1-30 過激な都会女を見ていると上京への気持ちがちょっぴり揺らぐ


 少し早めに宿の部屋から出て、階下へと降りると、宿として部屋を貸してくれている薄毛のおじさんとその体に絡みついているアーシア=クーロッドと鉢合わせた。


 私が軽く頭を下げると薄毛のおじさんはちょっと困ったようにはにかんで頭を下げ返してくれた。アーシア=クーロッドの方はそんなおじさんの様子が気に入らないのか、熱烈なベーゼを施した。


 わぁ……。


 まさか私がいる前でこんな堂々と、そんなことをして来るとは夢にも思わなかった。唐突過ぎて目を背けることすら出来なかった。


 どう見てもお互いに舌を差し出し合っている。

 くちゅっ、れろっ、と多分わざと激しく音を掻き立てている。


「ぷはっ……、んっ……、んんん……、知り合いに見られてると思うとゾクゾクしちゃうっ……。でもお姉さんちょっとリリアちゃんにお話があるから、続きはまた後でね」


 んっ、と唇通しを離すとつつぅっと唾液の糸が惹いていた。


 軽く頷いてなんか言葉を返そうとした薄毛のおじさんの口元にアーシアが人差し指を当てて軽くほほ笑む。それだけでおじさんは何も言わずにまた私に軽く頭を下げて、外へと行ってしまった。


 ……、私はいったい何を見せつけられたんだろうか……? もしかしてスパイスの一種か何かだったのか?


「さてと、ねぇリリアちゃん。あの場所がなんで神域なんて呼ばれているか知りたくはない?」


 そして、さも何にもなかったかのようにごくごく普通に話しかけてきた。


 何というか、あまりの何の気の無さに私の方の感覚がおかしいのかなと錯覚を起こすレベルだった。


「……、なんの話よ一体」


 本当はツッコミを入れたらいいのも知れないけれど、でも私にはその勇気はなかった。


 自分では結構図太い方だと思っていたけれども、それでもさっきで今でこれはかなり反応に困ってしまう。


 というか、私だって立派な乙女なんだからああいうのはちょっと、もうちょっと配慮が合ってくれても良いと思うのだけれども……!!


「不思議に思ったことはないの? こーんな辺鄙な田舎の森のど真ん中に神域として指定されている名前のある森があるってことを」


「……、いやないけども。というか私にとってはあそこが故郷だし、その神域だなんだってのもほとんど関係ないし……」


 しいていうならば私があの森の守り人の一族だったことは関係あるかもしれないけれども、でもそこに深い理由なんて求めたってしょうがない。


「……、気にならないの? なんであの神域の中にだけ存在するある種の特殊生命がいるのかとか、死霊レイスがあんなにも大量にいたのかとか、なんで数百年以上もの間、あの古城にゴーレムや造魔式の文献が保管され続けていたのかとか、そういうこと」


「……、それは……」


 確かに少し気になる。


 特にあのサバンナ=フロリアス一世の時代に既に出ていた避けられない疫病での滅びという部分については、なんでそれが避けられないのか、私一人では思考がそこまで届かなかった。だから、あの王様がなんでああなってしまったのかと言うあたりについては、もう少し詳しく知りたいと思う気持ちはある。


 いや、待って……?


「あなたは地下の碑石から何か見たの?」


 アーシア=クーロッドは見ていないはずだ。


 私が見たあの無念の一端を。

 だというのに、なんで訳知り顔をしているのだろうか……?


「お姉さんは何にも見ていないけれども、リリアちゃんは見たのね」


「……、」


 はいとも、いいえとも答えづらかった。


 さっきの今のでなんとなく気後れしているという点と、それから私の知っていることとアーシア=クーロッドの知っていることをすり合わせてはいけないような感覚に襲われている、という二点がその理由になる。


 曖昧だ。理由として持ち出せるけれど、根拠足りえることはない。ハッキリ言ってしまえばただの山勘。


 でも、おじいちゃんは言っていた。困ったときの直感は自分が処理しきれていないだけで何らかの情報から総合的に判断していることが多いのだ、と。


「あなたが見ていないなら、私からは何にも言うことはないわ」


 だから、私は自分が持っている情報をアーシアに渡すのは避けるべきだと結論付ける。


「えぇー? お姉さん教えて欲しいなぁー?」


「絶対に、絶ぇー対に、教えない」


「ちぇー。まあそれならそれでいいけれどね。じゃあ次の話なんだけれど、リリアちゃんはどうするか決めてくれた?」


 それは多分自分と一緒に王都へと行かないかという誘いの話だろう。


 それ以外にはちょっと心当たりがない。


「もう少しだけ待ってほしい。今日少しエイドと一緒に出かけてくるから」


「やだーっ、デート行ってくるの!? もうそういうことは早くに言ってよねぇ。そしたらばお姉さんのセクシー衣装貸してあげれたのに……!!」


「あなたの衣装なんか借りたって、私の体のサイズには合わないでしょうが!!」


 主に胸の辺りと尻の辺りが!!


「ほら、そこはサイズの合ってない背伸びしたセクシー衣装で、大人になれないけれど、大人になりたい自分を演出っ! みたいな方向性でねぇ?」


 ぎゅむっと腕を組んで胸を強調してきた。


 絶対に私に谷間を見せつけるために今わざわざ腕を組んだぞ、この女。


「あなたと話をしていると、淫乱が移る気がしてくるからもう行くね」


「やだぁ、そんな言い草しなくっても良いじゃないの、酷ぉ~い」


 フンッと鼻を鳴らして彼女の横をすり抜けると、傷ついているのかいないのか分からないような声色で抗議の言葉が飛んできた。


 無視無視、虫蒸し、むっしむし。昆虫を食べるときはしっかりと土抜きと糞抜きをした方が食べやすくなるからオススメだよっ!!


 でも、多分都会では虫なんて調理しないんだろうなあ……。

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