1-37 漁村大決戦1


「なにこれ……、何がどうなっているの……?」


 漁村からは火の手が上がっていた。


「くそっ……!! なぁ、家に行きたい!!」


「そうしよっ」


 頷き合って、火の粉舞い散る村の中へと駆けだす。


 小さな村だから、数分も走れば、エイド少年の家にはすぐにたどり着ける、そのはずだった。


「う、うわぁぁぁぁぁ、や、止めろ……、止めてくれ……、助けてくれっ……!!」


 だけれど、考えが甘かった。


 少し進んだところで、私に宿を貸してくれている薄毛のおじさんが絶叫しながら転がり出てきたのだ。


 すぅっと視線がおじさんが転げ出てきた方向へと誘導される。


 そこには、人の形をした茶色い、何か得体のしれないモノがいた。


 機兵というには動きが人間的すぎるのに、しかし人間とは思えない飾り気のない土色をしている。


 その土の人型は両手の代わりに斧が付いている。


 ブンブンっと肩慣らしをするような動きで斧手を振った。


 ぶわっと嫌な圧が掛かる。


「助けよう……!!」


 家族のことが気にかかっているだろうに、エイド少年が真っ先にそういった。私は黙ってうなずいて、身を低くして土人形と思われる何者かに対してタックルを決める。


「逃げてっ……!!」


「おい、メーディのおっさんっ。こっちだっ、早く立て、走れっ……!!」


「エイドお前は無事だったのか……!! あぁ、くそ、助かる……!!」


 タックルで動きを止められたのは、たったの四歩分だけだった。


 完全に勢いを殺されて、受け止められたと判断して、即座に組みついた土人形から距離を取ると、さっきまで私がいた場所を土人形の腕の代わりに生えている斧が空ぶった。


 ギロチンのような大斧がブンっ!! と音を立てる。


 危なかった。


 少しでも遅れていたら、胴体が真っ二つだった。


 視界の端でエイド少年が薄毛のおじさんを村の外へと走らせているのが見える。


 とりあえずの時間稼ぎは出来たみたいだ。


 であるならば、私も長々とこんな得体のしれない奴の相手をしている必要はない。


 でも逃げるにしても、どこにどう逃げるのが良いのか……? さっぱり分からなかった。


 逃げられないならば、何とか戦うしかないけれど……。


 ジリジリと私と土人形は間合いを計るように円運動で距離を保つ。


 しかも村の様子がこうなことを考えると、子の目の前の一体だけに集中していたりすると不意打ちで首ちょんぱなんてことになりかねないような気がする。


 ビリビリと背中が痛んだ。


 正直な話、逃げるなら村のことを全部見捨てて逃げるべきだ。それをしないで中途半端な逃げを打ったって碌なことにはならない。


 だから、逃げないなら戦うべきなんだと思う。


 逃げないならば、戦う。

 でも、どうやって……?


 とかく最低限としては武器がいる。


 強力な武器やすごい威力のある造魔式なんかじゃなくていい。


 いつもの手斧があればそれで何とか戦える。


 幸いおじさんが転げ出てきた宿の二階に私の手荷物を置いている訳なので、どうにか目の前の相手の目を掻い潜って宿の二階に辿りつけさせすれば、反撃の目途を立てられる、ような気がする。


 宿の出入り口までは後四秒分といったところ。


 一気に駆け出して見たとしても、多分向こうの方が、速い。


 勝負をかけるならば後三歩分は近づきておきたい。


 焦れるような想いを抱えつつも、ジリジリと円運動で少しずつ少しずつ、考えを悟られないように、宿の方へと寄っていく。


 ……、もしこっちの思考を予想するような形で動いているのだとすれば、それは少し仕掛けが高度過ぎないか……?


 一瞬そんな考えが頭に過ぎったけれど、でもそこに思考を割く猶予はなかった。


 私が宿の入口目がけて駆けだすのと、土の人型が私に狙いを済ませて突撃して来るのはほぼ同時だったのだ。


「はっ、ぁぁぁぁっぁぁ……!!」


 強く地面を踏みしめながら思わず絶叫が出た。


 単純に頑張って走るという点においては叫ぶ意味は一切ないのだけれども、でも、叫ばずにはいられなかった。


 おたけびをあげなければ心が潰れるような気がした。


 真っ直ぐに宿の入口まで走って、ほぼ直角に曲がるために膝と足首を使って無理やり鋭角に横跳びで、地面を転がったならば、寸で遅れてザンッ!! と土人形の二本の斧手が地面に突き刺さった。


 入口を転がって、そのまま階段まで通り抜ける。手と足を使って一息で飛び上がって、一気に階段を駆け上ると、地面に突き刺さった斧手の先端を土人形が引っこ抜いている様子が目尻に映った。


 半分飛び上がるように階段を駆け上がって、登り切ったら壁を蹴とばすようにして速力を得て、一気に自室の前まで移動する。


 ドアが壊れるんじゃないかというくらいに雑に開けて、矢籠と短弓と手斧をまとめて引っつかんで、窓をガシャンッ!! と派手に割る。


 私に遅れること、およそ三秒。


 両手が斧で出来ている土人形が私の部屋へと突っ込んできた。

 まともに確認もしないで、思い切り自前の手斧をやや高めに振り抜く。


 勢いよく入口から突っ込んできた土人形の頭の中央に私の手斧が突き刺さった。


 ガッシャン!! と盛大な激突音が部屋の中に木魂する。


 土の頭をスライスされた土人形の首から下が、勢いのままにぶち壊れた窓から落下して、バガンッ!! と大きな音を立てて、地面と激突した。


 なんてことはない。私が窓から下に降りたと思わせるためにわざと派手な音を立てて窓を内側からぶっこわして、私自身は出入口の傍で相手が部屋に勢いよく入ってくるのを待っていたという話だ。


 もし勢いよく入ってきていたのがエイド少年だったとしたら大変なことになっていたような気もするけれど、それは今は考えない事にしたい。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……」


 ともかくやった。やってやった。得体のしれない土の人型を何とか破壊してやった。


 やれば出来るじゃん私。

 改めて矢籠と短弓と手斧を掴みなおして宿の階段を下りていくと、


「だっ、大丈夫かよ……。えらい音したけど……」


 薄毛のおじさんを村の外まで連れて行って戻ってきたエイド少年と顔を合わせた。


「一応、何とかなったよ……」


 それだけ言って、私たちは宿の裏手側に足早に移動する。


 相手の得体が知れない以上、頭を真っ二つにしたくらいではまだ動く可能性が捨てきれない。


 だから、窓から落っこちて地面に激突した身体の方がちゃんと動かなくなっているかを確認したかった。


「動かねーな……」


 ぱっくりと無くなった頭部をエイド少年が恐る恐る軽く足蹴にして、動くか動かないかを確かめる。


 どうやら、きちんと機能停止されているらしい。


 にしても……、

「本当に中まで全部土なんだ……」


 頭部の断面はきれいなものだった。固めた土というよりは、良く詰まった石のような断面な気もするけれど、まあ誤差ということにしておきたい。


「……、なあリリア、その斧ちょっと貸してくれね?」


「良いけど……?」


 何に使うのか? と疑問に思いながら私の手斧を渡すと、エイド少年は私の手斧で動かなくなった土人形の腕を思い切り良く切断した。


 そんな、わざわざ死体蹴りみたいなことをしなくても……、と一瞬思ってしまったけれども、すぐに別な意図があることに思い至った。


「手首にあたる部分がないから、丁度肘から切断すると、大きな斧として普通に使えそうだね」


「切れ味もよさそうだし、これなら武器としては申し分ないと思う。リリアも使うか?」


「私は自分の手に馴染んでいるモノの方がいい」


 そういうと、エイド少年が私の手斧を返してくれた。


「そっか」


 土の人型から採取した手斧(これが本当の手斧だね、なんちって……、笑えないよっ……!!)を掴んで、握り心地を確かめつつ、軽く振るって見せる。


 どうも結構重いようで、ブンッと振ったら、重心が振り回されていた。


 何度か試し振りをすると、コツを掴んだのか、重心がブレない振り方で振り回せるようになったようだった。


「よしっ……!! 今度こそ行こう!!」


 もう一回、改めてエイド少年の家へと向かう。


 村の中を走り抜けること、数分。

 辿り着いたエイド少年の家は、崩れていた。


「なっ……、なぁぁぁっ……!! なんで、なんでだよ……!! なんで、こうなった……?!」


 がっくりと、膝をついてエイド少年が崩れ落ちる。


 自分の家が、自分が知らないままに焼け落ちていたとすると、そのショックの大きさは計り知れない。


 私だってあのログハウスがいつの間にか壊れていたとしたら、相当にショックを受けると思う。


 でも、だけれど――、

「あなたの家族がみんな死んでしまったと決め付けるのはまだ早いと思う」

 今ここでエイド少年に心折れられては困る。


 自分でも随分自分勝手な考え方だと思うし、なんて冷たい奴なんだと思わないでもない。しかしだけれども、今この場でエイド少年の心が折れて動けなくなってしまったとしたならば、私は彼のことを守り切れる自信はない。


 だから、彼には自分の足で立っていてもらわなければ困るのだ。


 そのためならば、後で裏切られると分かっていようが、薄い薄い希望を与えて立ち上がらせることも厭わない。


 残酷だと罵られたって構わない。


「少なくともこのがれきの下にあなたの家族の遺体が埋まっているという保証はどこにもない……!! だから、探しに行こう?」


 手を差し伸べる。


「……、」


 彼は何も言わなかった。

 私には分からない。


 しかし、けれども、彼は私の手を取った。

 立ち上がるのを手助けするように、ぐぅっと引っ張り上げる。


「そうだな……、探しに行こう……」


 エイド少年は目を伏せて小さく頷いて、それから顔を逸らした。

 多分表情を見られたくなかったのだろう。


 そういう気持ちは少しくらいは理解かるから、何にも云わずに握りっぱなしになっていた手にそっと力を込める。


 震える姿が放っておけなかった。


「……、ありがと」


「どういたしまして」


 振り返ったエイド少年は泣きそうな顔で、僅かにはにかんでいた。


 どう返すのか正解なのか分からなかったので、曖昧に笑い返してみた。

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