1-34 謎の襲撃者を捕まえたから上京したい


 それから私とエイド少年は女の子の脈拍と呼吸を確認して、エイド少年の荷物袋の中身を全部引っぺがして気を失ったままの真っ黒装束の女の子の頭に被せて丁度持っていたロープで体を縛ってから、岩礁洞窟の外へと運び出した。


 昏倒した人を一人運び出すのは中々大変だったし、荷物袋の中身を全部適当に手に持って運ぶのも大変だった。


 文句の一つも言ってやりたいモノだ。


 何にもない浜辺まで運びだしてから、女の子の頬と思わしき場所を荷物袋の上から叩く。


 何度か軽く叩いたら、「う、うぅ……」と軽いうめき声をあげて、女の子は目を覚ましたみたいだった。


「あなたは何者なの……? なんでいきなり私のことを刺そうとしたの?」


 私は突然命を狙われる理由に心当たりがない。


 だってそもそも、今までほとんど人と関わり合いになるようなこともなかったのだし……。


 しかし待てども待てども、女の子からの返答はなかった。


「急に私のことを刺し殺しにきておいて、何にも云わずだんまりなのはあんまりじゃない……?」


 仕方何しに、もう一回私が女の子に言葉をかける。 

 今度は、しばらく待っていたら反応があった。


「貴様自分が何をやったのか忘れたとは言わせないぞ……!!」


 しかし、本当に身に覚えはなかった。


「なあアンタ誰かと間違えているんじゃねーか……?」


「男……? そうか! 貴様かっ!! アタシのことを不意打ちしたのは……!! お前はいつもそうだな!! いつもいつも、男を誑かして回って……!!」


「不意打ちをしてきたのはあなたの方でしょうよ……」


「男を誑かすって……、君そんなことをしてたの……?」


 そして何故かエイド少年が、ちょっと引き気味で私のことを見ていた。


 ……、

「いやっ、いやいやいやっ!? してないよっ!? そんなこと一切した覚えないけれども……!?」

 思わず声がひっくり返った。カエルみたいにひっくりカエル。


「なっ……!! 何を言うか……!? 忘れたとは言わせないぞ……、あの夜の出来事を……!!」


 それはもう怒り心頭、怒髪天を衝くというような声色だった。


 もしかして、と思って頭に被せたままの荷物袋をエイド少年に外してもらった。


 ちょっと蒸れた黒いほっかむりと黒いフェイスベールの浅黒い肌の女の子の顔が姿を現す。


「お前は誰だ……?」


「それは私の方が聞きたいのだけれど……」


 やっぱり私と誰かほかの人を勘違いしていたらしい。


 どうもこの子はいきなり人のことを殺しに来るアグレッシブさとポンコツさを兼ね備えた迷惑系女の子っぽかった。


「いやしかし……、でもこの波長は確かにあの女のものなのだが……?」


「ねぇ、そのあの女って、もしかしてアーシア=クーロッドって名前だったりしない?」


「……、やはりあの女の手のものか……!!」


 なんとなくこの女の子の口ぶりから、そんな予感はしていたけれども、実際にそれを確認するのはちょっとショックが大きかった。


「いやでも、流石にあの人とリリアとじゃ似ても似つかなくねーか……?」


「私もそう思う……。主におっぱいとかおっぱいとかおっぱいとかね」


 髪の色も、身長も、体形も服装も何もかも違い過ぎる。いくらあの岩礁洞窟の中が薄暗かったとしても、私とアーシア=クーロッドを見間違えるなんてそんなことはありえないと思う。


「違う。お前のエーテル器官の波長があの女とよく似ているんだ。姿形の問題じゃない」


「何それ……」


「しかし悪かったな。お前があの女の手のものでないなら、もう狙わないから、開放してくれ」


「そんな言い分ではいそうですかって、開放できるわけないでしょ……。少しは考えなさいよ……」


 何というか、ダメ人間のニオイがした。


「というか君をここで離したらまたアーシアさんのこと殺しに行くんだろ? それを容認しろって言われても、それは無理だよ」


 エイド少年の言葉に私はうんうんと頷く。


「くそっ……、やっぱりこの男もあの女に誑かされているのか……!!」


「そういう問題じゃないでしょ……」


 良くは分からないけれど、どうもこの女の子は相当にアーシア=クーロッドのことを恨んでいるらしい。人を呪わば穴二つというか恨み骨髄というか視野狭窄というかなんというか……。


「私たちは一応アーシアの知り合いだから、今から知り合いを殺しに行きますって人を野放しには出来ないの。だから、少し事情を聞かせてくれない」


 女の子から没収したファイティングナイフをチラつかせながら、わざと笑顔を浮かべて聞いてみると、


「ひぃ……、わ、分かった。話すよ、いや、話します」


 意外とあっさり上手くいってしまって少し拍子抜けした。

 やっぱり中々のポンコツ属性……。


「誰にも言わないで欲しいんだけれど……、私は実は王都の始末屋の構成員の一人なんだ。で、まあ詳細な理由については省くけれども、あの女、アーシア=クーロッドは王宮から直々に排除せよとの命が下っている」


 ……、あの女一体何をしでかして王宮魔式師を首になったというのか。


「なんか、想像付くような付かないような……」


 エイド少年の言葉に私も思わず同調してしまう。


 しかしだとしても……、

「でも王宮からの命令って以外にあなたからは、その……、ハッキリ言えば私怨のようなものを感じたのだけれど……」

 少し変な部分がある。


 だって明らかに私のことをアーシア=クーロッドと勘違いしているときに向けてきていた感情の強さは、ただ命じられたから排除する程度で済まされるようなモノではなかった。


「……、あまり話したくないのだが、言わなくてはダメか……?」


「別に言いたくないなら言いたくないで良いと言えば良いけれど、でもそしたらば私だってあなたを解放することはないよ?」


 いくら王宮からのお触れが出ていると言われたって、私には関係ないし、多分エイド少年にもあんまり関係はない。


「ムグググ……、私の兄と、私の恋人が、あの女に骨抜きにされたのだ……」


 眉間にしわを寄せて、ギリギリと奥歯を噛みしめながら、血を吐くように黒づくめの女の子がそういった。


 中々の歪曲表現だった。


「つまり……、王宮からの勅命が下ってきたので、これ幸いと兄と恋人を寝取られた報復をしようって話?」


「……、そうなる」


 私の場合で考えると……、エイド少年がアーシアにメロメロになって友達関係が破綻してしまう、みたいなモノだろうか。


 正直初対面の時点でそれは相当に警戒していたので、割とあり得そうな感じがする。


 でも、多分殺したいほどの恨みを募らせたりはしないだろうな。


「なっ、なんだよ……?」


 じぃっとエイド少年のことを見ながら考え事をしていたら、たじろいだ彼に聞き返されてしまった。


 ので、

「あなたはどう思う?」

 そんな風な言葉でちょっと誤魔化しておく。


「どう思うったってなあ……。村の中で面倒事を起こされるのはイヤだってのが一つ。あの人は村では結構人気があって、その色んな男と、あれだ、あの……、そういうことをしているッぽいから、その村の男どもからの反発がありそうだなってのが一つ。それから、王都側を敵に回すのも嫌だなって言うのが一つ」


「あの女……、私の兄と恋人だけに飽き足らず方々で遊び歩きやがって……!!」


 割かし冷静なエイド少年の分析に対して、黒づくめの女の子はギリギリと奥歯を鳴らした。


「アーシア自身については?」


 これは完全に興味本位だった。


 エイド少年がアーシア=クーロッドのことをどう思っているのか、好奇心を抑えられなかった。


「……、」


 すぐに言葉は返ってこなかった。


 眉間にしわを寄せて、腕を組んで、身体を傾けて、唸り声をあげながら長々と考える仕草を見せる。


 首や肩、肘の周り辺りに無意味に力が入っているところを見ると、割と本気で考えこんでいるようだ。


 そこまで悩ましい問題なのか……。


「一言でいうなら、隙の多いえっちなお姉さん」


 まあ妥当なところだろう(大上段)。


「お前もか……!!」


 グルルルと犬のように喉を鳴らしながら犬歯をむき出しにして黒づくめの女の子が吼えた。


「いや、アレは客観的に見たら隙の多いえっちなお姉さん以外に形容するの無理でしょ」


 だから、私はエイド少年を擁護する。


 もし私情的な好意が入っていたならば、もう少し色々言葉として滲み出てくるものがある。


 悩みに悩んで出てきた答えだったとしても、一番客観的で中立的な表現に徹することが出来ているだけ、十分だ。


 そのくらいアーシア=クーロッドには魔性がある、気がしている。


「……、ではお前はあの女に惚れてないのか?」


「えっちなお姉さんだなとは思うけど、それだけだな」


 黒づくめの女の子の問いに答えたエイド少年がちらちらと私の方を見ているけれども、はて……?


「そうか、ならいい……。で、どうするんだ? 私を解放するのか、しないのか」


 さて、どうしたものか……。


 さっきエイド少年が言っていたことを加味するして考えるならば……、

「私としてはやっぱりいきなり往来で刺し殺したりとかそういうのは無理だよ。だけれども、あなた側にもアーシアを手に掛ける理由があるのは分かった。だから、そうだなあとりあえず一回は穏当に話し合いの席を設ける。それでアーシアを何とか上手く説得して、殺さずに王都へと連れ帰ってほしい」

 この辺りがこちら側の要求として妥当なところになるだろうか。


「……、お前たちあの女が王宮魔式師として何をやったのか知らないのか……?」


 私の妥協案に対して黒づくめの女の子がぎょっとしたように多く目を見開いた。


「……、この辺りは王国の東の端っこ、海岸沿いの辺境も辺境なんだぞ。王都の噂話なんか流れてくるわけないだろ」


 その上私なんか他との交流が一切ない神域の森の守り人なんぞをしていました故に世上にはとんと疎いのです。


「分かった、私を解放するのは後でいい。お前達にあの女が王都でなにをやらかしかのかを教えてやる」

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