#4錬成開始

「あ、ありがとうございます。それでは馬車に解毒剤の材料は揃えてあるので来てください」


 少女に手を引かれ馬車へ向かうと、馬車の荷台に中年の男性が真っ青を通り抜け土気色の顔をして倒れていた。

 息は浅くなっており、体温も低く、毒のせいで内出血でもしているのか床に血が散っている。


「お、おい。これ大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないです。ご主人さまが侵されているのはポイズンスネークの毒。死に至る致死毒です」

「そうか……それじゃあさっさと解毒剤を作ったほうが良さそうだな。どうやって錬金術を行使すれば良いんだ?」


 ルナは少しだけ焦った様子で問う。すると少女が大きな振り鉢とすりこ木のような物を突き出してきた。


「これは? まさかこれで解毒剤を作るのか? 錬金釜みたいなやつをイメージしてたんだけど」

「それは本格的な錬金術の場合です。今からやってもらうのは錬金術の基礎みたいなものなので──それとこれが解毒効果のある薬草です。後は実際にやって貰えば分かるかと」


 そんな投げやりな事を言われルナはいくつかの薬草を押し付けられた。

 ──漢方みたいなものか? これなら自分で作っても大差無いんじゃないか?

 そう思いながら薬草を受け取った瞬間、薬草の効能、最大限に効果を引き出す方法、薬草の鮮度、といった情報が脳裏を過ぎり一瞬でその情報を理解した。


「……これが錬金術の才能か? 薬草の事が手に取るように分かるんだけど」

「さぁ? 錬金術の才能を持った人自体が希少ですので」

「そっか。まぁこの分なら簡単に作れそうだ」

「ほ、本当ですか。良かった──ご主人さま。もう少しの辛抱です。今この女性が解毒剤を作ってくれますので」


 オレは男だ。心の中でそう叫びながらルナはすり鉢に受け取った植物の葉を三枚ほど入れた。


「刃物はあるか? この植物の根を切りたい」

「千切れば良いのでは?」

「いや、駄目だ。千切ると鮮度が落ちる……らしい」


 ルナがそう言うとすぐに少女はナイフを手渡してきた。

 それを使い植物の根を細かく刻むとルナはそのまますり鉢へ根を投入し、少量の水を加えるとそのまますりこぎで根と葉をすり潰した。

 しばらく擦り続けると緑色の液体が出来た。


「……あっ。失敗したかも」

「え? どうしてですか? 上手く出来てるように見えますけど」

「……多分魔力を込めないといけないんじゃないか? 魔力を使って二つの素材を魔術的に結合させなきゃ駄目だと思う。だけどあいにくオレには魔力の込め方が分からない。君に魔力を込めて欲しいんだけど」


 ルナはそう言って毒々しい緑の液体が入ったすり鉢を少女に突き出した。


「ま、魔力の使い方も分からないんですか? 今どき魔道具がないと生活なんて成り立たないのに……相当な田舎から来たんですね」


 魔力の使い方が分からないというのは、地球においての電化製品の使い方が分からないくらいの非常識さなのか? 

 そんな事を考えながら都合がいいのでルナは適当に少女の話に頷いた。


「あぁ。ほとんど人の出入りがない村でな。っていうかすり鉢、受け取ってくれない?」


 ルナは一向にすり鉢を受け取らない少女へ再度すり鉢を突き出す。


「じゃあ私が魔力を込めるのであなたは調合を続けてください」


 そう言って少女はルナからすり鉢を受け取ると手をかざした。その瞬間温かい風のようなモノが吹き抜ける。


「これが魔力……。温かいな」

「そう言って頂けるなら嬉しいです。魔力の波動は人それぞれなので、魔力の波動でその人の性格が分かるらしいですよ。ですから温かいと感じて頂けたのであれば、ありがたいです」


 そう言って微笑みながら少女は魔力を注ぎ続ける。

 しばらくすると液体が虹色に輝き始めたのでルナはすぐにすりこ木で液体を混ぜ始めた。

 そして虹色の光が一層強く輝いた瞬間、毒々しい緑色をしていた液体は薄く綺麗な黄緑色へと変化した。


「おぉ~!」


 初めての錬金術の成功にルナは目を輝かせて喜ぶ。

 その姿は男というより、好奇心旺盛な一人の少女だった。そんな姿をしていると俯瞰して自認したルナは気まずそうに顔を歪め、咳払いをした。


「コホン。ほら。解毒剤だ。最初に半分。一時間後にもう半分飲ませてくれ」

「あ、ありがとうございます。──ご主人さま飲んでください」


 そう言いながら少女が自らの主に解毒剤を飲ませている姿をルナはぼんやり眺める。


「それじゃあ謝礼を貰おうか。オレ色々困ってるんだよ」


 そう言うと少女は静かにルナの方を向いた。


「分かりました。私が渡せるものといえば──私の体でしょうか……でもあなたは女性ですし……そっちの気はありますか?」

「そっちの気というか……」


 男だし普通に性対象は女性なんだけど……。

 そう思いながらルナは後ろ頭を何度か掻くと小さくため息をついた。


「じゃあ取り敢えず名前を教えてもらっていいか?」

「え? な、名前ですか? フィーネって言いますけど、他人の奴隷の名前なんて覚えても仕方ないと思いますよ? ちなみにご主人さまの名前はアドルフです」


 そう言いながらフィーネは解毒剤が効いたのか少し顔色が良くなったアドルフに優しい目を向ける。


「オレはルナだ。ルナ・クレエトール」


 自然と口から出た名に違和感を覚えながらルナは自己紹介を終え、なぜか不思議そうな顔をしているフィーネを見つめた。


「どうしたんだ?」

「いえ、クレエトール……何処かで聞いた気が」

「へ、へ~」


 ルナは適当な相槌を打ちながら神界にいた老人の事を思い出していた。

 クレエトールって名前……もしかして適当に名付けた名前じゃなくて意味があるのか?

 そんな推測をしながらルナは話を逸らすことにした。


「頼みがあって、オレを錬金ギルドがあるっていう街まで連れて行ってくれないか? それから魔力の扱い方を教えてくれると嬉しい」


 ルナが少し遠慮がちにそう言うと少女は嬉しそうに微笑んだ。


「元々私達の目的地は錬金術ギルドのあるアメリトなのでそこまでお連れできます。魔力の扱い方に関しても時間があれば基礎的な所までならお教えできます。ただ、魔力の扱い方を覚えたからと言って魔法が使えるかどうかは才能によるのでそこだけは把握しておいてください」

「あ、うん。じゃあよろしく」


 ルナはフィーネに向かって握手を求めると彼女はすぐに手を握ってくれた。


「ところで……この檻の中にいる人達って……」


 ルナは馬車の荷台の両壁に沿わせるように設置された檻と奴隷たちへ視線を向けた。


「私達のお店に連れて帰りますけど……。興味がお有りですか? ルナさん貴族みたいですし、錬金術のお店でも開くなら一人どうです? 錬金ギルドへ行くって事はお店を開くんですよね?」

「き、貴族?」


 錬金ギルドへ行ってお店を開くという質問に対する疑問より、なぜ自分を貴族と思ったのだろうという疑問がルナの中で湧き上がった。

 しかしルナの疑問は直ぐに解決する。


「クレエトールって家名ですよね? 家名を持ってる人なんてほとんど貴族しかいないですよ? それに着ている服も上質なものですし」


 そう言われてルナはこの世界に来てからひたすら目を逸していた自分の服に視線を向けた。

 どうやって着たのかも分からない肩の出た白と紺色のもふもふしたワンピース。

 丈は太もも下程度までしか無く、そのワンピースの下にフリフリとしたキュロットスカートのようなものを着ている。

 更に黒いニーソにくるぶしより高いくらいのブーツ。

 地上に送る際にあの老人が着せたのだろうが、随分と女の子らしい服装をしていた。


「……さ、さぁ? でも悪いけどお金はこれっぽっちも持ってない。だから奴隷は買えないかな」


 ルナがそう言うと少女は僅かに懐疑的な瞳を向けてきた。


「もしかしてルナさん。記憶喪失ですか?」

「へ? な、なんで?」


予想外の言葉にルナの思考は停止した。

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