に使い捨てするのが最適ですね」
出会って僅か数十秒でそう結論づけたステラはコルネの頭をポンポンと叩いた。
子供扱いされたと分かったコルネは素早くルナの方を向く。
「る、ルナっ! 私、子供じゃないですよね?」
「え? コルネは子供だよ?」
「ばかぁ!」
怒ったコルネはルナへ向けて杖を振り回す。
「ちょっと胸が大きくて背が高くて可愛くて、スタイルがいいからって調子に乗らないでくださいっ!」
ヒートアップしたコルネは暴れ狂うように杖を振り回し、ルナはそれを避け続けた。
そのままルナはチラリとステラの方に視線を向け──。
「と、ところでステラっ。錬金銃の弾の錬成方法知ってるか?」
と、問うとステラはめんどくさそうな顔をしてルナの方を向いた。
「はい? 知りませんけど。どうしても知りたいならギルド長かスレイクに聞けばいいのでは? スレイクも錬金術を嗜んでいるみたいですし」
「そ、そうだな。ちょっと聞いてくるからコルネの面倒見ておいて」
ルナがそう言いながら玄関へ向かって歩こうとすると、コルネは更に声を荒げ始めた。
「私の面倒を見るってなんですか! 子供扱いかコノヤロー」
「うおっ! と、とにかく沈静化させておいてくれ」
ルナはしゃがみ込んでコルネの攻撃を避けると、そのまま逃げるように玄関から飛び出していった。
そして取り残されたステラはコルネの方を見ると、真顔で近づく。
「ルナに指示をされたので沈静化させておきますね」
「え……あの」
ステラが拳を握り込む姿を見てコルネは冷や汗を流し、後ずさる。
「お、大人しくするから許してくださいっ!」
「駄目です。とりあえず、あなたの素性を伺いましょうか? 仮の主とはいえルナの安全が脅かされると、奴隷である私の立場も危うくなるので」
そう言いながらにじり寄るステラにコルネは怯え、後ずさる。
しかし狭い部屋の中、逃げるにも限界がある。壁際まで追い詰められたコルネは引きつった笑いを浮かべた。
「な、何をするつもりですか?」
「荷物検査、性格検査、魔力検査、素性調査です。安心してください。悪いようにはしませんから」
「悪いようにされる未来しか見えないですっ! あ、あ。にゃあああああああああ」
コルネの絶叫が二階の家から響き渡った。
一方その頃。
「開いてますかー?」
ルナは鍵のかかったスレイクとシャリーのお店の扉をノックしていた。
すぐにドタドタと足音が近づいてきて、店の扉が開き焦った顔をしたシャリーが顔を覗かせた。
「い、いらっしゃいお客さん! ってルナさんじゃないですか。どうしたんですか?」
「おはよう。シャリーさん。スレイクはいるか?」
「はい。います。ちょっと待っててくださいね──スレイク! いい加減にトレーニング辞めてこっち来てー。ルナさん来たよー」
シャリーは店内に向けて大きな声でそう叫んだ。
しかしスレイクからの返事はなく、シャリーはルナに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。スレイクはこの時間トレーニング中だから。中で待っててくれます?」
「分かった。ところでスレイクってやっぱり何か武道とかやってるのか?」
「やってるというかやってたっていうのが正解ですねー。その名残りで未だにトレーニングをしているみたいですね」
そんな会話をしていると奥の扉が開き、上裸で汗をかき妙に艶めかしい姿のスレイクが店内に入ってきた。
スレイクの体は筋肉で引き締まっており、見た所筋肉のバランスは完璧だった。多すぎず、少なすぎない筋肉の量で、その体は一種の芸術品と呼んでも差し支えがないほどバランスが整っている。
実際、男の意識を持ったルナから見てもスレイクの肉体は見とれてしまう程完成されていた。
「お、おぉ。すげー」
「なんですか? ルナさんもスレイクみたいな人が好みなんですか?」
ルナは純粋に男としてスレイクを憧れた目で見ていたのだが、何を勘違いしていたのかシャリーはニヤニヤとした顔でルナの顔を覗き込んできた。
「は? 何いってんの? ないない」
「またまたそんなこと言ってー。スレイクの筋肉見つめてたじゃないですかぁ。実は今日見るんですよね?」
「違うって。あれほど整った肉体はなかなか見れないから、観察してただけだよ。というかシャリーは俺が男だって知ってるだろ」
ルナとしては完全に否定し誤解を解こうとしているのだが、傍から見れば完全なガールズトークとなっている。そんな会話を見ていたスレイクは気まずそうに頬を掻くと、ルナに声をかけた。
「それで? なんのようだ? 依頼品でもできたのか?」
「いや、錬金銃の弾の作り方が聞きたくてな。……というか先に服を着てくれ」
「あ、あぁ。すまない。急ぎの用だと思ってこのまま出てきてしまった。しばらく待ってくれ」
そう言って背を向けたスレイクの背中には、四本の爪で引き裂かれたような痛々しい傷跡が残っていた。
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