1-27 勝者は上京したいに決定です


 そして、黒い繭にヒビが入った。


 ピシピシ、ミシミシと、音は立たなかった。ただ静かに静かに、ヒビが入って、そのうちに漆黒が溢れ出して音もなく砕けた。


 中から飛び出して来たのは巨大なゴーレムだった。


 硬そうな黒い翼を持って、頭部には激しい凹凸があり、太い腕が三対六本、下肢は馬のような四足を持っていて、背中には無数の剣や弓矢を携えている。


 全高は成人男性の十倍以上あり、想像通りの重さがあるならばそれはちょっとした城に匹敵しかねない重量になるだろうか。


 それはまさに城級土人形キャッスルゴーレム

 ズシンッ!! ととてつもないモノが地面に降り立つ。


「想像していたよりもずっと大きい……!!」


 思わず息を呑んだ。


「良いじゃないの! デカいの上等!! おっぱいだって大きい方がみんな喜ぶし、短小よりもバキバキで黒光りしている方がお姉さんも楽しみ甲斐があるってものよ!!」


 いくらなんでも酷すぎる前口上が聞こえてきた来た気がした。


「お姉さんの最大最強、最重量級ゴーレムを見せてあげるっ!! 土造超巨大傀儡式メガトンプレデター!!」


 ビシッ!! と白い短杖を城級土人形キャッスルゴーレムへと突き付ける。


 クワンッ!! とアーシアを中心として環境エーテルが大爆発を引き起こす。


 大爆発した環境エーテルは飛散することなくアーシアが構える白い短杖の先へと集まって、バチィンッ!! と打ち出された。


 打ち出されたそれは良く反響する派手過ぎる音を立てて、城級土人形キャッスルゴーレムへと激突する。


 それはとんでもない勢いを秘めていたようで、バカでかい図体の城級土人形キャッスルゴーレムのバランスを一瞬だけ崩させた。


 そして、ドガッ!! と音を立てて、巨大な人型がもう一体降り立った。


 全高で言えば城級土人形キャッスルゴーレムには及ばないものの、それでも相当な大きさを備えている。


 但し、こちらは無手だった。


 何も持たず、身に着けているのもチャンピオンベルトのような腰回りの装飾品とやや丈長のステテコのみというありさまで、全体としてはのっぺりとした筋骨隆々の格闘家のような風貌だ。


「しゅ、趣味が悪いぃ……」


 飾り気がないのはまあ良いとしても、筋骨隆々の半裸の巨人というのは中々に中々だと思った。いや、巨人って案外そういうものなのかもしれないけれども……。


「やっぱりでっかいのが正義!! 大きいは絶対正義!! 巨大に勝るものなしっ!!」


 自分の召喚した土造超巨大傀儡式メガトンプレデターの威光にほれぼれしているのか、アーシアの声と表情はヘヴン状態だった。今にもグヘヘヘという舌なめずりが聞こえてくるんじゃないかとさえ錯覚する。


「いけぇぇっぇぇぇえぇぇぇ!!」


 アーシアが腹の底から声を上げると、土造超巨大傀儡式メガトンプレデター城級土人形キャッスルゴーレムへと挑みかかる。


 城級土人形キャッスルゴーレムもこれに応じて六本の腕でそれぞれ武器を掴み取り、縦横無尽に振り回す。


 だけれど、土造超巨大傀儡式メガトンプレデターの動きは俊敏だった。超巨大な体躯に似合わぬ俊敏な体捌きで剣での一撃を、次いでの剣での二撃を、そして最後の剣での三撃を、見事に捌き切り、距離を詰めて、拳を振り抜く。


 ドゴシャッ!! と大きな音が鳴った。

 音だけで木々が騒めき、鳥たちが羽ばたく。


 だが、城級土人形キャッスルゴーレムは返す刀で反撃をする。

 ザグンッ!! と超巨大な剣による二連撃で土造超巨大傀儡式メガトンプレデターの右腕が落とされた。


 しかし、土造超巨大傀儡式メガトンプレデターはゴーレムだ、痛覚はない。故に、腕が落とされようが、構わずに左の拳を握りしめてもう一発パンチを放つ。


 今度の一撃では城級土人形キャッスルゴーレムの体が浮いた。

 全高十数メートルはある巨体が下からのアッパーカットで浮かせられた。


 四つ足が、バタバタと空中で暴れる。


 予期せぬ浮遊によって、姿勢が崩れて着地が上手く出来なかった。


 折りたたまれた足では城級土人形キャッスルゴーレムの巨体を支えることが出来ずに、そのままゴロンっと後方へとよろけていく。


 土造超巨大傀儡式メガトンプレデターはそれを好機と見たのか、そのまま前へと足を進めて追撃に掛る。


 だが、城級土人形キャッスルゴーレムもよろけながらに弓をひき、矢を放つ。


 バツンッ!! バツンッ!! バツンッ!! と矢が放たれて、土造超巨大傀儡式メガトンプレデターの頭と胴体と肩へと突き刺さった。


 それでも土造超巨大傀儡式メガトンプレデターの動きは止まらない。


 低空姿勢で城級土人形キャッスルゴーレムへとタックルを決めて、そのままドガンッ!! となぎ倒した。


 バカみたいな戦いだった。

 ゴーレムたちの一挙手一投足で木々が揺れて、大地が震えて、森が騒めく。


 まともなスケールの戦いではない。


 それでも攻防は続いていく。

 だから私も私にできることをするために、手を伸ばす。


 そう、ここまで、この場所まで城級土人形キャッスルゴーレムを押し込んでもらうのが、目的だった。


心造清浄化式ケセド


 そっと城級土人形キャッスルゴーレムへと触れて、造魔式を発動させる。

 ひんやりとした感触が妙に手のひらに馴染んだ。


 それは即座に、効果が表れる。


 体内のエーテル器官からごっそりとエーテルが抜けていく感覚が走った。


「ウォォォォォォォオ、イヤダァァァァァッァ、マダッ!! キエタクナイ、キエタク、ナ、イ、ィィィィ」


 パァァっと内側から城級土人形キャッスルゴーレムが分離されていく。


 ガコンッ!! と肩と腕が外れる。握っていた剣もズゥンと音を立てて、地面へと落ち、さらさらと手元から光の粒子となって消えていく。馬のような下肢も中央の腰の部分からゆっくりと光に熔けるように消えていく。


 これが本当の本当の最終手段として、あの王様に与えられていた力。


 何かの理由で死霊レイスを浄化することに失敗したならば、その時は苦しみを取り去るために不浄なる魂を無へと還元してほしい、と。直接言葉にされたわけではないけれど、でも私はこの造魔式をそう受け取った。


 まさかそれを当の本人を世界に還元させるために使うことになるとは思わなかったけれども……。


「オォ、オォォ、オォオォォォォォォオォォォォ。ナンデ、ナゼェ!! ワタシハァ、ワタシタチはァッァァァァッァ!!」


 酷い断末魔だった。


 詳しいことは分からないけれど、でも何かの疫病によって滅びをむかえた旧時代の王朝の末路。無念の絶叫。


 いくつもの声が重なっている。決して一人だけの願いではなかった。一人の強い怨念が人々を苦しめていた訳ではない。みんなが苦しんでいた。苦しんで、もがいて、何が何だか分からなくなって、それでこの世界に死霊レイスという形で縛り付けれていた。


 どれほどの無念がそこに山積しているのか分からない。


 どれほどの邪念がその中に交会こうかいされているのかも分からない。


 どれほどの無情さが満ちていたのかも分からない。


 分かることと言えば、彼らが死してなお永きに渡って苦しんでいたことと、そんな彼らを苦しみから救おうと永きに渡って孤独の中を揺蕩ってきたモノがいたということだけ。


「もう、苦しまなくっていいんだよ……。苦しみ続けなくても……」


 思わずそう、言葉にした。


 でもそれはきっと彼らには届かない言葉だ。


 もう誰かの声なんてずっとずっと分からなくなってしまっているはずだから。だってそんな風に人の声を聞こえるのならば、死霊レイスとなって永い間ずっとずっと苦しみ続けることはなかったんだもの……。


『本当に、最後に出会えたのがお主で良かったと思うよ』


 無事だったんだ……!?


『無事ではないな。私はもう元の霊体の形には戻れない。我が同胞と一緒にこのままただ世界に還元されるのみじゃ』


 そんな……!!


『そもそも今まで口がある方がおかしかったんじゃ。本来は死人に口なしじゃからな』


 どこを探しても、もうあのスケスケスケルトンな王様の姿を見つけることは出来なかった。


 ただ、巨大な城級土人形キャッスルゴーレムの体が神々しい光へと還元されていくのみ。


『お主ならばきっと、どんな辛いことがあっても、乗り越えていけるよ。私がそう保障しようじゃないか、この城の元々の主であるこのサバンナ=フロリアス一世がな。かつて栄華を極めた王のお墨付きじゃ、自信をもって生きていくがいい』


 何それ……、こんな時にカッコつけないでよ!!


『死に際に格好つけるのが男の生き様よ。では、達者でな』


 その言葉が聞こえてきたと同時に、城級土人形キャッスルゴーレムの全身がひと際強く輝いて、直後パァっと全てが還元されて消えていった。


 後に残されたのは、踏み荒らされた古城の中庭と派手に崩れた古城の建物、ただの破壊の痕跡だけ。


「全部終わったのか……?」


 私と手を繋いでいたエイド少年が全てが還元されきったその様子を見て、ぽつりと一言呟いた。


「うん」


「そっか……」


 多分彼にはほとんど何も分かっていない。

 でもそれ以上はとくに何にも聞いてきたりはしなかった。


 もしかすると気を使ってくれたのかもしれない。


 ただ少しだけ握っている手に力が入った。私は何にも云わずに少しだけ力を込めて握り返す。


「あらー、全部終わったと思ったら、すーぐにそうやってイチャイチャしちゃうのぉー? お姉さん妬けちゃうなぁぁ」


 私たちが何にも言わずにただその場に立ち尽くして手を握っていると、土造超巨大傀儡式メガトンプレデターを解式したアーシアが茶化すように歩いてきた。


 正直私は彼女がどこまで分かっていてどこまで分かっていないのかもさっぱり分からない。


 結構分かっているような気もしているし、実は全然分かっていないのかもしれないという気もしている。


 一つだけ確信出来ていることがあるとすれば、彼女は根本的にはこの騒動の中身自体にはあまり興味がないのだろうなということだけ。


「まっ、お姉さんとしては古のゴーレムの碑石にアクセス出来たし、作ってみたは良いモノの使う機会のなかった切り札の性能も試せたから万々歳っていう感じだけれどもね」


 クルクルと白い短杖を弄んでから、それを腰に巻き付けているベルトへとそっと差し込む。


 それから、被っている黒い三角帽子を手に取って埃を払うために軽く叩いている。


「な、なあちょっと待ってくれよ……、アーシアさんさ、なんで帽子の中に帽子被ってんの……?」


 エイド少年のその言葉の意味が分からなかったので、しげしげと視線をアーシア=クーロッドの頭頂部へと移動させる。


 思わず二度見してしまった。


 そう、今まさにさっきまで被っていたはずの黒い三角帽子を手に持っているというのに、彼女の頭にはちょこんと小さな帽子が乗っかっていった。


 ただその帽子は帽子の機能は果たしておらず、何ならアクセサリーのついたカチューシャを付けていると言われた方がよっぽどしっくりくるような気もする。


 つまり何があるのかというと、アーシアの特徴的なパープルブロンドの髪の上に小さな手のひら大の白いシルクハットがちょこんと乗っかっている。


「いいでしょ? おしゃれで」


「それはおしゃれというより一発ギャグの類では……?」


「フフフッ!! これは都会最先端のファッションなのよ!! 今二重帽子にするのが流行ってるんだから!!」


「流石にそれは嘘だぁー!!」


 私とエイド少年の声は重なった。


 いくら私がドの付く超田舎者だったとしてもそれだけは、絶対に嘘だと分かるぞ!!

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