1-1 おじいちゃんの遺書を読み終わったら上京したい


 おじいちゃんが生前常々自慢げにしていたログハウスへと戻ってきた。


 部屋の真ん中に置いてあるテーブルの上には手紙が一通。


 おじいちゃんからの遺言だ。


 二人きりなんだし死ぬ前に全部話しておいてくれたら楽だったのに、なんでわざわざ手紙なんて読まなきゃいけないんだ、全く。


 そう思いながらも、椅子に腰かけて手紙の封を切って中身をテーブルの上に広げる。


“我が親愛なる孫娘のリリアへ”


“この手紙を読んでいるということはワシは死んだかの。本当はお前に教えておきたいことが沢山あったんじゃが、お前の才能の無さがすごすぎて、ワシが生きているうちに教えるのは難しいなと判断したので手紙に書き残すこととした”


 親愛なると書いておいて次の行で強烈なディスを入れてくるの少しパンチが強すぎないか、おじいちゃんとツッコミを入れたくなった。


 でもまあきっとこんなものはジャブだろう。

 ジャブジャブー。


“まずワシらはただの森の守り人ではない。お前にはこの森の守り人と言って聞かせていたと思うのだが、アレは嘘じゃ。いや本当に嘘な訳ではないのだが、実は表現が正確ではなかった。正しく言えばワシらはこの森に封印された『完全なる火の造魔式』の守り人なのじゃ”


 水でジャブジャブするつもりが、どうやら火の話らしかった。


 確かに私は小さいころにおじいちゃんに一生懸命火の造魔式のあれこれを色々と教え込まれていたっけ。


 そうか私は一子相伝の火の魔法を受け継ぐものだったのか……。


 おかしいな、一族総出で『完全なる火の造魔式』なるモノを守ってきたらしい一族の末裔なのに一つも成功した記憶がないんだけど……。


“そう本当はワシが頑張ってお前に『完全なる火の造魔式』を継承させねばならんかったのじゃが……、無理じゃった。お前の才能のなさにはびっくりしたわい。いや、しかしお前は火以外の造魔式についてならば少しくらいは扱えるから、本当に才能がないわけではないはずなんじゃがの……。でも何故かワシが継承させねばならんかった火の造魔式については本当に一向にほとほと呆れるくらいに成功せんかったな。だからワシは諦めざるを得なかったのじゃ”


 私も不思議だった。

 とても不思議だった。


 おじいちゃんによると、造魔式というのは非才であれば一つも使えず、才あるモノならば、適正にもよるがそれでも訓練に応じて徐々に使えるようになっていくという話だった。


 確か体の呼吸器系の中に存在するエーテル循環器がどうたらこうたらとかって話で、非才な人にはそれがなくて、才あるモノならばそれがあるとかって話で、私にはそれはきちんとあるらしいって話で……。


 火の造魔式以外ならとりあえず簡単なモノは出来るようにはなったんだけれども、でも火だけは本当に全然ダメだったなぁ……。


 それが適正って話なのかな。

 でも、一族総出で『完全なる火の造魔式』なるモノを守ってきた末裔の最後の代で火の造魔式に対して適正〇の子が生まれてきちゃいましたなんて、そんな不幸なことあるぅ?


 ……、私だよ!


“しかし恐れることなかれ、ワシらの『完全なる火の造魔式』はこの家の地下食糧庫の奥にある隠し扉の先に碑石の形で安置されておる。ワシにはお前に火の造魔式を教えることは出来なかったが、その碑石の力をもってすればお前もきっと火の造魔式の一つや二つくらいは扱えるようになるじゃろう。そしてお前が子を成した暁には立派に育ててその碑石から『完全なる火の造魔式』を継承させて欲しい”


 ……、一子相伝かと思ったら形あるものとして残っているらしい。


 それはもしかして、おじいちゃんが私に一生懸命教えてくれる必要はなかったのでは?


“我ら一族は元来火の造魔式をお守りするための一族故に、みな並外れた火の適正を備えておった。誰一人かけることなくじゃ。ワシもワシの爺さんも、それからお前の母も。だけれど、お前だけは全然適性がなかったので、本当にほとほと困ったモノじゃ。もしかすると、お前の父の血が色濃く出たのかもしれないが……、まあそれは詮無きことか。ともかくお前には困ったことに『完全なる火の造魔式』の継承に足る才能がなかった。しかしワシらは守り人の一族なので『完全なる火の造魔式』を守り受け継いでいかねばならん”


 いくら碑石の力を使っても才能がないとダメなのか……。

 ちょっと悲しくなってきた……。


“なので、お前は頑張って火の造魔式に秀でた男を何とか捕まえて欲しい。才あるモノの子ならばもしかしたらお前の非才さを打ち消して火の造魔式への適性を継承してくれるかもしれん。頼んだぞ”


 おじいちゃん、もしかして面と向かってこれを私に言う勇気がなかったんだな……!!


 いやだよ、お断りだよ!!

 私は造魔式の才能なんかなくていいからどこぞで王子様でも捕まえてやるんだ!!


 そんな子供の才能のために能力で男を選べなんて言われて、はいそうですか、分かりましたなんて言うわけないだろッ!! 馬鹿者がぁ!!


 ……、いけないいけない。王子様を捕まえるならいつ何時いかなる時でも淑女らしくしていなければダメだった。危ない危ない。


 しかし、一体全体どうしたものだろうか。

 この『完全なる火の造魔式』とやらのために男を選ぶのはいやだけれど、でもしかし一族が代々守ってきたものを私の才能の無さとワガママで途絶えさせてしまうというのも、それはそれで喉の奥に小骨が引っかかる感じがある。


 悩ましい、とても悩ましい。おとぎ話に出てくる王様を誘惑するサキュバスくらい悩ましい。


「まあとりあえず、都会に行こう」

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