#8トラウマを植え付けられた

 仮の主と言いつつ、ここまでルナを守ろうとするのは彼女の『仕える種族』の本能のようなものだろう。

 主を守るためなら手段をいとわない。そんなステラの姿を見て、ルナは安堵のため息をついた。


「あ、ありがとうステラ」


 素直にお礼を言うルナは男らしさなど微塵も表に出さないかわいらしい姿だった。

 実際、ルナの正体を知っているステラでさえ、ルナの変化に驚き、敵と認識しているスレイクから目を逸し、ルナをマジマジと見つめた。


「ど、どうしたんですか? そんな女の子らしくなって。何か変なことされましたか? 理由次第によってはこの男、殺しますけど」

「銃……銃返して」

「銃?」


 首を傾げたステラはすぐにスレイクへ視線を戻す。そしてスレイクが握っているルナの錬金銃を見つけた瞬間、ステラは凄まじい速度で彼から錬金銃を奪い取った。


「ほ、ほら。ルナ。取り返しましたよ?」


 今にも折れそうなルナの態度を見て、なだめる様な接し方でステラは優しく錬金銃を手渡す。


「あ、ありがとう……。っていうか、店員がいきなり掴みかかってくるとかどうかしてるだろ。何だこの店っ!」


 ルナは錬金銃を手にした瞬間、水を得た魚のようにいきいきとスレイクに喧嘩を売り始めた。

 その姿を見てステラは──ルナから錬金銃を取り上げた。その瞬間再びルナは泣き出しそうな目をしてステラに手を伸ばす。


「銃……返して。銃がないと不安で……」

「……これは、相当なトラウマを植え付けられてますね。錬金銃を握ってないと精神を保てない……貴方何をしたんですか?」


 ステラはルナの錬金銃を握ったままスレイクの方を睨みつける。

 その瞬間スレイクが口を開くよりも早く、ずっと石化したように固まっていたシャリーが動き始めた。


「す、すみません。うちの弟が! ほらっ謝って!」

「い、いや。別に俺……悪いことしてないだろ? ちょっと聞きたいことがあっただけで」

「自覚ないかもしれないけど、あんたの顔って怖いのよ。スレイクの顔が目の前にあったら大抵の女の子は泣くどころか一生モノのトラウマを刻まれるに決まってるでしょ」


 そう言われスレイクはショックを受けたような顔をした。


「そ、そうか……すまない。ルナとか言ったな。悪いことをした」

「べ、別にいい。それより、銃……銃返して」


 ルナはスレイクの方など見ずにステラの手に握られた錬金銃を奪い返そうと手をのばす。


「あぁ。すみません。どうぞ、ルナ」


 ステラはシャリーとスレイクの話を聞いて状況を理解したらしく、むき出しにしていた敵意を引っ込めつつ、ルナに錬金銃を手渡した。


「あ、ありがとう……。というか護身用を銃なんだから勝手に俺から奪うなよ」

「……」


 ステラはルナの言葉を無視して、会話を続ける。


「そんなにこの男が怖かったですか?」

「いや、怖かったというか……うん。確かにそいつの顔は怖いよ。狩り殺さるかと思うくらいに。でも肩掴まれた時に抵抗しても全く動けなかったのが怖かったんだ。今のオレはそれくらいに非力なんだって気がつかされて……」


 ルナの話を聞きながらステラはうんうんと頷く。


「なるほど、それでしおらしくなっていたんですね」

「し、しおらしくっていうか……別にそこまで態度は変わってなかっただろ?」

「「「え?」」」


 ルナ以外の声が重なった。

 みんなの変な反応を見てルナは不安にかられる。


「え……? そんなに違ったか?」

「はい。別人かと思いましたけど……。もしかして肉体に精神が引きずられているんじゃないですか?」

「そ、そそ……そんな馬鹿な。そんな馬鹿な事あるか?」


 ルナは自分の両手を見つめて、細くなった自分の手をきゅっと握りしめた。


 するとそんなルナの行動を見てステラは指を指す。


「ほら、その行動もちょっと女の子っぽいですよね?」


 ステラの指摘にギクリと顔を歪ませたルナは必死に平静を取り繕いつつ、スレイクに背を向けた。


「いやいや、気の所為だって。これくらい男でもするし。ままま、まぁいいや。オレこの店の商品見に来たんだった」


 そう言いながらルナは全身の関節が固まったようなカクカクとした動きで店のドアノブに手をかけようとする。


「あれ? ルナ。帰るんですか? 商品見に来たんじゃ?」

「おっと。間違えた」


 ルナはすぐに踵を返して魔道具の商品が置かれた棚へ歩いていく。


「ルナ? 本当に大丈夫ですか? 錬金術で作られた商品を見に来たんじゃないんですか?」


 先程からちぐはぐな行動を取るルナに不安でも抱いたのか、本当に心配そうにステラは声をかける。

 ルナはゆっくりを首をステラの方へ向けると、泣き出しそうな声を出す。


「……ど、動揺しすぎて頭がまわらない。な、なぁやっぱり体に精神引きずられてるように見えるか?」

「……大丈夫じゃないですか? 少なくとも私にはルナの魂は男に見えますよ? 心まで女の子になってしまうと魂の色も変わりますからね」


 ステラが言った言葉を聞いてルナはほっとため息をついた。


「そ、そうか。そう言えばステラには人の魂が見えるんだっけ?」

「はい。だから安心していいですよ。ルナはただ、怖い顔の男に迫られて恐怖しただけです。要は混乱してるんですよ。落ち着けばきっと元通りだと思います。まぁ多少のトラウマは残るかもしれませんが」

「トラウマって?」


「それは──」

 そう言いながらステラは自然な動きでルナから錬金銃を奪おうとした。

 しかし、それに感づいたルナは錬金銃を宝物のように抱きしめ、ステラに背を向けた。


「わ、分かったよ。銃を取られると不安になっちゃうやつだよな。実戦しなくていいから」

「そうですか。その様子だとトラウマ確定みたいですね。情けない。男のくせにちょっと怖い思いしたくらいで銃から手を離せなくなるなんて。本当は男なんかじゃなかったんじゃないですか? ダサいですよ」


 アメとムチとはまさにこの事。突然罵倒してきたステラの言葉に傷ついたルナは、シュンと顔を伏せた。

 同時にルナの目の前にすっと青色のポーションが突き出された。

 見てみればシャリーが申し訳無さそうな顔をしながら、ルナへポーションを手渡していた。


「あの、これどうぞ回復のポーションです」

「なに気を使ってんだよ。……このポーションで一体なんの傷を癒せというんだよ!」


「いやぁ。聞いている限り何か大変な事情がありそうだったので。別に他意はないですよ? でも使ってください。多少は心の傷にも効果あるんで」

「ふん。どうだか……。どうせ誰にも俺の気持ちなんて分からないんだよ。突然性別を変えられて、そのまま訳分からない世界に投げ出された俺の気持ちなんて……平静を装ってるけどどれだけ不安か分かるか? 分かるわけないよな。オレだって昨日までそんな感情とは無縁だったし」


 イジイジとすね始めたルナを見てステラが小さくため息をついた。

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