1-32 洞窟の中にいても上京したい


 肌寒い朝の浜辺を西側に向かって延々歩いて、歩きに歩いて、大体一刻。


 私とエイド少年は沿岸部のやや北西辺りに位置する入り江へとやってきた。


「つうか、俺は今日ここに来るの分かってたのになんでこの革靴を一生懸命磨いてたんだろうな……」


 入り江から足を海水に浸しながら岩礁洞窟の入口へと進んでいく。


 少なくともこの場所はちょっと気取って革靴で来るような場所ではない。せめてスパイクが付いていて滑りにくい靴で来るべき場所だ。


「でも、あなたはその靴履きたかったんでしょう?」


「いや、どうかな……。そのちょっと格好つけた靴がこれしかないから、これを磨い

ていただけで、ここに来るなら格好良さよりも実利を取るべきだったと今では思ってる」


 まあ誰にでもちょっと格好つけたいお年頃っていうのはあるモノだ。女の子だって誰しも一度くらいは白馬に乗った王子様に憧れたりするし、多分。


 エイド少年が荷物袋から松明と火打石を取り出して、パパッと手早く松明に火をともす。


 岩礁洞窟はやっぱり洞窟だけあって、中が暗い。光源なしで進むのはかなり危険そうだった。


「少し疑問があるんだけれど、聞いてもいい……?」


「多分望みの答えは持っていないような気がするけれど、それでもいいなら遠慮なく聞いてくれ」


「この洞窟どう見ても海抜より低いと思うんだけど、なんで水没していないの……?」


「それはマジで分からない。昔からずっとこうなんだって聞いてる」


「いや、それは怖くない……?」


「まあ考えようによっては怖いな。でもどんな潮の満ち引きのときに来てみても、いっつもこの通りだから、俺は深く考えるのを止めたんだ」


「……、そんなところに女の子連れてくるんだ?」


「あー、まぁなんつうか、リリアはこの場所のことを知るのが必要なんじゃねーかなって思ってよ」


「何それ……?」


「奥の方に行けば、多分分かると思うから、とにかくついてきてくれ」


「まあそういうならば、分かったけれども……」


 それから私たちは岩礁洞窟の中を少しずつ少しずつ進んでいった。


 洞窟の中は思っていたよりもずっと面白かった。


 まず面白い点の一つ目は確実に少しずつ下って行っている感覚があるのに、一切外から水が流れ込む感じがないことだ。


 そのくせ、足元には常にしっとりと数ミリ程度の海水が濡らしている。緩い勾配を描いているにも関わらずずっとそんな感じなので、不思議なことこの上ない。


 それからあちこちに鍾乳石が出来ているのも、面白い。


 大小さまざまで、今にも上から降ってくるんじゃないかと思わずにはいられないようなモノもあれば、立派な柱のような太さのモノもある。色も様々で、スタンダードな乳白色から、やや青白味を帯びたもの、松明の光を当てると美しい緑色の乱反射を返すモノに石とは思えないような金属光沢を備えたモノまで本当に見ていて飽きない。


「この中って何か生き物とかいるの……?」


「あー、コウモリとか後は小さいカニとか、フナムシの仲間とかそういうのはいるけど、それよりも大きいのはみたことねーな」


「そうなんだ……」


 まあ考えてみれば餌になるような生き物がいないのであれば大きな生物が住めないのは道理である。


 グネグネと曲がりに曲がった洞窟の中をどんどんと下っていく。

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