#2性別が違うんですけど……

「簡単じゃ。錬金術は悪魔の儀式とまで呼ばれておる。錬金術によって失われた信仰は錬金術によって取り戻す必要がある。それには並外れた錬金術の才能が必要じゃ。そして錬金術以外の主に戦闘面に関する才能が皆無である人間でないといけないのじゃ」


「戦闘面の才能って剣術とか?」

「そうじゃそれに魔法の才能とかも該当するのう。魔物退治などの余計な事にうつつを抜かされると困るのじゃ。錬金術だけしか取り柄が無ければ生きる為に錬金術を行使するじゃろ。そして場数を踏めば錬金術の技術は向上する。そういう条件になるとお主くらいしか該当する人間は居なかったのじゃ」


 老人が目を閉じそんな事を語るのを横目に玲は茶を啜る。


「ふーん。なるほどなぁ。話は分かった。それじゃあ俺を地球に戻してくれ。お前が俺を殺したんだから責任とってちゃんと生き返らせてくれ」

「お主っ話聞いておったか⁉ 儂にはお主が必要なんじゃ」


 猛烈な勢いで老人は玲にしがみつくが、玲は老人を振り払うと立ち上がり一歩下がった。


「俺にメリット無いし、やる気沸かないな。早く地球に返せよ」

「ふむ。では儂の信仰を復活させ、アトラスを救った暁には願いを三つ叶えるというのはどうじゃ? 儂への信仰心が戻ればそれくらい容易じゃしな」


 老人の話を聞いた玲は顎に手を当てる。

 目の前の老人は玲に錬金術の才能があると言った。創造神への信仰心を増やすには創造神への信仰を失わせるきっかけになった『魔王の核』とやらをどうにかしないといけないのは明白だろう。


 それはおそらくそう簡単に解決するような問題じゃないはずだ。そもそも魔王や魔物がいるという事は命を失う可能性も十分にある。

 そこまで考えた玲は下を向き、自分の体に違和感を覚えた。


「ん? 胸?」


 そう、胸。男であるはずの玲の胸には二つの山が出来ていた。

 触ってみれば馴染みのない、ふにふにとした柔らかい感触が手に伝わってくる。


「あ……あれー? アレルギーか? こんなに炎症起こしちゃって。ハハハハ」


 気がつけば低かった自分の声も高く聞こえる。

 あまりにもの異常事態に自分の体の変化に気が付いていなかたのだ。


「いやいや、気の所為だから。死んだせいで炎症起こしてるだけだから。人って死ぬと胸が膨らむんだな。生まれてはじめて……いや、死んで初めて知った」

 

 冷や汗を滝のように流しながら玲は確認の為と、股間に手を伸ばす──そこに慣れ親しんだモノは無かった。


「あぁ…あ……あぁ」

 喉から未知の恐怖で枯れた可愛らしい声がでる。

 玲の顔はあまりにものショックで真っ青になっていた。

 そんな玲を見つめる老人もまた驚いた顔をしていた。


「鈍感とは思ったがここまで鈍感とは思わなかったのう。まさか今までずっと自分の体がおなごになっている事に気が付かなかったのか?」

「嘘だって。またまた冗談言っちゃって。舐めたこと言ってると叩き潰すぞクソジジイ」

「かわいいおなごに言われても怖くないのう。まぁ鏡を見てみるが良い」


 ──パン‼


 再び老人が手を叩くと影も形も無かった空間に鏡が出現した。

 鏡に映るのはくすみ一つ無い純白の頭髪。伸ばした記憶など無いのに肩に掛かるくらいに伸びたセミロングの髪。


 赤い瞳に整った目鼻立ち、元の自分の面影がごく僅かに残っているものの完璧に別人と呼んでも差し支えが無いほどの美人が鏡の前に立っていた。


「な、なんで女に……。は男だったはずだ。女顔はしていたけど男だったはずだ。あれ? 男だと思ったけど気の所為だったか? いやいやいや。だって昨日まで『あれ』はあったもん」

「性別か? それは儂がやっ──ブハッ」

「死ねぇぇ! クソジジイ‼」


 怒りに心を支配された玲は容赦なく老人に向かってドロップキックを炸裂させた。

 毛など一切生えていないしなやかな足に蹴り飛ばされた老人はそのまま宙で数回体を捻り、到底老人とは思えない身体能力で地面に着地した。そして玲を静かに見つめる。

「おなごが暴力など振るうでない。そんな調子じゃ彼氏などできんぞ」

「誰が彼氏なんているかボケ! オレは男だ!」

「フハハ。その姿で〝オレは男だ〟なんて言ってもお笑い草じゃの」


 高笑いをしながら老人はその場で茶を啜り始めた。

 しかし玲の瞳は怒りに染まっており、拳を握りしめた玲は老人に向かって迫っていた。


「もう神だろうがなんだろうが関係ない。取り敢えずもう一発顔面殴らせろ!」

「……ふむ。お主は儂がなんの意味もなく性別を変えたと思っておるのか?」


 老人は毅然とした表情で玲にそう言った。

 その意味ありげな様子に玲の振るっていた拳はピタリと止まった。


「あ? なんか理由があるのかよ。変な理由だったらまじで許さないぞ」

「大丈夫じゃ。理由は簡単、錬金術を行使するには女の方がいくらか都合が良いんじゃ。それがお主を女にした理由じゃ」

「ふーん。で? 本音は?」

「そりゃあ、せっかく儂の信徒が一人増えるなら可愛い女の子の方がっ──」


 老人は言葉を言い切る前に玲に蹴り飛ばされ、更に胸ぐらを掴まれた。


「待て待て。虐待じゃ。か弱い老人に暴力振るうの反対じゃ!」

「うるさい! さっきから機敏な動きでオレのパンチも蹴りも受け流してるだろうが! このエロジジイ! 何が創造神だよ。思いっきり邪神じゃん!」

「待つのじゃ。おなごの方が錬金術を行使する上で都合が良いのは事実じゃ。そこに儂の欲望が上手いことマッチングしたに過ぎないのじゃ」


「ホントかよ。もうなんだか全面的にあんたのこと信じられないんだけど」

「本当じゃ。錬金術を行使していけばいずれ女になったことを感謝するはずじゃ。まぁ錬金術で性別を変える事はできるから、達人の域を超えた錬金術師には性別なんて関係ない話なんじゃがな」

「じゃあなんで女にした……クソジジイがっ」


 玲は静かに老人を睨みつけ、恨み言をつぶやく。

 しかし次の瞬間、玲は手を叩いた。


「そうか。錬金術で男に戻れるってことだな? だったらすぐに錬金術ができる人の場所に行って性別を男に戻してやる」

「駄目じゃ駄目じゃ! せっかくお主に女の子らしい新しい名前まで付けたのに、男に戻るとか駄目じゃっ!」

「な、名前ってなんだよ?」

「そりゃあ、新たなお主の名前じゃ。お主の新たな名はルナ・クレエトールじゃ」


「……話は終わりか? だったら早く地上に送ってくれ。適当に頑張って男に戻るからさ」


 玲は今の話を聞かなかった事にして話を進めようとした。

 しかし老人はそれを見逃さなかった。


「待つのじゃ。このまま地上に送ったらお主、儂が与えた名前使わないじゃろ。言っておくが魔法によって開示されるお主の情報は『ルナ・クレエトール』になっておるぞ? 先に登録しておいた」

「はぁ? 何余計なことしてんだよ。というか今更そんな事言われてもその名前馴染まないんだけど……それに男に戻ったらどうするんだよ」

「大丈夫じゃ今から世界の認識とお主の自己認識を変更する」


 ──パン‼


 老人が手を叩いた。その瞬間、世界は大きく揺れ、世界と『ルナ』の常識が改変させられる。そして『ルナ』は自分の脳内を揺さぶられたような感覚に襲われた。


「どうじゃ? ルナ。この名前が馴染むじゃろ?」

「うっせぇ! 人の名前を勝手に呼……ぶ…な。あれ?」


 反射的にそう言ったルナは驚きのあまり声を失った。

 玲と言う名が自分の名前だという事は分かっている。だがルナという名前がいつの間にか自分の名前だと、そう認識していたのだった。


「ふむ。しっかりと名前が馴染んだようじゃな。前世の憂いはさっさと捨てたほうが良いんじゃ」

「おい。勝手に前世とか呼ぶな。出張だから。オレは地球からアトラスの世界に出張してるだけだから」

「まぁ現実逃避は──」

「くそぉぉぉ! なんでこうなったんだ。オレ何か悪いことした? なんで女になって名前まで変えられなちゃいけないんだよ」

「あ、あのぉ? 聞いて──」

「ちくしょぉぉぉ!」


 ルナは怒りに任せて地面を力強く叩きつけた。同時に老人のドロップキックがルナへ放たれる。


「聞くんじゃあぁぁぁ!」

「ぐふっ!」


 ルナは老人のドロップキックを受けると、そのまま吹き飛び白目を向いて気絶した。


「ふぅ。さっさと地上へ送るか。手紙の一つでも付けておけば状況は分かるだろ」


 そう言って老人は──白い付け髭を剥がした。

 付け髭を剥がした老人は老人とは呼べないほど艷やかな肌と整った目鼻立ち、白髪の髪の毛の若い姿をしていた。


「やっぱ付け髭って邪魔だな。神としての威厳を見せるのって大変なんだよなぁ。っと猫背になりすぎて腰が痛い」


 そう言って老人だった青年は体を捻り骨を鳴らすと、ルナを見つめ直した。


「──さてとそれじゃあ頼むぜ。ルナ。世界を……アトラスを救ってくれ」


 その瞬間神界に指の鳴る音が響き、ルナはその場から消えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る