#6真価を発揮した少女

 不貞腐れたようにそう言う少女を見てルナの内心は大荒れだった。


 ──どどど、どういう事⁉ なんでオレが男ってバレてんだ? 今のオレはどこからどう見ても女の子。話し方と態度以外男要素なんて皆無なのにっ。……明らかに確信を持ってオレを男って言ってたよな?


「お、オレはともかく君だって名乗ってないし、似たようなもんだろ。それにオレは性別を偽ってるつもりはない。ちゃんと男に戻るつもりだ。そのために錬金術を習得しようとしてるんだからさ」


「……何か事情があるみたいですね。まぁ良いです。──私はステラ・ディヴィニス。ステラと──呼ばないでください」

「呼んじゃ駄目なのかよ」

「当たり前です。私の名前を呼んで良いのは私が認めた本当の主だけです。少なくとも今のあなたには名前を呼ばれたくありません」


 そう言って腕を組んだステラはプイッとルナから顔を逸した。


「じゃあなんて呼べば良いんだよ。ステラさんとかステラ様とか呼べば良いのか?」

「良いですね。ステラ様。それでいきましょう」

「良くないっ! 主従逆転してんじゃん」

「なんですか。女々しい人ですね。魂は男のくせに、男なら素直に男らしく私をステラ様と呼んだらどうですか?」


「……ス、ステラ……ステラ様」


 ルナが不満げにそう言った瞬間、馬車が急停止した。


「うわっあああ!」

「きゃああああっ」


 ルナとステラの二人は慣性で馬車の中を転がる。

 馬車が完全に止まった時にはルナとステラはこんがらがって檻に激突していた。


「ちょっと! 私に触らないでください。この痴漢っ!」


 ステラに抱きつくような格好で目を回しているルナをステラは押し飛ばす。

 そのままルナは吹き飛んで床へ倒れピクリとも動かなくなった。


「あ、あれ? ……ルナ?」


 慌ててステラはルナへ這い寄り、体を揺する。

 すると目を回していたルナはぼんやりと目を開いた。


「ん……。ゆ……め?」

「夢じゃないです。事故ですよ。ほら早く馬車から出ますよ」


 何だかんだ面倒見が良いのだろう。ステラは虚ろな瞳をしているルナを引きずって馬車から外に出た。

 二人が馬車の外へ出ると、見上げるほど巨大なオークが大きなこん棒を持ち、地響きを立てながら近づいていた。


 先程まで檻の中にいたステラはフィーネが『この道、強い魔物の出現が確認されているので早く離れたいんですよ』と言っていたのを思い出した。

 どうやら目の前のオークがその強い魔物らしい。仮の主とはいえ死なれると目覚めが悪い。助けなければ。

 そう思ったステラはルナを揺さぶる。


「ルナ。起きてください。──駄目ですね。完全に目を回しています。……仕方がない。仮とは言え主従を交わした主……お守りします」


 ステラはルナを近くの岩場に隠すと立ち上がり、近づいてくるオークを静かに睨みつけた。

「さぁ。戦いの時間です──来なさい化け物」


 ステラは己の尻尾を逆立てると、次の瞬間その場から消えるように移動し、オークの背後に現れた。

 その動きは少女のものというより、オークと同じ化け物の動きだった。攻撃を加えてはその場から消え、消えたかと思うと出現し的確に急所をつく。


 ステラに生えた鋭い爪はオークの硬い肌を切り裂き、真っ赤な花を宙に咲かせる。

 五分程度経った頃だろうか? オークは体の至る部分には裂傷が出来ており、かなり弱った様子になっていた。


「大きいのは体だけみたいですね。これなら余──」


 油断していたステラはオークの振ったこん棒に直撃して、そのまま大きく弧を描き吹き飛んだ。

 そのままステラはルナを隠した岩場の近くの地面に強く体を打ち付けた。


「かはっっ! ──くっ……ま、まずい。体がっ」


 ステラは衝撃で動きの鈍った体を必死に起こそうとするが、衝撃で体の動きが鈍ったのか足は震えて動かない。


「グルオオオオオオオオオオオオオオ」


 傷つきボロボロになったオークは怒り狂い、トドメと言わんばかりにステラに向かってこん棒を振り下ろした。

 その瞬間──バンッ! 炸裂音のような音が響いた。


 同時に地響きを立てて膝からオークは地面に倒れた。倒れたオークの頭部を見れば銃弾で貫かれたかのような穴が空いている。

 そしてモクモクと舞い上がった土煙の中から一人の少女の影がステラに向かって近づいてきているのが見えた。


「おー。意外と良い威力してるな。錬金銃だっけ?」


 呑気な声を出しながら土煙の中から顔を覗かせてきたのはルナだった。彼……否、彼女の右手には金色のリボルバー銃が握られており、その銃は宝石の様な輝きを放っている。

 そんなルナを見てステラは口をぽっかり開き、驚いた顔をしたまま固まった。


「る、ルナ……いつの間に」

「ステラ……さn。コホン。ステラが時間を稼いでる間にアドルフさんに貰った。錬金銃っていうらしいぜ。なんでも込める弾薬によっては魔法発動と同じことができるとか」


 ルナは手にしている銃を自慢気にステラへ見せつける。するとステラは静かに首を横に振った。


「いえ、それは知ってます。それよりもルナは気絶してたんじゃないんですか? どうしていきなり戦闘に参加したんですか? 死んだふりですか?」

「衝撃で一瞬、意識が飛んでただけだよ。すぐに意識を取り戻して助けに行こうと思ったけど、アドルフさんに止められてこれ渡された」


 そう言って再度、錬金銃を見せると、そのまま足に装着していたホルスターに錬金銃を収めた。


「ふんっ。助けるのが遅いですよ。女の子に一人戦わせるとか男として恥ずかしくないんですか? それじゃあまだ貴方を主とは認められませんね」


 そうは言うがステラのルナへの態度はごく僅かに軟化していた。そのまま彼女はルナが気が付かない程、僅かに微笑むと静かに馬車へ戻っていく。

 同時に遠くで隠れていたアドルフとフィーネがこちらに歩いてきた。


「いやー。またまた助けて貰ってしまいましたね。護身用に錬金銃を持っていたのですが、正直フィーネの魔法の方が優秀で使う機会が無くて、戦闘を押し付ける様な形になってしまってすみません。約束通りその錬金銃は差し上げます」


 アドルフはルナに近づきながらそう言った。


「ありがとうございます。っていうか……ステラがすごく強いんですけど、あれって普通なんですかね? 動きが見えなかったんですけど」


「私も驚きました。一般的な狐族の運動能力を遥かに上回る身体能力。もしかしたら彼女は九尾族なのかもしれませんね」

「九尾族?」


 キュウビといえば九つの尾を持つ妖怪。しかしステラの尻尾は一本しか無い。キュウビと呼ばれるには程遠い。まだ子供だから尻尾の数が少ないのだろうか?

 そんな不思議そうなルナの顔を見てアドルフは口を開いた。


「ステラさんが九尾族かどうかは置いておいて、九尾族は保有する魔力の多さや強さによって尾の数が増えていきます」

「えっ……ステラの尻尾は一本しか無いけど……。もし仮に九尾族だとすると──」

「えぇ。まだ本来引き出せる力の半分も出していない事になりますかね? しかし仮に彼女が九尾族であるなら主従関係に関して口うるさいのが引っかかりますね」


 アドルフがそう言うと、その隣にいたフィーネが一歩前に出て口を開いた。


「九尾族であれば自分より弱い人を絶対に主と認めません。なのでステラさんの『今はまだ認めない』と言った態度に私も違和感を覚えています」


 九尾族が自分より弱い人を絶対に認めないのであれば、確かにステラの態度はおかしい。今の話しが本当だとするとステラが九尾族である可能性はほぼゼロだろう。

 アドルフとフィーネの会話を聞きながらルナはステラの方を見つめた。──ステラは馬車の中で大きくあくびをしていた。


「……ところでステラが奴隷とは思えないほど反抗的なんですけど、大丈夫ですかね? 夜中に暗殺とか……」

「奴隷紋は主の許容できる範囲までの行動しか奴隷に自由を与えません。あの娘があれだけ自由に行動出来ているという事はあなたの心がそれだけ広いということです。あなたが死にたくないと思っているなら殺される事はありません」

「そっか。なら良かった。なんとかステラとやっていけそうだよ」


 ルナがそう言うのを聞くと、アドルフは満足気に何度か頷き、馬車の運転席へ戻って行った。

 しかし、馬車に乗り込む前にルナの方を振り向くと、アドルフは微笑みながら口を開いた。


「反抗的な態度も時間の問題でしょう。あなたの人の良さならいずれ彼女もあなたを主と認めると思います。それまでは彼女を信じて優しく接してあげてください」

「わ、分かった。……それじゃあさっさとここから離れようぜ? 死んでいるとはいえオークの巨体が近くにあるのは恐怖心を煽られる」


「えぇ。では馬車に乗ってください。もうすぐアメリトに着きます。そのオークの死体は後で冒険者ギルドへ運ぶので討伐報酬を後から渡します」

「分かった。一文無しだから助かる」


 ルナは軽く頭を下げるとステラの入っていった馬車の荷台へ戻って行った。

 その様子を見てフィーネがアドルフの方をチラリと見てこう言う。


「ご主人さま。よろしかったのですか? あのステラさん。売れば一生遊んで暮らせるくらいのお金は手に入ったかと、それに錬金銃も……実戦では魔法に劣るとはいえ、貴重さだけなら九尾族に匹敵する貴重品ですよ?」


「人を売って儲けたお金で豪遊するつもりはないですよ。私が奴隷を売るのは酷い扱いを受ける奴隷の数を減らすためです。そして錬金銃を渡したのも同様の理由です。錬金術の才能があるルナさんなら錬金銃の機能を最大限に引き出せると思いますしね。──さて、さっさとアメリトへ向かいましょう」


 アドルフがそう言うとフィーネは静かにうなずいた。


「ご主人さまがそれでいいなら構いません。それじゃあ馬車に乗ってください。馬の操作は私が行います」


 そう言って二人は馬車の先頭に乗り、馬車を動かし始めた。

 動き始めた馬車の道の先には大きな街が一つ見えていた。

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