#3多額の借金を背負わされた

 シュンと落ち込んだ様子のルナにステラが近づいてくる。


「ま、まぁ良かったじゃないですか。生きてて」

「良くないっ。何だよここ。本当に錬金術ギルドなのか? 内装はボロボロ、依頼はスカスカ、職員も依頼人も錬金術師と思わしき人もいないぞ」


 見渡してみれば綺麗だったのは外観だけで、長い間整備されていないのか施設は老朽化が進んでいる。案内板に貼ってある依頼の数は数枚程度しか無く、明らかに人が不足しているのが見て分かった。

 これが今の錬金術の扱い。錬金術が認められている国でもこれなのだから、他国はもっと扱いが酷いのだろう。

 そう思うのと同時に、ここまでボロボロな施設だと常にお金に困っている。だから多額の借金を背負わされるのでは──。

 そこまで考えた時、嫌な考えが脳裏を過ぎった。


「慰謝料として多額のお金を請求してきて最終的に娼館送りとかあるんじゃないか?」


 ルナが絶望的な顔をして震えていると、いつの間にか着替えた先程の女性がルナの方へ歩いてきた。


「そんな野暮なことはしないよ。あんたは錬金術師の卵だろう? だったら私達、錬金術ギルドのお客だ。精々その働きで慰謝料を払ってもらおうじゃないか」


 そう言った女性は綺麗な洋服に身を包んでいた。

 あまりにも早かったが魔法でも使ったのだろうか? そんな事をルナは思いながらコクリと頷いた。


「というか、どうしてオレが錬金術師の見習いだって分かったんだ?」

「ふん。この商売を初めて長いからね。錬金術の才能があるやつは一目見れば分かるさ。あんたすごい才能の持ち主だ。断言するよ。あんたはルナイズム・フォリエンス以来の才能の持ち主だ。私はあいつと知り合いだからね。間違いない」


 自信満々にそう言う女性、しかしルナは困った顔をしてこっそりとステラに耳打ちをする。


「……ルイナズム・フォリエンスってだれ?」


 ボソボソと聞いたルナに合わせステラもルナの耳に顔を近づける。


「先程話した魔王の核の製作者です。それからエーテルストーンとか、様々な常軌を逸する錬金物のレシピを作り出した稀代の天才錬金術師でもあります」

「ん? 魔王の核制作によって創造神の信仰が落ちぶれたのが数百年前。その数百年前の人と知り合いって事は……」


 ルナは改めて目の前の女性を見る。

 とても数百歳とは思えないピチピチとしたハリのある肌。緑の髪はツヤツヤで光沢を帯びている。

 肉体もたるんだ所はなく胸、腰、足、全てが完璧な魅惑的なスタイルをしている。


「なんだい? 私の年齢に違和感があるのかい? こう見えても私も錬金術師なのでね。老化を防ぐ薬で若いままの姿を維持しているんだ」

「へー。そんなこともできるのか。面白いな」

「ふん。錬金術の為に自分の性別を変えるやつほどじゃないさ」

「……ん? ──な、ななな、なんで分かるんだ⁉」


 ロズウェル⁉ あいつ神のくせにオレの元の性別もろバレじゃねぇーか。そんな心の叫びを読んだかのように女性は口を開く。


「しかし、相当高度な性転換だね。肉体に関しては男としての要素が全く存在していない。普通は多少痕跡が残るものだが、一体誰にやってもらったんだい?」

「や、やってもらったというか……やられたというか」

「やられた? という事は自分の意思じゃないということかい?」

「そうなんですか? ルナ?」


 緑髪の女性と具体的な説明を聞いていなかったステラは興味を持った様子で食い気味に聞いてきた。


「あぁ。この体はオレの意思じゃない。男に戻るためにここまで来たといっても過言じゃないくらいだ」

「ふむ……」


 緑髪の女性はルナの体を隅々まで観察すると、突然顔をあげルナにとって最悪の事実を告げた。


「無理だね」


 突然緑髪の女性に突きつけられた衝撃な事実にルナはぽかんと口を開けたまま固まった。

 女性が言ったことが理解出来ない。いや、理解したくない。

 そのまま放心する事約一分。放心状態のルナの顔の前で手が振られた。


「そんなショックを受けた顔をするんじゃないよ。ちゃんと説明するとそれくらい難易度が高いということだ。あんたの体は百パーセント女の体だ。男としての要素など微塵もない。つまり生まれつきの女性が男に性転換するのと同じ難易度ということだね」

「そ、それは難しいのか?」

「あぁ。魔法薬、錬金術で作る錬金物どちらにも言えることだが、永続的な効果を持つモノを作るのは極めて難しい。不可能といってもいいだろう」


 女性にそう言われ、ルナはがっくり肩を落とし、床に四つん這いになった。


「そ、そんな……」

「あんたの性別を弄ったのは相当力がある奴だね。他の奴があんたを性転換させていたなら、僅かに残った男の要素から元の体に戻れた可能性はあるんだが……。一体誰にやられたんだい。ここだけの話で誰にも漏らさないから話してみな」


 そう女性が言うが、ルナはそれを話して良いのか迷っていた。

 性別を弄ったのはこの世界の神。それも世界を救うためにここに来たなんて言って良いものか迷うのは当然だ。


「えーと……」


 言いよどんでいるルナを見てステラは心配そうにルナの顔を覗き込んだ。


「ルナ? どうしたんですか? 言えない様な人物なんですか?」

「ここでは話せない……かも」

「ふむ。それじゃあ私の部屋へ行こう。ついてきなさい」


 女性はそう言うとカウンターの裏の扉から奥へ向かう。ルナ達も慌ててカウンターに立つ受付嬢に挨拶をして奥へ向かった。

 カウンターの裏の扉を通ると、そこは少し長い通路になっており、通路の脇には部屋がいくつかある。

 しかしその部屋のどれにも女性は入らず、二階に続く階段を軽快な足取りで上がっていった。


 続けてルナ達も階段を上る。一階分の階段を上るとすぐに大きな扉があった。扉の前に掛けられたプレートには『ギルド長』と書いてある。

 どうやら女性はギルド長だったらしい。


「ほら、さっさと入りな」


 女性に促されルナ達が部屋に入ると、女性は既にソファーに腰掛け、煙管を吸いながらこちらを見ていた。


「ほら。反対のソファーに座りなさい。お茶くらい用意しようじゃないか」


 そう言って女性が手を叩く。すると部屋の隅に置かれていたポットとコップが独りでに飛んできて、ルナの目の前に飛んできたコップへ自動でお茶を入れ始めた。

 ルナとステラはそのお茶の前に腰を降ろすと、女性を見つめた。


「さて。すっかり忘れていたが自己紹介だ。このギルドの長アリシアだ。アリシアと呼んで良い。よろしくルナとステラ」


 どうやら既にルナとステラの名前は把握しているらしい。アリシアはお茶を飲みながら小さくため息をついた。


「それで? 誰にやられたんだい? 魔法にしろ錬金術師にしろ相当な手練であることは間違いないが……」

「……え~と。ロズウェルっていう……老人ですかね」


 ルナははっきりとこの世界の神を言わず話を少しだけ濁して伝えた。どうせこれでも伝わるだろうと思ったのだ。

 しかし、ルナとギルド長は知らないと言った様子で首を傾げた。


「老人? この世界の創造神ロズウェルは若い男神……名前を聞いた時はまさかと思ったが、老人なら名を語った別人だね」


 アリシアは顎に手を当て考察していたが、ルナはその話を聞いて戦慄していた。

 ま、まさかあのジジイ姿を偽っていたのかっ。姿を偽っていたという事は、おそらく創造神に会ったという事実を話して欲しくないという事だろう。

 考えてみれば当然でこの世界においてロズウェルは邪神とまで呼ばれる存在。そんな人物に会ったとなればルナの立つ瀬は無くなる。


 仮に記憶を読み取られる魔法などが存在した場合、そのままの姿のロズウェルがルナの記憶に残るとまずい事になる可能性がある。姿を偽っていた方がいくらか都合が良いのだ。


 そこまで考えてあの老人は姿を偽っていたのだと、今更ながらにルナは理解した。

 少なくとも完全に信用できるようになるまでこの話はしてはいけなかった。そう思ったルナは話を逸らすことにした。


「ま、まぁ二人共分からないならいいです。オレは男に戻ることを第一目標にするので、ギルド長。ルナイズム・フォリエンスは最終的に人体の性別を転換させる事は出来ていたんですか?」

「ん? あぁ出来ていたね」


 と、そこまで言ってアリシアはポンと手を叩いた。


「そうだね。君なら元の性別へ戻れるかもしれないねぇ。だがもっと簡単な方法がある。それはあいつが作った男性化薬をどこかから買うことだね。大量に作っていたからまだ市場にあるかもしれない。かなり値が張るとは思うがね」

「それだけ分かれば良いです。ありがとうございます。それじゃあ取り敢えず錬金術の資格ってやつが欲しいんですけど」

「あぁ。はいはい。あげるあげる」


 アリシアはあっさりそう言うとソファーから立ち上がり、執務机へ向かうと机をゴソゴソ弄って一枚のカードを持ってきた。


「ほら。ここに名前を書きな。それで錬金免許の取得完了だよ」

「え? あの……試験とかは?」

「あんたにそんなものは不要だろう? 才能があるのは私が認めてるんだ」

「でも、錬金術について知らないし、道具も……」


「それなら本と錬金釜をやろう──ルナ。あんた住処は?」

「無いですけど」

「じゃあ私の持っている空き家を貸そう。もちろん家賃は貰うがね。ついてきなさい」


 そう言ってアリシアは立ち上がると、そのまま部屋を出て一階へ向かう。


「ルナ。最初は檻に逆戻りかと思いましたけど、意外と順調ですね」


 ステラがルナの側に駆け寄ると僅かに微笑みながらそう言った。


「順調過ぎて怖いんだけど、というか頭に玉が当たった事お咎め無しなのかな? そっちの方も怖いんだけど」


 そうルナが言った瞬間アリシアはルナの方を向き、朗らかな笑顔を向ける。


「そう言えば慰謝料の話がまだだったね。金貨十枚でいい。慰謝料はお前さんの錬金術の報酬から天引きさせてもらうよ。ちなみに家賃は銀貨二枚でいい」


 そう言った瞬間、ルナではなくステラの顔からスッと血の気が引いていった。

 しかしこの世界の貨幣価値が分からないルナは首を傾げる。


「なぁ? 高いの?」

「高いの? じゃないです。なんで平然としていられるんですか? とんでもない額請求されてますよっ」


「へっ……?」

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