1-17 お城の最上階でもやっぱり上京したい


 カツリカツリと石レンガの城の中を進んでいく。


 雨風に晒されるがままの状態のためあちこち風化している外観と比べると中は比較的キレイだった。


 但し、それはきちんと建物の形が残っているという話であって、家財道具やインテリアが元のままで残っているという話ではない。


 だからなのかどうかは分からないけれど、ワンフロア進むごとに謎の声の主がすすり泣く声が聞こえてきて、鬱陶しいことこの上なかった。


 もしかするとこの声の主は意外と高い地位にいた人物なのかもしれない。


 そんなこんなで私たちは謎の声のオーダー通りに最上階まであがってきた。


 階段を登りきるとすぐに大きな扉が合った。


 艶もなく、見るからにスカスカに見える扉だったけれど、一応まだ扉としての体を成している。


 そっと扉を押したらば、スゥっと重さを感じることもなく扉が開いた。


 ぎぃっと音を立てて観音開きに開いた扉は、内壁にぶつかったと思えばミシリと音を立てて、壊れてしまった。


『まあ誰も手入れしておらんかったから仕方ないのぉ』


 エイド少年とアーシアからはジト目を貰ったが、謎の声の主からは許された。


「チャネリングの人は老朽化が激し過ぎたから仕方がないとおっしゃっていましたっ!!」


 シレっとそう弁明をしてみたけれど、ポンっとエイド少年が私の肩に軽く手を置いて来たので、信じていないことがもろバレだった。


 許すまじ、都会っ子。


 ……、それはさておき、そこは非常に広いワンフロアの部屋だった。


 今までのフロアとの違いが一つだけある。


 それはモノがあるということ。


「なんで?」


 思わず私の口からそんな疑問が飛び出した。


 キレイとは到底言えないけれど、大量の大きな本棚が、丸々そのままの形で残っている。


 古い時代のものなので、そのほとんどが今のモノよりも一回り以上大きな装丁をしているが、それはまさしく本だった。


『おお、私が掛けた保護用の造魔式は未だ生きておったか……。いや、まあ残っておるからと言ってそう意味もないのだがの』


「すごいなぁ……、コレいつの時代のモノなの!? 歴史的な史料価値が滅茶苦茶高いじゃないの!! おおー、いくつかと言わずに全部私が保護したいわね」


『私にはもうコレらをどうこう出来るモノでもないし、持っていきたいならば持って行って構わないと伝えてくれるかのぉ?』


 あなたにとっては、これは大事なモノのような感じがあるけれど、本当にいいの……?


『本とはそれを望む人の元にあってこそじゃからな。死人の妄執なんぞでここに縛っておくようなものでもないわ』


 なるほど、じゃあそのように伝えるね。


「アーシア、これ別に持って行ってもいいって、謎の声の主が」


「それって、本当っ!?」


 アーシアはすごい目を輝かせていた。どれくらいかというと、夜の海を眺めていると時折輝く巨大なイカくらいには輝いていた。もっと近いのは、神域の粘性生物が秋になると集団で集まった時に発する謎の光の方かもしれない。


『ただ、今さっき開けた扉が壊れた辺り、そろそろ保護用の造魔式の効力自体が持たなくなってると思われるでな、運び出すならば早めがいい』


「ここを保護していた魔法の効果はもうほとんど残っていないみたいだから、運び出して保管するなら早めにした方が良いって」


「そうなのね。分かったわ!! じゃあ私のゴーレムちゃんたちを総動員してちゃっちゃと運び出すことにしましょう!!」


 アーシアはそこで一回、息を吐きだしてから、すぅっと目一杯肺の中に空気を巡らせるように大きく大きく息を吸い込む。肺だけじゃなくて、横隔膜や腹部も大きく使って目一杯呼気をする。上半身を大きく使うということはつまり、あの忌々しいでっかいおっぱいがフルフルと揺れるということだ。ちくしょうめっ!


土造小運搬人形隊式リトルキャリーゴーレム


 きゃるるるぅ~んという音がしそうなポーズと共にバチコリとウィンクを決めて杖が振るわれた。


 詳しい年は聞いてないから知らないけれども、いい年のお姉さんがそのポーズは中々の恥ずかしさがあると思う。


 ちなみに私はちょっと引いた。


 ポムッ!! と小さな音が鳴って、空中から六体の小型ゴーレムが飛び出してきた。


 大きさは大体五から六〇センチメートル程度で、両腕が挟み込み式のアームになっており、頭の上に平面のを担いでいて、足元はキャタピラと昆虫のような六脚の多重走行方式を持っている。


 明らかに戦闘用には見えない形のゴーレムたちだった。


「はぁーい、みんなー! このフロアにある本を全部お外に運び出しちゃってぇー!」


 バッチリとポーズを決めたままでアーシア=クーロッドは媚びるような声でゴーレムたちに命令を下す。


『おお!! 私もゴーレムは愛用していたような記憶があるけれども、これは中々お見事なものだ!』


 私とエイド少年がちょっと引き気味にアーシアのことを見ていると、謎の声だけが興奮したようなことを言っていた。


 すぅっと鞠乳女がポーズを解く。


 さっきまでバッチリウィンクまで決めていた人の表情とは思えないほど無の顔をしていた。


「ちょ、ちょっとー!! リリアちゃんもエイド君もちょっと距離取ろうかなって思ったでしょー!! いくらお姉さんが人の心が分からない冷血女って噂されてたとしても、流石にそれくらい露骨な反応されると分かるんだからぁー!!」


 んもぅーっと本当に牛みたいな怒り方をし始めた。


 勝手にやり出しておいて、勝手に怒りだすのは理不尽ではなかろうか?


「いやだって……、今のは流石にちょっとキツイぜ……」


 ついに我関せずであえて踏み込まないように見て見ぬふりを決め込んでいたはずのエイド少年もオブラートに包み込み切れなくなっていた。


 そりゃそうだ。

 アレは私でさえ結構ギリだと思うモノ。


 ……、ちょっと聞いてみようかな。


『火傷しかねんからやめておいた方がええぞ』


 ……、ヘタに冒険して痛い目を見ることになるのは私なので、謎の声の主からの忠告はありがたく聞くこととしたい。


「男の子には言葉として表現し辛い部分が大いにあると存じますので、わたくしから申し上げさせて頂きたいのでありますが、その、今のキャピキャピとした女の子女の子した挙動ですと、アーシア=クーロッド様におかれましては年齢的に少し厳しいものがあるのかなと、そう思う次第でございまして……」


 なるべく丁寧に、なるべく歪曲的に、尚且つきちんと伝わるように言葉を選んでみたつもりだった。


『思うに、それは逆に残酷であったであろうな』


「ひ、酷いっ……。いくらなんでもそこまで言わなくてもいいじゃない……!! 私だって、私だって、この造魔式を組み上げたときには若かったの! リリアちゃんくらい若かったんだから……!! それから改良に改良を重ねる過程で、ヘタに起動動作に手を入れられなくなっちゃっただけなんだから……!! う、うわぁぁぁん……、ひっぐ、ぐすっ……、リリアちゃんの、リリアちゃんの超ド級ウルトラヒステリック鏡面仕上げまな板ド貧乳ー!!」


 歪曲表現の努力虚しく、アーシアは捨て台詞を叫びながら部屋の隅っこへと走って行っていじけて膝を抱えてしまった。


 私は精一杯歪曲表現に努めたというのに、捨て台詞で直球の悪口言ってくるの酷くない……?


『まあお互いに女のプライドを傷つけあったということで痛み分けにしておくのが良いと思うんじゃけれど』


「リリア、お前はよく頑張ったよ……」


 謎の声とエイド少年の二人に慰められて、私はなんだか無意味に悲しくなった。


 人が争い合うことはこんなにも愚かなことだということを私は学んだ。


 都会に行く前にこれを学べて非常に良かったと思う。

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