#6ご奉仕の時間です

 ルナは脱衣所に戻るとそのまま座り込み、一ページ目から本を読み始めた。しかしそんなルナは自分が女の子座りをしている事に気が付いていなかった。


「ふむふむ……この世の物質は力素りきそ魔素まそ幻素げんそのどれかの要素を含んでいる。錬金術師は上記の要素を上手く扱い自らが欲する物を錬成する……か」


 元いた世界とは違う常識、違う法則

で動いている世界の内容。だが、なぜかルナはそれをあっさりと受け入れていた。

「なるほど……じゃあ力素、魔素、幻素の違いはなんだ? どっかに書いてるだろ──おっ。書いてあった」


 ルナはページを数ページ読み飛ばし、該当部分を見つけるとページをめくる手を止めた


「えーと。力素は魔力に依存しない原始的な効果を持つ素材。様々な種類の材料を組み合わせることで魔力に依存しない錬金物が作れる、か……」


 おそらく元いた世界に近しい物質のことだろう。アドルフに作った解毒剤も薬草と薬草を擦り合わせて作ったものだ。要するに漢方薬のような物に近いだろう。

 と、自分の中で解釈したルナはページをめくる。


「魔素……。魔力を含む素材で現実には起こり得ない効果を引き出せる。引き出せる効果は素材に依存する、か……」


 おそらくアドルフが飲んでいた青い液体。あれはポーションのようなもので怪我を一瞬で治したりする効果があるはずだ。あの液体こそが魔素を使って作った錬金物だろう。

 と、そこまで読み進めたところでルナの視線は、ページの端に書かれていた注意書きに止まる。


「魔素を元に作った薬は効果が一時的な物が多いので注意……か。一時的に力が増幅する薬とか?」


 ……それじゃあ幻素は一体どんな効果があるんだ? 薬を作る場合において力素は漢方薬、魔素は魔法薬と考えると、幻素では一体どんな薬が作れるんだろう?

 興味を持ったルナは──眼の前で、ほこほこと立ち上がる湯気をまとっているステラに睨まれている事に気が付かず本のページをめくる。


「幻素……魔素と違って効果は永続する。それ以外にも幻素は強力な効果を持つものが多い──こ、これだっ。幻素の素材で作った男性化薬を作ればオレは男に戻れるっ!」


 ルナは素早く幻素について書かれたページに細かく目を通す。

 すると、小さく注意書きが書かれている事に気が付いた。


「た、ただし……幻素を含んだ素材はほとんど見つからない。名の通り幻の素材⁉ ──クソッ。上手くいかないな……。だけど希望は見えてきた。うん。後は錬金釜の使い方さえ覚えれば……」


 ルナは目を休めようと顔を上げる。その瞬間、ほぼ全裸のステラと目があった。ステラはほこほことした湯気を体にまとっている為、光との関係で大事な部分を隠せている。


 しかし、僅かに赤くなった頬、しなやかな太もも、折れそうなほどに細いくびれた腰つき、女性らしい柔らかい体格、お尻から生えた金色の尻尾。

その全てがルナの瞳に映ってしまった。


「あっ……」


 慌ててルナはステラへ背を向ける。

だがルナの背後から怒気の混じった声が聞こえてくる。


「こっち向くなって言いましたよね? なんでこっち向いて本を読んでるんですか?」

「い、いやぁ……その。わざとじゃなくて、というかお前だって見られたくないなら風呂場に籠もってろよ。なんで出てきたんだよ」

「開き直りですか? ずっとバスルームに籠もってたらのぼせちゃうじゃないですか。私達の種族はそこまで暑いのに耐性があるわけじゃないんです」


 ステラの声と水気を含んだ足音が静かにルナの方へ寄ってくる。その音を聞いたルナは生命の危機を感じ背筋を正し、固唾を飲んだ。


「それじゃあ、忘れてください。『ご主人さま』ご奉仕の時間です」


 初めてステラがルナに対してご主人さまと言った。しかしその声色は背筋が凍る程に冷たく、ルナは凍りついた様に動けなかった。

 次の瞬間ステラの素早く振り下ろされたげんこつがルナの脳天に炸裂した。


「ぐへっ」


 地面に叩きつけられたルナはそのまま目をまわして伸びてしまった。


「ふん。たとえ体は女性でも心が男なら覗きは許さないですからね」


 そう言うとステラは伸びたルナを無視して、その場に座り込んだ。


 しばらくして──。


「ルナさーん。ステラさーん。服買ってきましたよー。ってあれ? ルナさん?」


 フィーネは気絶して地面に倒れているルナを見て目を丸くする。


「あぁ。この人は大丈夫ですので服をください」

「はい。了解です。じゃあルナさんには私が服を着せておきますね。それとステラさん。いくらルナさんが奴隷の態度に寛容だからといって、あまり大きな態度を取っちゃ駄目ですよ。ステラさんはルナさんの奴隷で本来もっと虐げられる立場にいるんですから……まぁ人のことは言えないんですけどね」


 フィーネはそう言いながら慣れた手付きでルナに下着を着させる。

 そんなフィーネを見ながら、ステラも新たな服を身に付ける。

派手な色ではなく、落ち着いたピンクと黒色のワンピースのような服だ。腰に可愛らしいベルトが付いており、ステラのくびれが強調されている。


 スカートは股下二〇センチくらいでしなやかな太ももは大胆に露出している。しかしそこへ長いニーソックスが合わさる事で彼女の太ももは隠される。


「まぁまぁですね……。それとルナに対しての態度ですけど、私これでも譲歩してる方ですよ。私の一族は古来から『仕える種族』と呼ばれていました。だから自分が認めた仕えるべき相手以外に従うなんてことは絶対にしないんです」


「へー。じゃあどうして抵抗していないんですか? いくら奴隷紋があるといってもルナさんの束縛力は弱いですし、もっと抵抗できると思うんですけど」

「……彼。いや、彼女に神聖な気を感じるから……ですかね。特に解毒剤を作っていた時とオークに銃弾を放った時に膨れ上がった様な気がして……懐かしさを感じたんですよね」


 ステラは遠い故郷を思い出しているのか遠い目をしていた。

 すると、フィーネはルナをチラリと見てすぐにステラに視線を戻した。


「神聖な気……ですか? 私の鑑定能力には特に引っかかりませんけど」

「神聖な気はそんなものじゃ見えないですよ。ともかく私はルナの神聖な気の正体について知らなくちゃいけないんですよ。だからそれが分かるまでは形だけですけど従います」


 ステラの意味深な言い方にフィーネは引っかかりを覚えた。


「ステラさん。分かっていると思いますが、奴隷が主を殺そうとすれば、奴隷紋は奴隷を殺しますよ?」

「分かってます」


 それだけ言うとステラはプイと背を向けた。

 同時に床に倒れていたルナが身じろぎして上体を起こし、いつの間にか服装の変わった自分の体を触る。


「痛ぇ……。ん? あれ? 服着てるっ」

「あ、ルナさん起きました? 着替えさせておきました」

 フィーネがルナの顔を覗き込みながらそう言ってきて、ルナの思考は停止した。

「え……」


 一瞬でルナの顔は恥ずかしそうに真っ赤に染まった。女の子に着替えさせられたのが余程恥ずかしかったのか、瞳からは僅かに涙が流れている。


「……恥ずかしすぎて死にたい」

「大丈夫ですよ。ルナさん。スタイルいいですし、可愛かったで──」

「うるさーい! 聞きたくない聞きたくない」


 ステラの話を遮ってルナは耳を押さえ首を振る。

 このまま黙って聞けばまだちゃんと見てもいない自分の体の様々な部分について、詳細に説明されかねない。

 そう思ったルナは耳を押さえたまま家から飛び出した。

 しかし家を出て僅か百メートル程度で膝に手をついた。


「はぁはぁ……思ったより体力ないな。この体……。しばらく帰るのも恥ずかしいし、街の探索でもしてみるか」


 そう言いながらルナは右太ももに巻きつけていたホルスターと錬金銃を確認する。


「よしっ。あるな……それにしてもこの服。露出が多くてあんま好きじゃないな。やっぱり最初に着てた服を着よう。何だよ、この服お腹出てるんだけど……二度と着ないぞ。ず、ズボンも小さいし、パンツ見えてるんじゃないか? 気のせいか……」


 ルナは自分の風貌をチラチラ確認しながら街を歩く。暫く歩くと錬金術ギルドの近くに来ていたことに気が付いた。

 錬金術ギルドの周辺には様々な店があり、その中には魔道具&錬金物店と書かれた看板の店があった。

 ルナはその看板に目を引かれフラフラと店の近くへ向う。


「ちょっと寄ってみるか」


 ルナは看板に導かれる様に店の扉を押すと、扉との隙間に体を滑り込ませた。


「おじゃましま~……」


 ルナが店内に入った瞬間、衝撃的な光景を目にしてルナの体は石のように固まった。

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