1-18 お城の仕掛けを動かしつつも上京したい
『そうじゃ、思い出した。お主この部屋の一番奥の奥へと行ってくれんかの?』
部屋の一番奥? 良いけど……。
謎の声の主の言葉に従って、私はだたっぴろい最上階の奥へと一人で歩いていく。
アーシアの召喚したゴーレムたちが作業を終えるには今少し時間が必要そうだ。
部屋の一番奥にもやっぱり本棚が立っていて、書籍がずらりと並んでいる。
『上から三段目、左から五柵目の中央にある紅っぽい背表紙の本を取り出して欲しいんじゃ』
上から三番目、左から五柵目の中央の紅い本……。
これか。
指定された本の背表紙に手をかけて、引き抜くと、カチリと何かが開く音がした。
『おお、この仕掛けも壊れていなかったか! 正直少し心配じゃったんじゃが、ホッと一息じゃな』
ホッと一息、ホット人行き、ポカポカ心のヤングスター。
『次は、二つ手前の、本棚をズラして欲しいんじゃが……』
ズラすの……? 壊すならともかくズラすのは……。
『一人でやるのは大変だろうけれども、三人がかりでやれば動かせんこともないであろう?』
あぁ、なるほど。
「二人ともちょっとやりたいことあるから手伝ってー」
アーシアのミニゴーレムがテキパキと棚の中から本を運び出している横で、書架を興味深そうに眺めつつ本を手に取ったりしている二人を招集して、謎の声の主の指示通りに本棚を動かす。
おー、えす。おー、えす。おー、えす。
前後の棚の中から本をごっそり抜き取って動かしに掛かったにもかかわらず、本棚は結構な重さがあって、動かすのは大変だった。
でっかい本棚、空でも過重で、中々動かん、人の心みたいでリリック弾むぜ、おういえぇ。
十五分くらかけて一生懸命押しに押して、ようやっと本棚をズラし終える。
「うおー!! 重かったぁ!!」
「ねえリリアちゃん、私はなんでこんなことをしたのぉ?」
「見かけによらず随分重いけど、どんな木材使うとこんな重い本棚が出来上がるんだ……?」
三者三様に仕事終わりの声を上げる。
『私にはねぎらいの言葉をかけるくらいのことしか出来ないけれども、お疲れ様じゃな』
中々強烈な全身運動だったぜよ……。
『それじゃあ最後のもう一仕上げ良いかのぉ?』
……、あなた意外と人使いが荒いのね……。
『いや何、簡単なことじゃ。奥の暖炉の中にあるスイッチを押すだけじゃから。大丈夫すごい硬いとかは、多分ないであろうからの。いや、随分と年月が経っているから上手く動かない可能性もあるにはあるんじゃが……』
信じるよ、分かったよ、その言葉本当に信じるからね……!!
ふらふらと部屋の一番奥の煤けたのかそれとも単に長い年月放置されている故の埃っぽさなのか分からない暖炉へと仰向けになって首を突っ込む。
もしゃっと髪に蜘蛛の巣がくっついた。
「頭に蜘蛛の巣、心はハチの巣、胸に大きな不快感……、不用心と言えどもムカつきMAXゥ」
『一回火を入れて虫を
そういうことは早く言ってほしかった……。
『すまんの』
仕方がないので――、
「アーシア!! アーシア=クーロッド!! もうひと働きしろっ、おらっ!! 乳デカがよぉ!!」
へばって地面に突っ伏して豊満な二つの果実を潰している女を容赦なく叩き起こして暖炉の前に立たせる。
「リリアちゃん人使いが荒ーい。お姉さんはリリアちゃんと違って重いものを背負ってるから体力の回復が遅いことをもうちょっと留意してほしいのだけれど……」
「単にそろそろ体力が落ちてくる頃合いってだけじゃないの?」
もう完全におっぱいマウントを取られた気がしたので、より強い言葉を叩きつけてやった。
そしたらば、アーシアはひーんと泣きながら暖炉に火をつけて、また部屋の隅でいじけはじめた。
もう知らんっ!!
煙突に耳を傾けているとワシャワシャワシャワシャ……、と大量の節足動物が忙しなく動くような音がした。
煙は下から上へと登っていく。煙突の上側は開いているため、彼らは恐らく羽を使って上へと逃げて行ったのであろう。
と思ったけれど……、
「ぎゃぁっ!! 虫っ……、虫がぞわわわっってぇぇぇぇぇえっぇ……!?」
どうも虫が潜んでいたのは煙突の中だけではなかったようだ。
建物の中に火が入ったことで、虫たちが元気に活動を始めて、色んな隙間からもそもそもわっしゃーっと這い出してきた。
私は超辺境ド田舎の森の守り人なので虫や小動物なんかには慣れっこなのだし、エイド少年は男の子なので多少の虫は平気だ。つまり元王宮魔式師アーシア=クーロッドだけが情けない悲鳴をあげて縮み上がっていた。
大げさな反応だなあと思いつつも、特に何も言わないこととして、虫の大移動が終わるのを数分ほど待って、それから暖炉の火を消して、ある程度中が冷めた頃合いを見計らって中へと頭を突っ込んだ。
中は暗くて良く見えなかったけれど、適当に壁面をまさぐって見たならば、ぽつんっと一か所だけ突起状になっているところを見つけられた。
なるほどこれか、と思っておもむろにスイッチを押してみる。
一瞬硬かったけれど、ぎゅぅっと力を入れたならばすぐに奥まで押し込めた。
目の前と、それから目の前じゃないどこかからの二回、カチリという音が聞こえてきた。
「これでいいのかな……?」
『私のオーダー通りの仕事ぶりだったぞ。礼を言おう』
どういたしまして、でいいのかなこれは。
「なっ、なんだっ……!?」
「も、もうっ!! 急になんなの……!? 私はいじけることも許されないっていうのぉ!?」
僅かな揺れを感じながら暖炉の中の暗闇に浸っていたところ、急に二人の驚きの声が上がって、びっくりした。
即座に上体を起こそうとして、思い切り暖炉の内側にデコをぶつけて痛い思いをした。
くっ、クソぅ……。
気を取り直して暖炉から脱出すると、暖炉に頭を突っ込む前にアーシアがいじけていた場所にぽっかりと下り階段の入口が現れている。
当のアーシアは四つん這いの状態で下り階段の中を覗き込んでいた。ちなみにエイド少年はその少し後ろから全体を眺めているような雰囲気を醸し出している。もしかしたらそれっぽい雰囲気を出しつつアーシア=クーロッドの尻を見つめている可能性がある。
『お主の中のあの少年のイメージ大分ひどいと思うんじゃけど、私が見る限りでは中々の好少年じゃよ?』
そりゃエイド少年がいいやつだというのは認めるけれども、だがしかし、あの年頃の男の子なんてえっちなことで頭がいっぱいに決まっているんだよ!
『偏見がすごいのぉ』
あなただって男の人っぽいし分かるでしょう!! 男の子はえっちなことばっかり考えているってさぁ!!
『……、だからそれが意外と偏見じゃないかと言っておるのだがの』
「……、えっ?? 男の子ってえっちなことばっかり考えている生き物じゃないのぉ!?!?!?」
私はびっくりして思わず叫んでしまった。
「リリア、君は一体全体どんな話をしているって言うんだよ……」
げんなりした表情で、エイド少年が私へとジト目をくれた。
やめて、そんな目で私を見ないでぇ……。
「って、違う違う。ここ降りるの?」
『そうじゃな。一番下まで降りてくれろ』
「ここ降りるんだって」
とても何かを言いたそうな表情をしているエイド少年と、好奇心に塗りつぶされたらしくいじけ虫がどこかへ吹っ飛んでいったアーシアに声をかけてから私は率先して階段を下っていく。
この階段の下が超都会地下帝国に繋がっていたりしないものだろううか?
『流石にそれはないのぉ』
謎の声の主によって私のロマンは早々に打ち砕かれたのだった。
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