錬金術ギルドと姉弟

#1喧嘩上等

 大きな街が馬車の荷台にいたルナとステラにも見えてきた。


「おぉっ! 見てみろよ。ステラ。街だぞ。思ったより大きいな」

「ステラって呼ばないでください。何をそんなに騒いでいるんですか?」


 そう言いながら荷馬車の布の隙間からルナの見ている方向を覗くステラ。


「別に普通の街じゃないですか」

「そ、そうなの? ステラって街に詳しいのか?」

「私が街にいたのは悪徳奴隷商人に買われてからのことです。だから檻の中からしか街を見たことは無いですけど──。あとステラって呼ばないでください」


 馬車の中で数十分ステラと会話を続けたルナはステラの呼び方や扱いについて一つの結論にたどり着いていた。

 それは──遠慮しないこと。

 ステラと呼ぶなと言っていても結局ステラはルナの奴隷であり主には逆らえない。それにステラは怒ったり、嫌な顔をする訳でも無かったのでそのまま押し通す事にしたのだ。


 ──そもそもステラだって主であるオレを呼び捨てで呼ぶし、おあいこだろ? 

 そんな事を思いながらステラの注意を聞き流したルナはチラリとステラの表情を確認しようとした。

 しかし予想外にルナとステラの目がバッチリあった。

 ステラはずっとルナの事を見ていたらしい。


「? どうしたんだよ。オレの顔なんか見て」

「いえ、男の魂を宿しているのに体は女の子なので違和感が」

「そう言えばずっとそれ言ってるよな? ステラは人の魂の性別が見えるのか?」


「まぁ。性別が見えるというか……魂の色が見分けられるというのが正解ですかね? ともかくあなたは異質な存在に見えます。それに──」

 そこで言葉に詰まったのかステラは言葉を切った。


「それに? 何だよ」

「なんでも無いです。それで、そんな体になっている理由は教えて頂けるんですか? 男に戻るとか言ってましたけど」

「そうっ。オレは男に戻るために錬金ギルドに向かうんだ」


 世界とか錬金ギルドの再興とかどうでも良い! どうせ創造神の信仰心を取り戻すには錬金術が必要なんだ。そんなの後回しだ。

 そんな事を思っているとふと、ルナは忘れていた事を思い出した。


「そう言えば魔王の核とかがこの世界にあるって聞いたけど本当にあるのか?」

「はい? 変なことを聞きますね? ──そう言えば記憶喪失? なんでしたっけ? その割には──」


 フィーネとの会話を聞いていたのだろう。ステラは唐突にそう切り出すと言葉をきった。


「な、なんだよ?」

「なんというか……。この世界の事情だけ知らない。みたいに感じるんですけど、本当に記憶喪失ですか? 何か別の事情があって誤魔化してるんじゃないですか?」


 そもそも記憶喪失という誤魔化し方をして、この世界の様々な事を聞いているのに、『オレは男に戻る』と言っている時点で嘘を付くには無理があった。

 記憶が無い人間が自分の性別だけ頑なに主張しているのはおかしい。その違和感を的確にステラは突いてきた。


「そ、それは、今は答えられない。だけどそうだな……オレはこの世界の事情を知らないのは事実だ。だから魔王の核について教えてくれ」

「はぁ。仕方ないですね。魔王の核は全ての魔王の根源。魔物の根源。とある錬金術師によって生み出された最強最悪の錬金物です。そのせいで創造神ロズウェルの信仰は地に落ち邪神とまで呼ばれるようになりました」


 そう言えばあの老人の名前を知らなかったな。ロズウェルって名前だったのか。

 ルナはそう思いながら複雑そうな表情をしているステラの話を聞き続ける。


「魔王の核は今どこにあるか分かりません。各地で出現が確認されているので移動しているのかもしれませんね。まぁ魔王の核が発見された地域には魔王が出現して滅ぼされるのでロクに情報が集まらないですし」

「ふんふん。ところでそのとある錬金術師ってやつはどうなったんだ?」


「失踪したらしいです。逃げたのか、それとも自ら生み出した魔王に殺されたのか──彼女の家には魔物の王。魔王が鎮座していたそうです。そして魔王は討伐されました」

「なるほど……じゃあ実際魔王の核について分かっているのは、魔王の核が発見された地域は滅ぼされる。魔王は一体じゃない、くらいか?」


 そこまで情報は集まっていないんだな。

 ルナはそう思いながらステラの話をまとめた。


「はい。あとはよく分からない病気が広まってるとか聞いたことはありますね。内容は私も知りませんが」


 そう言えばあの老人、ロズウェルも病気が広がっているとか言っていた。この世界の住人であるステラが知らないということはあまり知名度の高くない病気なのだろう。

 そう判断したルナは話をきり、再度近づいてきた街を見つめた。


「もう街に着くな。降りる準備をしておこう。忘れ物は?」

「……奴隷に持ち物があると思いますか?」

「そうだな……ごめん」


 ルナが軽く謝ると同時に馬車は速度を落とし始めた。

 やがて馬車が停止すると運転席から降りてきたアドルフとフィーネが荷台に近づいてきた。


「ルナさん。アメリトに着きましたよ」

「おっ着いたか。色々とありがとうございました」

「いえいえ、また御用がありましたら奴隷商アドルフの店までお越しください。ルナさんには安くしておきますよ」

「あはは。ありがとうございます」


 絶対に奴隷を買うような用事は無いだろうと、ルナは思いながらお礼を言うと馬車から降り、街を見渡した。


 街は全域にわたり石畳の床が敷かれており、歩きやすい様に舗装されている。道路の脇には様々な店や建物が乱立しており、ひと目見て栄えている街なのだと分かる。


 すこし大通りを外れると街を二分している大きな川が見える。川は透き通る様な綺麗さで、川に沿って様々なお店が立っているので少しだけワクワクとしてしまう街の景色となっている。


 更に道の至る場所に街灯が立っており、街灯の中には宝石のようなモノが入っている。電球みたいなものだろう。


「なぁ。この国って錬金術が栄えているんだよな?」


 ルナはステラにこっそりと聞いてみた。すると彼女は静かに首を横に振った。


「いえ、他国との関係上表立って錬金術を使える訳ではありません。ただ街の至る場所に立てられた街灯であったり、家の中にある家具。そしてこの国を動かすためのインフラは錬金術によって作られた道具で機能しているので、この国は錬金術を捨てられないだけです。錬金術を使うのであれば錬金ギルドで資格を取る必要がありますね」


「そ、そうなんだ……ちなみに無断で使うとどうなる?」

「教会騎士が取締に来るんじゃないでしょうか? 多分その場合殺されますね」


 あっさりとステラはそう言った。同時にルナはアドルフを治すために錬金術を行使したことに対してゾクゾクッとした寒気のようなモノを感じた。


「そ、そうなんだぁ……ところでなんでこの国は他の国に潰されないんだ? その協会騎士? が国を襲ってもおかしくないんじゃ?」

「この世界は創造神ロズウェルが作った世界で錬金術によって発展した世界です。今は魔法によって錬金術の代替をしていますが、所々錬金術がないと成り立たない部分があるんですよ」


「というと?」

「超エネルギー物質、エーテルストーンです。一国のエネルギー事情をそれ一個で解消するような膨大な魔力を生み出すエーテルストーンは錬金術によってしか作れないんです。そして錬金術を禁止した国でもエーテルストーンは必要。すなわちこの国には泥を被ってもらわないといけない、ということですね」


 どうやらこの世界、錬金物の生成を禁止している国があるだけで使用自体は禁止されてないらしい。そしてこの国トヴァルム王国はエーテルストーンを作る事で他国との関係を維持しているらしい。


「なるほど、だからこの国を目指せって言ってたのか」

「誰がですか?」


 ルナの独り言を聞いていたステラは不思議そうに首を傾げた。


「いや、なんでも無い。ところでステラは結構詳しいんだな? 奴隷だから今の世界情勢についてそこまで知らないと思った」

「私の一族は森の奥深くに住んでいるんですけど、いつか来る時の為にと現在の情勢について子供の頃からかなり教え込まれていたので、ある程度知ってます」

「なるほどね」


 ルナは納得顔をしながらアドルフ達の見送りを受けつつ店から離れた。

 そのまま二人はぶらりと錬金ギルドを探して街の中を探し始めた。


「うーん。広いな……人に聞くしか無いか?」


 ルナが独り言を呟いた直後、いかにも遊び歩いていそうなナンパ男がルナとステラに目をつけた。

 ナンパ男はステラも驚く程の自然な動きでルナ達へ接近すると、キメ顔を向けてきた。


「おっと。そこのお嬢さん達どこに行くんだい? 俺と遊ばないか?」


 そこからのルナの動きは速かった。

 オークとの戦闘で凄まじい動きをしていたステラでも見失う程の速度でルナが動いたかと思うと、次の瞬間には男の懐に入り、顔に錬金銃を突きつけていた。

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