#7姉弟喧嘩
店内には柵が立てられており、真ん中で部屋を二つに分断している。右側は様々な道具や不思議な色のフラスコなどが置かれていて、店の奥に錬金釜が置かれている。
そして左側にはアドルフが飲んでいた様なポーションや不思議な道具がたくさん置かれていた。
しかしどちらの店に置いている物も似たような道具であり、そこから錬金物と魔道具に違いが無い事が分かる。
錬金術を司る創造神であるロズウェルの信仰心が無くなる事にも納得ができる。
魔道具と錬金物で同じものが作れるのであれば、悪魔の儀式とまで呼ばれる錬金術を行使せずとも魔道具を使えば生活に支障はない。
だが、ルナが動きを止めた理由は不思議な店内の構造とは別にある。
それは錬金物と魔道具のお店の丁度中心、二つのお店を分割する柵が立てられている部分で二人の若い男女が取っ組み合いの喧嘩をしていたのだ。
「だ・か・ら! 錬金術なんて古臭いものは捨てて、この店を魔道具専門店にするべきなんだよ! スレイクは何も分かってない」
「いいや。そんな事は無い。ポーションに限って言えば錬金術製のポーションの方が細かいバリエーションを付けられてお客様のニーズに答えやすい。それに幻素、そして神素を使えば魔法薬を遥かに凌ぐ品質の物が作れる。それにこの世の法則を大きく逸脱させるようなものは錬金術でしか作れない。だから錬金術の店に統一するべきだ!」
どうやらこの二人は店の商品をどちらかに統一したいらしい。話の流れから察するに男の方が錬金術製の道具を売りたい人で、女の子の方が魔道具を売りたい人だろう。
しかしどちらも色違いのローブを羽織っており、ふたり共整った容姿をしている。おそらく兄妹だろう。
男の子の方は黒髪で年は一六、一七あたりだろう。
少女の方は桃髪のポニーテールで、年は少年と同年代だろう。
そこまでルナが推測していると、喧嘩中の少女はルナに気が付かないまま鼻で笑ったような声をだした。
「ふん。神素? それって神話に出てくる素材でしょ? 聖剣エクスカリバーとか魔剣グラムとかそういうの。あるわけ無いじゃん。そ・れ・にこの世の法則を大きく逸脱するような物が錬金術で作れるからこの世界に魔物が蔓延ってるんだよ? 分かってる?」
「うるさいぞ。錬金術の方がいいに決まってる! シャリーは錬金術が使えないから嫉妬してるんじゃないか?」
「は? 違うし。そもそも錬金術には将来性がないでしょ? 錬金術師は年々減少してるんだよ? どうやって商品仕入れるの?」
シャリーと呼ばれた少女の言葉が図星だったのか、スレイクと呼ばれた少年は顔を引きつらせて一歩後ずさった。
「ゆ、有能な錬金術師なら今から出てくる。その人から商品を仕入れればいい」
「だれ? そんな話聞いたこと無いけど?」
「……今から現れる──たぶん」
「多分って何! 子供みたいなこと言ってないで魔道具店にするの!」
「断るっ! 俺は母さんと同じように錬金術を発展させる! そのためならどんな事でもすると誓ったんだ」
スレイクは叫びながら店の扉の方へ顔を向け、そしてルナを見つけた。
「お客さん……か?」
「はぁ? お客さんなんてココ数ヶ月来てないで……しょ」
スレイクに負けじとシャリーは叫びながら顔に青筋を立て店の扉の方に顔を向けた。
「うそ……お客……さん?」
二人の注目を受け、我に返ったルナは踵を返す。
「あ、なんかお邪魔だったみたいなんで、オレ帰りますね。それじゃ」
ルナは流れる様な動きでドアノブに手をかけた──その瞬間二つの足音が凄まじい速度で近づいてくる。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って! い、いらっしゃいませ。お客さん。お見苦しい所を見せてしまってごめんなさい。何かお求めですか?」
シャリーは取り繕った笑顔をルナへ向ける。直前まで喧嘩をしていたせいだろうか? 頬の筋肉は未だにピクピクと動いている。
そんなシャリーを押しのける様にスレイクが前に出てきた。
「いらっしゃい。お嬢さん。何かお探し──ど、どうして銃を向けているんだ?」
「あ? オレのどこがお嬢さんなんだよ。どこに目をつけてるんだ」
ルナは衝動的に引き抜いた錬金銃を突きつけながらスレイクを脅し続ける。
「昔から女、女、女って人の性別を間違えやがって。いい加減にしとけよ。人の性別を間違えるとか常識に欠けてるぞ」
「いや……常識が欠けていると、現在進行系で拳銃突きつけている人に言われても困るんだが」
「うるさい。オレはオレの性別を間違えるやつを絶対にゆる──ひゃんっ」
ルナは突然背後から胸を揉まれ、その場にしゃがみこんだ。
胸を揉まれたショックで若干涙目になったルナは、しゃがみこんだまま胸を触った犯人を確認した。背後ではシャリーが自分の手をまじまじを見つめたまま固まっていた。
「女の子じゃん」
ポツリとシャリーはつぶやく。
その瞬間ルナは慌てたようにワタワタと手を振り始めた。
「ちちちちち、違うから。この体は違うんだよ」
「何が違うの? 女の子じゃん」
不思議そうにシャリーは首をかしげる。
女の子なのになぜ男と自称してここまで怒っているのか分からない、といった顔をしている。
そんなシャリーに状況を説明しようとルナはパタパタと手をふる。
「だ、だからこの体は──」
「こ、これは錬金銃!」
ルナの弁明をかき消すようにスレイクは大きな声をあげる。彼の瞳はルナではなくルナの足元に落ちている錬金銃に向けられていた。
スレイクは宝物を見つけたかのように体を震わし、やさしく地面に落ちた錬金銃を拾いあげる。
「錬金銃……魔法が発展する前には主流となっていた武器で、錬金術師以外には使用コストが高すぎて現存している物はほとんどない代物……どうして君が。もしかして君っ。錬金術師なのか?」
興奮をしたスレイクは銃を握ったままルナの肩を力強く掴む。そのあまりにもの気迫にルナは恐怖した。
同時に自分の知らない記憶、知らない恐怖の感情が胸の奥から爆発するように湧き上がる。
記憶にはないが男たちに襲われかけたという記憶。これは夢だろうか? だがその光景が脳裏を過ぎり瞳から涙がこぼれ始めた。
しかも男の時と比べ、大幅に落ちた筋力の代わりに身の安全を守っていた錬金銃は、今スレイクに握られている。──今のルナはただの非力な女の子、スレイクが本気で襲いかかってくれば成すすべがないまま滅茶苦茶にされるだろう。
それを察したルナは更に恐怖心を高め、全身を小さくカタカタと震わせる。その姿に先程までの『男らしい態度をとっていた元男』の姿はない。
「あ……えっと──」
牙を折られた獣のように大人しくなったルナは声を震わせながら、顔を俯かせ恐怖心を抑えるように自分の体を抱きしめる。
だがスレイクはルナの変化に気がつかず、興奮したままぐいっと顔を近づけた。
しかもよく見ればスレイクの顔は整っているものの、その瞳が獰猛で怖い。
スレイクの眼圧は幾千の戦場を戦い抜いた歴戦の戦士のように恐ろしく、例え彼に掴まれているのが屈強な男だったとしてもスレイクの眼圧に震えていただろう。
ましては今のルナは女の子の体。先程から抵抗しようと僅かに体を動かしているがピクリとも動けず、ルナは更に強い恐怖心を抱く。
「どうなんだ? 君は錬金術師なのか⁉」
「ひっ……ご、ごめんなさい」
別人のように肩を竦ませ大人しくなったルナはビクビクと震えたまま動かない。
そんなルナに痺れを切らしたのかスレイクは声を荒げる。
「ごめんなさいじゃない。錬金術師なのか? どうなんだ!」
「れ、錬金術師──の卵。みたいなかんじです」
ルナはどんどんと湧き上がる恐怖心や、不安な心に押しつぶされそうになり、瞳を潤ませた。
その瞬間、店の扉が勢いよく開き、飛び込むようにステラが入店してくる。
「やっと見つけました。ルナっ。今のあなたは女の子なんですよ。男の時みたいな気分で歩いていたら痛い目にあい──」
ステラはルナとスレイクを見て言葉をつまらせた。
この店にたどり着くまでにかなり走ったのだろう。お風呂上がりだったステラは汗をかき頬を紅潮させ、息を切らしていた。
そして、今現在ステラが探しにきたルナはスレイクに掴みかかられている状態であり、その姿を見た瞬間ステラは『遅かった』と顔を歪ませた。
そのまま目にも留まらぬ速度でルナとスレイクの間に割り込むと、すこしだけ敵意をむき出しにする。
「私の目の前でルナを襲おうとはいい度胸ですね。殺しますよ?」
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