創造神と錬金術と奴隷少女

#1こんにちは神様

耳に残っていたのは病室の点滴が落ちる音とバイタルサインモニターの冷たい『ツー』と言う音だけだった。


 そして目を開くと玲は何処までも続く広大な白い雲の上に立っていた。

 気を失う前に見た最後の記憶は空から鉄骨が降ってきた記憶。

 そしていま眼前に広がっている非現実な光景。


「あぁ……俺死んだのか。」


 自分が死んだことを理解した玲は雲ひとつ無い晴天の青空を見上げた。


「お前さんは何処を見ておるんじゃ?」


 突然視線の下のほうから声が聞こえ、玲は顔を下へ向ける。

 そこにはちゃぶ台の前に腰を下ろした白髪の老人が茶を啜りながら、玲の顔を静かに見つめていた。


「目の前に人……もとい神様がおると言うのに気が付かんとは……。お主よっぽど鈍感なんじゃな。ムハハハハハっ……ごほっごほっ! 茶がむせたわい」


 陽気に笑う老人は盛大に口からお茶を吹き出し、苦しそうにむせる。

 しかしそんな事に構わず玲は不思議そうな顔をしながら首を傾げた。


「……え? 髪様だって? 確かに髪の毛は──ちょっと怪しくない?」

「うるさいわ! まだしっかりと生えておる‼ 見ろっ。このふさふさな髪の毛を! どんな生き方をしたらこの状況で神と髪を間違える事ができるんじゃ」

「え? 神? あの森羅万象とか偉い感じの?」

「そうじゃ。その神じゃ。まぁ話すことは色々ある。とりあえずそこに座るんじゃ」


 そう言いながら老人は湯呑みをもう一つ用意すると、急須を手に取り湯呑みに緑茶を注いだ。緑茶の入った湯呑みをすっと前に突き出すと再度、立ち尽くしたままの玲を静かに見つめた。


「何をしておるんじゃ? はよ座れ。話が進まんじゃろ」

「あ、はい。なんかすみません」


 玲は頭を下げると素直にちゃぶ台の前に腰を下ろした。


「それで? なんですか? ここ、天国?」

「そうとも呼べるし違うとも言えるのう」

「回りくどいっすね。はっきり言ってくださいよ。神様」


 全く信じた様子のない玲は目の前の老人の怪しさについ煽るような話し方をした。

 それを聞いた老人は眉を寄せ玲にぐいっと顔を近づけてくる。


「なんじゃ。『髪』のことを言っておるのか『神』の事を言ってるのかわからんぞ。どっちの話をしておるんじゃ」

「いや、もう髪の話はしてないぞ。いつまで髪の毛の話引きずってるんだよ。ここがどこかって聞いてるんだけど?」

「ふむ。そうだったかの。──こほん。話を戻せばここは天国ではない。ここは神界じゃ。神の住む世界じゃ」


 そう言いながら湯呑みに入ったお茶を啜る老人、もとい神様。


「神のいる世界ねぇ……」


 玲は興味深そうに周囲をキョロキョロと見渡す。

 しかし先程見た時と状況は変わらない。雲の上に座る老人と、さんさんと輝く太陽、そして老人の私物くらいしかこの世界には置いてなかった。


「神ってあんたしかいないのか? 一人だけの世界ってこと?」

「いやいや、ここは儂の部屋のようなものじゃ。こう言った小規模な空間がいくつも存在する。それをまとめて神界と呼ぶのじゃ」

「いや……小規模って……」


 玲は世界の端を見ようと目を凝らした。しかし見えるのは何処までも続く真っ白な雲の床だけ。とても小規模とは言えない広さだ。


「ふむ。確かにこの部屋はかなり広いがそれは儂が創造神だからじゃの。特別待遇というわけじゃ──ごほんっ! 話を戻そう。まず儂はお主に謝らなくてはならないことがある」

「はぁ……」


 ──何こいつ。謝罪してくるくせにすごい上から目線なんですけど? あ、でも神様だから上から目線でもおかしくないのか。

 そんな事を思いながら玲はちゃぶ台の前に腰を下ろした。


「それで? 何を謝罪してくれるんだ?」

「うむ。まぁ簡潔に言えばお前がここにいる理由は儂がお前を殺しっ──ぶはっ!」


 玲は老人の言葉を聞き終える前に老人に飛び蹴りを炸裂させ、老人を睨みつけた。

 更に玲は倒れ込んだ老人に跨り胸ぐらを掴むと激しく体を揺さぶる。


「お前か。お前が俺を殺したのか! どういう事だジジイ! 理由を話せ!」

「ま、待て。老人虐待じゃ! 暴力反対じゃ!」

「人殺しがそれを言うの⁉ 俺のことを殺しておいて⁉」


 老人の発言に驚いた玲は驚嘆の表情を浮かべ、胸ぐらを掴んだまま動きを止めた。


「ちゃんと話を聞け。まだ話し終えて無いじゃろ! 話を聞けば誤解も解ける」

「そ、そうだな。悪かった話を聞かずに蹴って」

「構わん──。ともかくお前さんを殺したのにはちゃんと理由があるんじゃ」

「やっぱりお前が俺を殺したのか‼ ふざけんな‼」


 一度は動きを止めた玲は再び老人の体を激しく揺さぶる。

 どんな理由があったとしても唐突に人生強制終了など到底許せるものではない。

 玲は怒りのままに老人を激しく体を揺さぶり続け、数分間。息を切らした玲は深呼吸をしながら老人から離れた。


「ぜぇぜぇ……それで? なんで俺を殺したんだ?」


 理由次第によっては殺すと言わんばかりの目をして、玲は腹立たしげに老人を睨みつけていた。

 そんな玲を見て老人は息を切らしながら口を開く。


「はぁ……やっと話を聞く気になったか」

「理由次第によっては殺すぞ」

「知っとるわい! お主の目が儂を殺すって言っておる! もう少し殺意を抑えんかい!」

「この状況で殺意を抑える必要があるのか? 目の前に自分を殺した殺人犯がいるのに」

「……ないのう。まぁいい。話が進まんからちょっとお主を拘束する」


 ──パン‼


 老人が力強く手を叩くとその瞬間玲の体は石になったように動かなくなった。

 しかし玲の口はまだ動いていた。


「ぐっ。おいジジイ! ふざけんな! 神だか髪だか紙だか知らないけど人の体を勝手に行動不能にするな!」

「ふむ。口もうるさいようじゃな。どれ」


 ──パン‼


 再び老人が手を叩くとその瞬間、玲の口はパクパク動くだけで声が出なくなった。老人は神と自称するだけあって様々な力が使えるらしい。


「……」


 体も口も動かなくなったが、玲の瞳だけは老人を睨みつけていた。


「ふはははは。ようやくうるさい口が閉じたな。よし、話すとしよう。なぜ儂がお主を殺したか」


 もう完全な悪役だよ。このジジイ。

 玲は心の中でそう思いながら老人を睨みつけ続ける。


「簡単に話せば、人々の儂への信仰心が減っているのじゃ。昔は世界中の美女が儂を崇めておって夜のおかずに困る事も──」

「完全な私欲じゃねーか! ──ってあれ? 動ける」


 突然老人の未知の力によって拘束されていた玲の体は動き出し、気がつけば玲は老人へ向かって回し蹴りを放っていた。

 しかし老人は驚いた様子もなく玲の蹴りを素手一本で受け止めると平然とした顔で玲を見つめた。


「そんなに怒らなくてもいいじゃろ。ちゃんとお主は蘇らせる。そのためにここに呼んだのじゃ」

「ほう。じゃあなんで殺したんだよ? 殺した後に蘇らせるとか二度手間だろ?」

「そりゃー地球から別の世界に移動させるには一度殺すしか無いじゃろ? 全く同じ人物は数多に存在する世界にたった一人しか存在出来ないのじゃ」

「別世界? それじゃああんたは地球の神じゃないのか」


 てっきりここは地球の神界で、生き返れるとも思っていなかった玲は拍子抜けして、ぽかんと老人を見つめた。

 そんな玲を見つめ返す老人は先程よりも神々しさを増していた。

 否、元々神々しさを放っていたのかもしれないがそれにたった今、玲が気がついた、というのが正解かもしれない。


「そう。儂は地球の神ではなくアトラスと呼ぶ世界の神。創造神じゃ」

「創造神なのに自分の世界の信仰心が無くなったのか? なんでだ?」


 老人は小さくため息を吐くと玲によって乱された服を整え、ちゃぶ台の前に座り直した。


「儂は創造神じゃ。つまり何かを創造する、そういったもの全般も司っているのじゃ。そして錬金術も儂が司るモノの一つじゃ」

「はぁ。錬金術……。そのアトラスって世界には錬金術があるのか」

「なんじゃ? お主の住んでいた地球にも錬金術はあったじゃろ」


 錬金術はあった。だがおそらく目の前の老人が言う錬金術と地球の錬金術は大きく異なるだろう。

 地球の錬金術は現代科学の発展に大きく貢献したらしいが、最終的な目的である金の錬成は不可能だった。


「あったけどまがい物みたいな?」

「そうか。ともかく儂の世界には魔法、錬金術、呪い。そういったモノが存在して人々の生活を支えておる。しかし数百年前、錬金術がとあるモノを生み出した事で、錬金術を司る儂への信仰心は急速に薄れていった」

「とあるモノ?」


 惑星破壊爆弾とか人類死滅ウィルスとか?

 玲の脳裏をいくつか物騒なモノが過る。

 すると玲の考えている事を読んだのか突然老人がクツクツと笑い始めた。


「随分面白いものを考えているようじゃがそんなものじゃないわい。作り出された錬金物。それは『魔王の核』じゃ」

「魔王の核? なにそれ」

「うむ。魔王の核はとある錬金術師が作り出した『無から命を生み出す宝玉』じゃ。これによって今まで魔物など存在しなかったアトラスには魔王と魔物が生まれ、奇病が流行るようになってしまった」

「奇病?」

「うむ。まぁ奇病についてはいずれ知ることになるじゃろうからここでは説明はしない。実際に見たほうが早い。じゃがお主には錬金術を再び流行らせ、儂の信仰を復活させて欲しいのじゃ。このままではアトラスを維持する力が失われ世界が滅ぶ」


 そう言った老人の瞳にはふざけた様子はなく真剣だった。

 しかしそれを聞いても玲は不思議そうな顔をしていた。


「で? なんで俺なの? それ俺じゃなくてもよくね?」


 当たり前の疑問。自分が世界を救う勇者だとかそんな妄想は中学二年の夏には捨てている。

 だから玲には自分が選ばれた理由が分からなかった。しかし玲がそう問うと老人はニヤリと口を歪めた。

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