1-38 漁村大決戦2


「クソッ!! おい、なんだっ!! 何がどうなってんだ……!?」


 絶叫に近い声が聞こえてきて、私たちは頷き合って、その方向へと走り出す。


 だけれども、駆けつけたときには既に遅かった。


「うあぁっぁっぁぁっぁあ!!」


 その人の姿を視認した瞬間と断末魔と共に背中から斧で一刀両断されるのは同時だった。


 血飛沫があがる。


 パチパチと飛び散る火花が倒れた男の人の髪を僅かに焦がした。


 どろりと血漿が水たまりのように広がっていく。


 煌々とした炎は血だまりに照り返されて、妙な赤色に輝いていた。


 見覚えのある白い頭。倒れている人は多分村長さんだ。

 今まさに自分の目の前で人が死ぬということが起きている。


 現実味がなかった。


 だというのに、実感として何かが目の前で失われていく感覚が確かに存在する。


 矛盾した二つの感覚が同時に手足にへばり付いていた。

 妙に喉が渇いて、やたらと口の中に唾液が分泌される。


 シュルシュルと、土の人型の背中から触腕が伸びた。


 触腕は背中からざっくりと切り捨てられた村長さんを捕まえて、宙吊りにする。


「何を……?! まさか……!? まっ――!!!!」


 宙づりにした村長さんの遺体に土の人型の背中から生えてきた無数の触腕がグルグルと巻き付いて、飲み込む。


 もぎゅもぎゅと蠕動運動をし始めた。


 本当は手斧をぶん投げて、どうにかするべきだったと思う。


 だけれど、動けなかった。

 足が、体が、手が、動いてくれなかった。


 その場から、動けずに、ただ見ていることしか出来なかった。


 いつしか触腕の蠕動ぜんどう運動は終わっていた。


 ぺっと吐き出すように、触腕が動いて中から放り出されたときにはそれは村長さんの形をしていなかった。


 土の人型と同じ姿形をしていた。


「うそ……?! うそっ、でしょ……??」


 土の人型は殺された村の人だった。


 つまり、私がさっき頭をカチ割ったあの、土人形も元はこの村の誰かだったという訳だ。


 手足が震える。

 呼吸がブレる。


 ぐらりと感覚が傾いだ。

 そんな、だって……!!


「大丈夫、落ち着けっ!! リリアは殺してない……!!」


 今度はエイド少年がぎゅぅっと私の手を強く握った。

 強く、ともすれば少し痛いくらいに強く……。


 その手は震えていた。


 そうだ、もしかしたら私が再起不能にした土の人型の元の素体がエイド少年の父や母や妹の可能性だってある。


 気が気じゃないに決まっている。

 でも、それでも、エイド少年は私のために、私のことを庇ってくれた。


「リリアが壊したのは、人じゃなくて人から作った別の何かだ。無理かもしれないけど、気に病む必要はない……!!」


「ありがとう」


 改めて息を吸いなおして、状況をよく観察する。


 ぺっと吐き出された土の人型は未だ足がうまく機能していないようで、もぞもぞと動くばかりで立ち上がることは出来ないようだった。


 そして触腕を生やしていた方の土人形も、体機能が低下しているのか、かなり緩慢な動きで、こちらにゆっくりと歩いてきている。


 今ならば、楽に何とか出来るかもしれない。


「……、リリアだけにやらせるわけにはいかない。今度は俺がやるよ」


 ゴクリと私が喉を鳴らしたのと、エイド少年がそう言って斧を構えたのはほぼ同時だった。


「……、あなたは歩いてくる奴の相手をしていて。私は先にあっちの方の動きを止めてくるから」


 村長さんにもそれなりに恩がある。

 本当はこんなことはしたくない。


 だけれど、誰がなっているのか分かっているヤツをエイド少年に壊させるわけにはいかない。


 だって、エイド少年にとってこの村は故郷だ。この小さな村の大人たちなんてみんなみんな親戚みたいなものだ。そういう親戚の誰かが判別できてしまっている相手を破壊させるわけにはいかない。


 自分の手で近しい人を手に掛けたんだという実感を得てしまったら、きっと心が潰れてしまうから。


「……、分かった」


 エイド少年は短い言葉だけを残して歩いてくる土の人型へ向かって駆けだした。


 私も、まだ立ち上がらないかつて村長さんだった土の人型へと向かって進んでいく。


 キンッ!! ガンッ!! と緩くエイド少年と土の人型が打ち合う音が後ろから聞こえてくる。


 時間をかけると、エイド少年の身が危なくなるかもしれない。だから、私には迷う時間はなかった。


 もぞもぞと生まれたばかりのイモムシが卵の殻を食べているときのような細々とした動きを繰り返す出来上がったばかりの土人型の首元目がけて、手斧を振り下ろす。


 ザングッッ!! と音がした。

 直撃の瞬間、思わず目を瞑ってしまっていた。


 直視できなかった。

 コロンッと首が転がって、もぞもぞ動いていた体の動きが停止する。


 無機質でのっぺりとした顔だった。

 何にも人間らしい目も鼻も髪も付いていない、ただただ卵型の球体。だというのに、あの人のよさそうな村長さんの顔が重なってチラついた。


 吐き気がした。

 でも、今は吐いているような場合じゃない。


 だから、意地と気合で吐き気を強引に腹の底へと押し込めて、振り返ってエイド少年が戦っている土の人型へと攻撃を仕掛けに動く。


 さっき相対していた土の人型よりも知性も俊敏性も劣る動きだと思った。


 恐らくは、あの触腕を使って同族を増やすと動力源足るエーテルが減るのだろう。それが回復するまでは全体的なパフォーマンスが低下することになると推測できる。


 だから、簡単だった。


 エイド少年が前から攻勢を掛けて、私が後ろから、ざっくりと一撃を入れる。しかし、背中を大きく裂いたとはいえ、相手は血も肉もない人工生命のようなものだ。だから、胴体への大きな裂傷程度だと、致命傷にはなり得ないらしい。


 それでも、背面に大きな裂傷が生じれば、低下しているパーフォーマンスはさらにもう一段低下することになる。


 エイド少年が一度受け止められた斧を再度大きく振りかぶって、思い切り振り下ろした。


 ザグンッ!! と受け止めようとした腕と一緒に頭を半分ほどカチ割った。

 ガコンッ!! と重心がズレて前方へつんのめるような形で倒れ伏す。


「やったな……」


 敵を倒した高揚は微塵もなかった。


 だって、今倒したこの土の人型だって、元はこの村の誰かなのだから、喜べないのは当然だ。


「……、けどよ、この様子だともう誰も……」


「諦めるのはまだ早いよ。一番奥まで行ってみよう……?」


 諦念を滲ませたエイド少年の背中を軽く叩く。


 チリチリと頭が痛んで、目が霞んだ。


 多分、精神的な負荷が思った以上に掛かっているのだろうと思う。


 だって、こんな状況普通じゃないから。


 でもそれでも今は悠長にそんなものにかまっている暇はない。だから、適当に頭を振って、大きく一つ呼吸をすることで無理やりに意識を逸らした。


 そのまま私とエイド少年は村の中を進んでいく。途中で、何体かの土の人型と出くわした。こちらが先に気が付いてあちらには気が付かれていない状況の時は、足を忍ばせていきなり首を落としに掛かり、正面から鉢合わせてしまった時には二人が掛かりでどうにかこうにか、動きを阻害して首を刎ねた。


 何体も土の人型を倒していると、次第に心が麻痺して来るのが分かった。


 それが良いことなのか、悪いことなのかはよく分からなかった。

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