#5奴隷契約

「お金が無いのに何もない道に立っていた事自体おかしいですし、やっぱり魔力の使い方が分からないのもおかしいです。どんな田舎町に住んでいたって魔道具の一つや二つはあるものです。魔力の使い方を知らないって変ですよ」


 どうやらこの世界、魔道具によって生活の質を上げているらしい。魔力の使い方を知らないのは記憶がないと断定されるほど致命的な事のようだ。

 軽率に魔力の話を振ったのは間違いだった……そう思っているとフィーネは話を続けた。


「それに色々常識的な事を知らないみたいですし、話し方も男勝りで到底女の子の話し方とは思えません。意識を取り戻した時に変な男が側にいたせいで身についちゃったんですね?」


 いつの間にか可哀想な人を見るような哀れみを目で見られていた事に気が付いたルナは都合がいいのでフィーネの話に乗る事にした。


「ま、まぁそうなんだ。実はあんまり覚えてない。名前くらいかな? 覚えてるの」

「やっぱり」


 フィーネは納得顔をすると、何かを思い出した様に唐突に立ち上がった。


「あっ! 私は馬車を動かすのでルナさんはご主人さまの様子を見ていて貰えますか?」

「え、うん……」

 話を深堀りされると思っていたルナは拍子抜けして固まる。


「すみません。この道、強い魔物の出現が確認されているので早く離れたいんですよ。詳しいお話は後で」


 そう言ってフィーネが運転席へ向かうのをしばらく眺め、ルナは動き出した馬車の揺れに耐えるため、奴隷たちの入った檻につかまった。

 しばらく馬車の激しい揺れ方に翻弄されていると、ルナは自分が掴んでいる檻に入れられている少女に冷たい視線を向けられていた事に気がついた。


「……チッ」

「えっ……ご、ごめんなさい」


 檻の中の少女に突然舌打ちされたのでルナは檻から手を離し、舌打ちをしてきた少女の姿をチラリと伺う。


 ──檻の中には獣がいた。

 否、檻の中にいた少女は獣のように鋭い眼光を光らせ静かにルナを睨みつけていた。


「す、すみません」


 ルナは逃げるように這って少女から離れた。その瞬間ルナの近くに寝ていた小太りな男性。フィーネの主、アドルフが静かに体を起こした。

「ぬあっ! ……びっくりした」

 ルナはアドルフが起き上がったことに驚いて、飛び上がった。

「けほっ。けほっ。すみませんねぇ。その娘、家族に裏切られて人間不信なんですよ。よく見ればかわいい娘ですよ」


 そう言いながらまだ辛そうなアドルフは静かに近くの檻へ背中を預けた。


「お、おい。大丈夫なのか? もう少しゆっくりしておいた方が……」

「えぇ。毒のせいで体内はボロボロですが、毒素は抜けたかと……。後はこれを飲めば──」


 そう言ってアドルフは懐から青い液体の入った試験管のようなモノを取り出し、一気に飲み干した。


「……これで体内の傷は治りました。──コホン。改めましてフィーネの主のアドルフです。意識朦朧としながらも話は聞いていたので状況は知っています。フィーネとは別に私からもお礼がしたいのですが……」


 回復効果のある薬を飲んだのだろう。アドルフの顔色は既に健康そのものと言ってもよいほど血色が良くなっていた。


「お礼ですか……」

「えぇ。聞いた限りあなたも色々大変そうですし、一人奴隷をプレゼントいたしますよ。せっかくですし、その娘とかどうです?」


 そう言ってアドルフは先程ルナを睨みつけてきた少女を指差した。

 檻の中は暗くて姿形はあまり良く見えないがこちらを睨んでいる事だけは分かる。


「あの……。こっち睨んでるんですけど?」

「その娘は狐族の娘ですね。家族に捨てられ悪徳奴隷商人に競売に掛けられていた所を買いました。そのため重度の人間不審です。狐族の種族柄、主に対しては温厚かと思いますが……」

「いいのか? 他の奴隷商人から買ったという事はオレがただで貰ったら損するだろ?」

「いいんですよ。あなたは命の恩人ですからね。死んでしまってはどれだけ財産を持とうが意味はないんです。だから貰って頂けるならありがたいです。ただし、一つだけ条件があります。奴隷商人が言うことではないのですが、彼女を幸せにしてやってください」


 アドルフ。おそらく彼は奴隷商人という商売をしている人間の中ではかなり人格の良い人間なのだろう。

 彼の言葉の節々からそれを感じとったルナは少しだけ微笑むと頷いた。


「あぁ。分かった。彼女を傷つけるような事はしない」

「ありがとうございます。では主従契約へ移りましょう」


 アドルフは慣れた様子で檻の鍵を開け、鉄格子の扉をゆっくりと開いた。

 ルナが檻の中を覗き込むと同時にアドルフが馬車の天井にぶら下がったカンテラのような物に明かりを灯す。

 すると、馬車全体の明るさが一段回上がり、檻の中がよく見えるようになった。


 ──檻の中の少女は神々しい金髪の少女の姿をしていた。

 年は今のルナと同じ程度──一五、十六くらいだろう。

 夜空に輝く金星のような金色の瞳。瞳の奥には幾何学模様の印がついている。


 すっと通った鼻筋と新雪のような白い肌。

 その少女は並外れて整った容姿の持ち主だった。初めてその姿を目の当たりにしたのならば、ルナでなくても目を奪われただろう。

 奴隷にしては上質な服を着ており、服越しであるが彼女の体つきも分かる。


 胸の膨らみはルナと同じ程度の胸、体の曲線は女性らしく、腰は折れてしまいそうなほど細い。

 健康でしなやかな足はつま先までスラリと伸びていて、尾てい骨あたりから伸びる金色の毛並みの尻尾は燦然と輝いている様に見える。


 そんな彼女に目を奪われたルナは、彼女が檻から出てくるまで固まった様に動かなかった。

 ルナだけ時間の流れから取り残された様な状態だったが、ふとルナは少女から自分が品定めされている様な目で見られている事に気がついた。


「え、え~と。は、はじめまして」

「……」


 なんとか会話をしようとするものの盛大にルナは無視をされた。


「あ、あれ?」


 もしかしてオレ……嫌われている?

 そんな事を思い少しだけ肩を落とすとアドルフが優しくルナの肩を叩いた。


「まぁ最初はこんなものです。さぁ主従契約を結びますよ。ルナさん。ちょっとお手を拝借」


 そう言ってアドルフは勝手にルナの手を取ると人差し指にナイフの先端を軽く刺した。


「痛っ」


 すぐに手を引いたルナは血がにじみ出る自分の指を見つめた。

 しかしアドルフはルナに構わず、落ち着いた様子でルナの血を足元に描かれた幾何学模様の魔法陣に垂らした。

 その瞬間魔法陣が強く輝き始める。


「なっ!」


 始めて見た本物の魔法にルナは目を大きくする。だが主従契約の儀式はまだ続く。


「さぁ。こっちに来なさい」


 アドルフは奴隷の少女に命令をする。すると少女は嫌そうに顔を歪めながらルナの前に跪き、睨みつけるように見つめてきた。

 奴隷の少女が魔法陣に入った事を確認したアドルフは詠唱を開始する。


「商売の神ヘキティアよ。この者達へ主従の関係を刻みつけ給え──」


 アドルフが横で何かを詠唱しているが、そんな事よりも魔法陣から放たれる光の粒子の綺麗さにルナは目を奪われていた。


 そして光の粒子は唐突に弾けルナの目の前にいる少女の首にアザのような物を刻みつけた。アザは首輪のような形で少女の首に刻み付いており、それはフィーネと同じ様な紋様をしている。

それを確認するとアドルフはルナの方を向いた。



「これで終わりです。ルナさん」

「あ、うん。ありがとうございます」

「いえいえ、それでは私は馬車の運転を代わってきます。ルナさんは奴隷と交流でもしていてください」


 そう言ってアドルフは馬車の運転席へ移動していった。

 そこから十分程度の沈黙の後、ルナは自らの奴隷となった少女を見つめ、気まずそうに口を開いた。


「……あの──」

「例え主従契約が交わされようと私は今のあなたを『本当』の主とは認めないです。姿も名前も偽っている『男』なんて信用できないですしね」


「……へ?」

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