#5着替え中の侵入者
だがルナもステラもほぼ裸の状態。脱衣室に居るため、家に入ってきた人物に姿は見られていないが、二人共極限状態だ。
「ちょ、ちょっと! ルナ見てきてくださいよ。男ですよね」
「ふざけんな。絶対行きたくない。ルナが行って来いよ。奴隷だろ」
「嫌です。私はあなたを主と認めてないので絶対に行きません。行きませんからねっ」
二人はお互いに背中を向けあった状態で必死に嫌な役を押し付け合う。
と、その時ついに脱衣室の扉が開いた。
「あ、いました。ルナさん」
この世の終わりかと思うほど、絶望的な顔をしていたルナとステラの前に顔を覗かせたのは不法侵入者でもアリシアでも無く、フィーネだった。
「ふぃ、フィーネ? どうしてここに」
「えーと、ルナさんとステラさんが倒したオークの討伐報酬を貰ったので渡しに来たんですけど……お邪魔でした?」
ほぼ全裸姿のルナとフィーネを見たフィーネは気まずそうに頬を掻く。
しかし、ルナとステラはそれどころではなかった。
「た、頼む。その報酬で何でもいいから服を買ってきてくれ。寒いし恥ずかしいし、できるだけ急いでくれ」
「ルナ。私の服も買ってください。元々一着しか持ってない時点でこうなるのは時間の問題だったんですよ」
「そ、そうだな。フィーネ。頼むステラの分の服もなんでもいいから買ってきてくれ」
ルナは自分の体を恥ずかしそうに抱きしめながら必死にフィーネへそう言った。
すると彼女はニコリと微笑む。
「……いいですよ。その代わりルナさんに作ってもらいたい物が──」
「作る作る! 何でも作るから」
ルナは食い気味にそう叫ぶ。するとフィーネはニンマリと微笑みこう言った。
「分かりました。どんな服がいいか、ご所望は?」
「オレは何でもいい。けど動きやすくて男っぽい服で」
「わ、私も動きやすい服であれば何でもいいです……オークとの戦闘もあったのでもう魔力が枯渇しそうなんですよ。多分このままじゃ服が乾ききりません。できるだけ早くお願いします」
「はーい。じゃあ行ってきますね」
フィーネは鼻歌を歌いながらふらりと家から出ていった。
それを見送ってルナは大きくため息をついた。
「……というかなんでフィーネはオレの家が分かったんだ? 今ココに来たばかりなのに」
「ルナに依頼があったみたいですし、錬金ギルドで聞いたのでは?」
「なるほど……取り敢えずフィーネを待つしかないな」
「そうですか。じゃあ私、このままシャワー浴びるので入ってこないでくださいね」
ルナの背後でバスルームの扉が閉まる音が聞こえた。
すぐにシャワーの水音がルナのいる脱衣所まで漏れてくる。
「は? お、おい。オレも寒いのにお前だけ温まる気か? ずるいぞ」
「ルナはお風呂に入らないって言ってたじゃないですか。それに私、ずっと檻にいたので長いことお風呂に入ってないんですよ」
「……それは仕方ないな。……暇だな。フィーナもいつ帰ってくるか分からないし、寒いしやること無いし」
ルナは人差し指で床に丸を描きながら、ステラの入っていったバスルームを眺める。
その瞬間、再び玄関の扉が開く音が聞こえてきた。
「おっ。フィーネ来たか!」
ルナは自分が裸でいる事を忘れ脱衣所の扉を開き、玄関の方へ向かう。
同時にルナはアリシアが錬金釜と本を持ってくるという話をしていた事を思い出した。
だが、時既に遅し。一メートル程ある錬金釜はアリシアだけで持ってくるのは不可能だったらしく、数人の冒険者のような風貌をした男達がアリシアと一緒に家に入ってきていた。
「えっ……あ、いやああああああああああ」
ルナは自分でも女の子のような悲鳴をあげていると思いつつ、脱衣所へ走り、ドアノブを掴み力強く引き寄せた。
そのまま閉じた扉に背中を預け、しゃがみこむ。
「見られた。見られた。見られた。見られた」
自分でも女性となった自分の体を直視できないのに、それを赤の他人。しかも男に見られた事にショックを受けたルナは呪文を唱える様に同じことを呟き続ける。
すると、ルナが背を預けている扉が小さくノックされた。
扉越しにアリシアの声が聞こえてくる。
「なんだい? そんな悲鳴あげて。男だったら堂々としたらどうだい?」
「いや、だって体は女だし」
「ふん。まぁいい。錬金釜は大部屋の真ん中に置いておくからね。本も扉の前に置いておく。これを読んでしっかり勉強するんだよ」
本当の自分の祖母と錯覚するような優しい声でアリシアはそう言った。そして脱衣所の扉の前から足音が遠のくのと同時に足音がピタリと止まる。
「おっと。言い忘れていたことがあった。異性の体で遊ぶのもいいが程々にね」
「は? ちょ、ちょっと待て。違うからっ!」
誤解を解こうとルナは慌てて脱衣所の扉を開くが、ルナが扉を開いた時には玄関の扉は綺麗に閉まっていた。
部屋の中には先程までいた男たちはおらず、部屋の真ん中に魔法陣の描かれた円形の絨毯とその上に置かれた大きな釜だけが取り残されていた。
「あ……。べ、弁明させろぉぉぉ!」
ルナは一階まで聞こえるように大きな声を上げたが、声は部屋に反響するだけだった。
「く、くそぉぉ。とんでもない誤解が残っちゃった……ん? また誰か来たぞ? 今度こそフィーネかっ!」
ルナはフィーネを迎える様に脱衣所から飛び出した。
しかしそこに立っていたのは先程の錬金釜を持ってきた男達……。
咄嗟にルナは脱衣所に戻ったが、ルナの脳裏には男たちの表情がはっきり残っていた。
ニヤついたあの瞳と上がりきった口角。
「あ、あいつら……襲う気だっ」
ルナは脱衣所の扉に背を預け、開かないようにロックする。
だが、ルナが背にしている扉の前に男たちの荒い息が聞こえ、背筋が凍った。
「お嬢ちゃん。ちょっと出てきて俺達と遊ばないか?」
「ふざけんな。性欲が溜まってるなら娼館にでも行くんだな。オレはお断りだ」
「別に俺達はそんな事をするなんて言ってないだろ。もしかして興味があるのか?」
女の身になって初めて分かることもある。興味のない男たちに性欲をぶつけられるというのは言葉には形容出来ない気持ち悪さがあった。
「死ねっ! 興味ないって言ってるんだよ!」
「声が震えているぞ。怖いんだな? 出てきたら優しくしてやるぞ」
男たちに言われてルナは初めて気が付いた。力では絶対にかなわない男たちに襲われるその恐怖……足は痙攣したように震えていて、目の前に置いてある姿見に映った女の子は恐怖に顔を青ざめさせていた。
同時に背にした扉が強く叩かれ始めた。咄嗟に手を動かし、ルナは近くにある物を触る。
「こ、これはっ……錬金銃」
ルナは手にした錬金銃を抱きしめると、助けを求めるようにステラの方を向く。
しかしバスルームのドアには先程見た時には無かった魔法陣が展開されていた。
恐らく防音魔法のようなものだろう。先程まで聞こえていたステラのシャワーの音や鼻歌なども消えていた。
ステラの助けがないと分かると、ルナは一層恐怖心を高めた。
「……オレも男だ。やってやる」
男たちのドアへのタックルに合わせるようにルナは扉を開くと、錬金銃を一発放った。
「動くなっ! そ、それ以上動いたら頭をぶち抜くぞ」
「くへへへ。裸で出てきて、誘ってるんだろ?」
「違うっ! ここに来たばかりで身に纏うものがないだけだっ! というか忘れろっ!」
羞恥心、恐怖、怒り様々な感情が心の中で渦巻いていたルナは男たちへ発砲した。
乾いた銃声と共に男たちは崩れ落ちた。
「……うぅ。怖かった」
ルナはホッとした安心感により、筋肉硬直を起こし、その場に力なく座り込んだ。
それと同時に玄関の扉が勢いよく開いた。
動けないルナは恐怖で泣きそうになったが、そこに現れたのはルナの予想に反し、アリシアだった。
しかし、アリシアは先程までルナが話していたのと別人のような形相をしていた。
「お前達……。ウチの会員にとんでもない事をしてくれたね。死ぬほどの恐怖を与えてやろうじゃないか。今意識が無いことを幸せに思うんだね」
そう言いながらアリシアが手を叩くと、男たちの体はふわりと宙を浮いた。
その不思議な様子に特に驚く様子のないアリシアはルナの元へ歩くと、静かに頭を撫でる。
「すまないね。こいつらは私が処分しておこう。それとこれを飲みな。筋肉硬直が解ける。それから前後の記憶も多少は消える。強力なトラウマは残るが……」
アリシアはルナの口に錠剤の薬を飲ませると、そのまま立ち上がった。
しかし、ルナには何故目の前にアリシアがいるか分からなかった。
「ん? なんでギルド長が? 帰ったんじゃ?」
「ちょっとした忘れ物さね。そこの本でも読んでおきな」
そう言ってアリシアは男たちを連れその場から立ち去った。
「どういう事? ま、まぁいいか。これが錬金術の本」
ルナは脱衣所の前に置かれていた本を手に取り、パラパラと目に通す。
本に書かれていたのは見たこともない文字列の並び。
しかし、見たことも無いその文字列をなぜかスラスラと読めることに気が付き、ルナは驚いた。
「こ、これもあの老人……いや、老人じゃないんだっけ。あの創造神が勝手に読めるようにしたのか? まぁいいや、読めるなら暇だし読んでおくか」
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